流れゆく日々にとくべつを、
日々が通り過ぎていく。私は仕事に疲れて、恋愛に疲れて、人間関係に疲れて、情報の多さに疲れていた。
目を閉じても浮かぶのは明日、いつものように起きて、いつものように仕事をして、いつものように眠る自分だ。
疲れ切っていた。心は擦り減り、先端は鋭利に尖っていく。周りを傷付けることに躊躇いも無くなっていき、自分を傷付けることには鈍くなっていく。
とにかく私は疲れ切っていたのだ。
そんな時に不思議と心の奥底で思ったのは、「家に帰りたい」だった。
未だ温もり残る、私が育った町が恋しかった。
社会人になって独り立ちをし、大人になったと思った。大人になったら、気軽に泣いてはいけないと思った。
初めてだった。拳を握り締めて涙を堪えて電車に乗ったのは。
初めてだった。堪えていても涙が溢れてきてしまったのは。
地元の駅に着いた瞬間、私は思いっきり深呼吸した。冷たい風が喉を通り抜け身体に行き渡る。それがすごく心地良くて懐かしくて、どこか切なくて。いつの間にか涙も止まってくれていた。
その時気付いたんだ。ここは私にとってとくべつな場所なのだと。離れるまでそんなこと思いもしなかった。だってここにはなにもないんだ。高層ビルどころかオシャレなカフェも楽しい遊園地も綺麗な夜景も。誰かを楽しませるものなんてなにもないのが、住んでた時はすごく嫌だった。
けれど何物にも変えられない、この生まれ育った場所の空気はきっと何よりも私のことを知っていて、優しく身体の奥底にまで染みいるのだろう。
当たり前の日々が決して悪い訳ではない。
当たり前を過ごせる日々に感謝しなければならないのもわかる。
ただ私達には当たり前の日々の中に、時々とくべつが必要なんだ。
それはきっと私のように懐かしい場所かもしれない。忘れられない記憶かもしれないし、恋人や友人と過ごす時間かもしれない。
姿は見えないけれどそれはきっと宝物のように輝いて、磨耗して疲れ切った私たちの心をゆたかに変えてくれるだろう。