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【自伝小説】第3話 中学校時代(4)最南端の空手フリムン伝説|著:田福雄市@石垣島
警察故事
「オワタ」
「完全にオワタ」
少年は心の中でそう呟きながら、人生初となるパトカーの後部座席に身を委ねた。
そして、署でおまわりさんにこっぴどく叱られた後、保護者に連絡を取るため自宅の電話番号を聞き出された。
時計の針は既に深夜を指していたが、寝ているはずの祖母の事を思いながら、泣く泣く電話番号をおまわりさんに告げた。
それから僅か数分後の事であった。
「いや…あの……」「〇×▼※◇●△」
「だから…その…」「〇×▼※◇●△」
最初は優しく話していたおまわりさんだったが、電話口で祖母に詰め寄られているようで、困っている様子が手に取るように伝わった。
なんと補導された事を祖母が信じてくれず、人違いだと何度も跳ね除けられたのだという。
「うちの子はそんな子じゃありません」
「今部屋でスヤスヤ寝ています」
半ば逆ギレ状態で何度も何度も同じことを繰り返す祖母に、おまわりさんから受話器を受け取った少年は小さな声でこう呟いた。
「ばあちゃん…俺だけど…俺…いま警察署に…」
「はぁ~もぉ~何してるの?」
「あなたのお父さんになんて報告すればいいの?」
そう言いながら、泣き叫ぶ祖母の声が受話器から聞こえてきて、少年の心は張り裂ける寸前となった。
叱られることよりも、少年は祖母に泣かれるのが一番辛かった。
こうして免許のない祖母の代わりに、気を使ったおまわりさんとその日二度目のドライブが始まった。
パトカーの中で、「親を悲しませるような事はもうすんなよ」と優しく諭され、自宅まで送ってもらった少年は心から反省し、もう二度とバイクには乗らないと約束した。
ただ、そう遠くない未来に、その誓いは簡単に破られる事となる。更に最悪な事態となって。
月光の名の下に
不良漫画の金字塔、「クローズ」に出てくるスキンヘッド軍団。「月光の名の下に」をキャッチにする鳳仙学園である。
そんな世紀末的な軍団が、当時の石垣島にも存在した。
通称「N中」…
ライバル「I中」と勢力を二分する、まさに恐怖の軍団であった。
その学校の不良の数は、少年の通う中学校の全校生徒に匹敵した。既に数の理論で勝ち目はなかった。
そして、その日は突然やってきた。
まだ授業中であるにも関わらず、教室の外が突然ザワつきだした。少年は恐る恐る窓の外に目をやった。
瞬間、その余りにも絶望的な光景に、少年は数秒間だけフリーズした。
そこで少年が目にしたのは、頭をバリカンの1mmで刈ったであろうツルピカハゲ丸くん達が、我が物顔で闊歩している光景であった。
およそ、20名ほどは居たであろうか。
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ハゲ田ハゲ丸とその一家は独自に編み出した極端な節約術、つるセコにいそしみ、それが原因となって周囲をさまざまな騒動に巻き込んでいく。
それだけでも余裕で恐怖なのに、更に後頭部にまで食い込む剃り込みのオプションまで付いていた。少年のマウスはポッカーンを通り越し、顎が外れる寸前だった。
中にはバットを持っている不届き者まで居た。
事もあろうか金属であった。
「アカン、アカン、アッカーン!」
「死ぬって、死ぬって、もーー!」
あんな硬い物質で頭蓋を殴られたら一巻の終わりだ。少年は咄嗟に闘争ではなく逃走にモードを切り替えた。
人数差による個人の無力さは経験済みだ。(記事「カンフーシューズ」参照)
例え逃走しようとも、誰も自分を責めはしないだろう。少年は都合よくそう解釈した。
その刹那、その鳳仙軍団が蜘蛛の子を散らし始めた。
原因は、校内一の武闘派教師であり、野球部の鬼監督、K先生であった。
何とその先生の手にもバットが握られていた。しかもノックバットだ。
当時流行っていた体罰、「ケツバット」の経験者なら分かると思うが、ノックバットは通常のバットよりも細く、ケツを叩かれた時のダメージは雲泥であった。
鳳仙軍団が逃げ回るのも頷けた。
そんな逃げ回る不良集団を、ノックバットを振り回しながらたった一人で追い掛けまわすK先生。その姿は、まるで砂漠を疾走するアラビアのロレンスの如きであった。
