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そもそもダブスタって何?――哲学・倫理学から考えるダブル・スタンダード
ネット上で「ダブスタ」という言葉を見かける。誰かの言動に対して「ダブスタだ!」と言い立てる言説は多い。しかしながら、私見では「ダブスタ」という言葉を乱暴に使う言説も少なくない。そこで、この記事では「そもそもダブル・スタンダードとはどのようなことか」を問いなおす。
この記事は次のように進む。Ⅰではダブル・スタンダードの概要を示す。Ⅱでは正義に関する哲学・倫理学の知見の一部をまとめる。Ⅲではダブル・スタンダードの要点とある言動などがダブル・スタンダードに当たるかどうかを判断するときの注意点を述べる。
※ 参考文献は記事の最後にまとめて示し、本文や注では著者名・刊行年・ページや章のみを括弧に入れて表記する。
Ⅰ.ダブル・スタンダードの概要
ダブル・スタンダードとは次のことである[注1]。
【ダブル・スタンダード】
異なる基準(規範)の不当な使い分け。複数の人・集団・事例に対して不当に異なる基準(規範)を適用すること。
倫理学者の児玉聡によれば、その代表的な例は男女に異なる性道徳の基準を適用することであり、例えば「男性の婚前交渉は非難されないが、女性の場合は非難される」ということがこれに当たる(児玉 2001)。この例では「婚前交渉してもよい」と「婚前交渉してはいけない」という異なる基準が、男女で不当に使い分けられている。ダブル・スタンダードとはこのようなことである。
上記のダブル・スタンダードの「異なる基準(規範)の不当な使い分け」という説明の「不当な」という部分に注目したい。ダブル・スタンダードは「不当である」という要素を有する。逆に言えば「異なる基準の正当な使い分け」はダブル・スタンダードではない。次の二つのルールを見てほしい。
P:女性は車を運転してはいけないが、男性は車を運転してもよい。
Q:飲酒した人は車を運転してはいけないが、そうでない人は車を運転してもよい。
PもQも人びとを区別して「運転してはいけない」と「運転してもよい」という異なる基準を使い分けている。しかし、だからといって「PもQもダブル・スタンダードだ」ということにはならない。Pはダブル・スタンダードだが、Qはそうではないだろう。というのも、Pは不当だが、Qは正当だと思われるからである。ダブル・スタンダードは「不当である」という要素を有するのである。
では「不当」と「正当」とはどのようなことか。これは正義(justice)の問題である。そこで次に、正義に関する哲学・倫理学の知見の一部をまとめたい。
Ⅱ.正義の二つの原則
倫理学者の川本隆史によれば、正義とは「正しさ・まともさ。人間の行為や制度の正/不正の判断基準」(川本 2006 p. 499)である。では、正義はどのようなことを要求するのだろうか。ここでは、正義の要求を二つの原則として整理する[注2]。
正義の原則① 等しきものを等しく扱え
【架空の例】同じ大学に通う学生Aと学生Bはある科目の期末試験を受けた。その科目の成績は1問20点の合計点で判定される。AとBはどちらも3問正解した。AとBは出席日数などについても同じである。
このとき、担当教員はAとBに同じ成績判定をしなければならないだろう。例えば、一方に「可」、他方に「不可」と判定するのは不当である。なぜか。それは「等しきものを等しく扱え」という原則があるからだといえる。
この原則によれば、同じ特徴・資質を有する人びとに同じ扱いをしなければならない。AとBは「3問正解した」という点で同じ特徴・資質を有するので、担当教員は、成績判定において、AとBに同じ扱いをしなければならない。「等しきものを等しく扱え」は正義の基本的な理念である。
正義の原則② 異なる扱いをするならば、有意な理由を示せ
【例のつづき】学生CもA・Bと同じ試験を受けた。CもA・Bと同じく3問正解した。しかし、担当教員はA・Bには「可」、Cには「不可」と判定した。というのも、Cは試験中に不正行為をしたことが判明したのである。
このとき、担当教員がCに対してA・Bとは異なる成績判定をするのは正当だろう。なぜ正解数は同じなのに、Cにだけ異なる成績判定をしてもよいのか。それは異なる扱いをする有意な・重要な(relevant)理由があるからである。
Cの成績判定において、例えば「Cは右利きである」ということはどうでもよいことである。しかし「Cは不正行為をした」ということはどうでもよいことではなく、大いに関係があることである。不正行為は厳しい処分の対象になる。ゆえに「Cは不正行為をした」という理由でCに異なる成績判定をすることは理に適っている。言い換えれば「Cは不正行為をした」ということはCに異なる成績判定をする有意な理由であるといえる。この例のように、有意な理由があれば、異なる扱いをすることは正当である。
逆に言えば、有意な理由がないのであれば、異なる扱いをするのは不当である。例えば「Aは黒人、Bは白人である」という理由でAとBに異なる成績判定をするのは不当である。成績判定において、学生の人種はどうでもよいことである。ゆえに「Aは黒人、Bは白人である」ということは異なる成績判定をする有意な理由とはいえない。
このように、異なる扱いが不当かどうかは、異なる扱いをする有意な理由があるかどうかにかかっているのである。
Ⅲ.ダブル・スタンダードの要点と注意点
Ⅰで述べた通り、ダブル・スタンダードとは「異なる基準の不当な使い分け」である。そして、Ⅱで述べた通り、異なる扱いが不当かどうかは、異なる扱いをする有意な理由があるかどうかにかかっている。これらから、ダブル・スタンダードの要点を次のようにまとめられる。
異なる基準の使い分けが不当かどうか、つまり、それがダブル・スタンダードに当たるかどうかは、異なる基準を使い分ける有意な理由があるかどうかにかかっている。
再び、先ほどの二つのルールで考えよう。
P:女性は車を運転してはいけないが、男性は車を運転してもよい。
Q:飲酒した人は車を運転してはいけないが、そうでない人は車を運転してもよい。
Pは不当ゆえダブル・スタンダードであり、Qはそうではないということだったが、それはなぜか。それは「運転してはいけない」と「運転してもよい」という異なる基準を使い分けに関して、Pの場合は有意な理由がないが、Qの場合は有意な理由があるからだといえる。
車の運転において、運転する人の性別はどうでもよいことである。しかし、運転する人が飲酒したかどうかはどうでもよいことではなく、大いに関係があることである。飲酒運転は危険極まりないからである。よって、Qの場合は異なる基準を使い分ける有意な理由があり、それゆえQはダブル・スタンダードではない。
このように、異なる基準の使い分けがダブル・スタンダードに当たるかどうかは、有意な理由があるかどうかにかかっている。このことから、次の注意点が見えてくる。
異なる基準の使い分けがダブル・スタンダードに当たるかどうかを判断するときは、異なる基準を使い分ける有意な理由があるかどうかを吟味すべきである。
次の文を見てほしい。
「あなたはXとYで異なる基準を使い分けている。しかし、XとYはaという点で同じである。よって、あなたの言動はダブル・スタンダードである」
この形式の意見は少なくない。しかし、これには要注意である。次の意見はこの形式に合致する。
「あなたは飲酒した人とそうでない人で『運転してはいけない』と『運転してもよい』という異なる基準を使い分けている。しかし、飲酒した人もそうでない人も『人間である』という点で同じである。よって、あなたの言動はダブル・スタンダードである」
この意見は先ほどの形式に合致するが、妥当とはいえない。「XとYはaという点で同じである」としても、それだけでは「XとYに異なる基準を使い分けることはダブル・スタンダードである」とは言えない。なぜなら、XとYはa以外の点で異なる扱いをする有意な理由があるかもしれないからである。ゆえに、異なる基準を使い分ける有意な理由があるかどうかを吟味することが必要である。
おわりに
読んでくださって、ありがとうございました!
注・参考文献・参考ウェブサイト
[注1]これについては、法哲学者の井上達夫と倫理学者の児玉聡よる説明を参考にした(井上 2003 pp. 19-20、児玉 2001)。
[注2]これについては、井上、川本、政治哲学者の伊藤恭彦、政治哲学者のデイヴィッド・ミラーの整理を参考にした(井上 1986 第2章・第3章、川本 2006、伊藤 2012 第2章、ミラー 2005 第5章)。
伊藤恭彦 2012『さもしい人間――正義をさがす哲学』(新潮新書)
井上達夫 1986『共生の作法――会話としての正義』(創文社)
井上達夫 2003『法という企て』(東京大学出版会)
川本隆史 2006「正義」(大庭健編集代表『現代倫理学事典』弘文堂 pp. 499-501)
ミラー、デイヴィッド 2005『政治哲学』(山岡龍一/森達也訳 岩波書店)
児玉聡 2001「ダブル・スタンダード」(SATOSHI KODAMA'S OFFICIAL WEBSITE)〈https://plaza.umin.ac.jp/kodama/ethics/wordbook/double_standard.html〉(最終閲覧日 2020年4月11日)
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