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思わず、少年は大声で「カッケェーーーーー」と叫び散らした。
それと同時に、逃走しようとした自分の不甲斐なさに落ち込んだ。
結局、その日はロレンス先生のお陰で事なきを得た。(名前変わっとるやないかいっ)
ただ、あいつらはバカだった。生粋のバカだった。まだ余韻も冷めやらぬ短い期間を経て、再び押し寄せてきたのだ。
(だって暇だからw)
更に前回のハゲ野郎に加え、今回はバージョンアップしてパンチ野郎まで居た。
少年は溜息をつきながら、これから起こるであろう大惨事を予想し覚悟を決めた。
ただ、その日ロレンス先生は不在だった(だから名前……)
調子に乗った奴らは教室の廊下にまで押し寄せてきた。女子生徒の悲鳴があちこちでエコーした。
まさにやりたい放題であった。
それなのに、何故か他の先生たちの姿が見えない。
「これはどういう事だ?」
訳の分からないまま、少年は奴らの前に立ちはだかった。
後ろには仲間が居た。確かに居た。居たからこそ勇気を振り絞れた。
「この数なら何とかなる」
そう判断し、少年は恐る恐る前に出た。しかし、鳳仙軍団はニヤニヤしながら此方の方を眺めている。
様子がおかしい。緊張感がまるでない。例え数で優っているとはいえ、此方にだってこれだけの仲間が居るのだ。
「そうだろう?」「なぁそうだろう?」
そう心の中で呟きながら、後ろを振り返った瞬間、少年は人生最大のピンチが訪れていることを心の底から痛感した。
何と前に出たのは少年一人で、後ろに居た仲間はただの一歩も踏み出していなかったのだ。
「アッヒーーーーン(涙)」
「ぎゃはははははは(涙)」
鳳仙軍団に笑われながらも、少年は
「人間、生まれる時も死ぬ時も所詮一人なんだよ」
と悟ったような事を心の中で連呼した。
そしてこの日を境に、もう誰にも頼らない人生を歩もうと心に誓ったのであった。
その後、笑い疲れた鳳仙軍団は、呆然と立ち尽くす少年をまるで無視するかのように、満足気な表情で岐路に着いた。
少年は、ホッと胸を撫で下ろした。
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マミドーマ
そんなヤンチャな義務教育も終盤に差し掛かった頃、人伝てにある噂が耳に入ってきた。あの「N中」の鳳仙軍団が、天敵の「I中」に集団で殴り込みを掛けたというのだ。
想像するだけでもゾッとする光景だ。
義務教育の最後の最後に、完全決着をつけようという算段であったはずだが、途中で警察に捕まり、全員「護送車」に乗せられ未遂に終わったのだという。
何とその時に手にしていたのが、農業用の「カマ」「ヘラ」「クワ」だったというから驚きだ。
もうお気付きの方もおられると思うが、彼らが手にしていたのは、郷土芸能マミドーマの道具であった。
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その道具を振り回しながら、集団で「I中」に向かった「N中」のカラスたち。そんな目立つことをしたら、途中で通報され御用になるのは目に見えていたはずだ。
しかし、彼らはバカだった。そこまで考えが及ぶような脳シナプスを誰一人持ち合わせてはいなかった。
ただ、お陰で大惨事にならずに済んだのだから、不幸中の幸いと捉えた方が良いだろう。
そんな愛すべきバカたちの話しを聞き、少年はこう思ったという。
「マミドーマの道具を武器にするなんて、何て郷土愛に包まれた男たちなんだ…」
少年もまた…バカだった(-_-;)
こうして無事(?)に義務教育を終え、いよいよ卒業を迎える事となった昭和41年~42年生まれの少年たち。
桜の舞い散る春の木漏れ日の中、新たなる伝説を作るため、慣れ親しんだ学び舎を後にした。
今から40年以上も前の、嘘のような本当の話しである。
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この記事を書いた人
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田福雄市(空手家)
1966年、石垣市平久保生まれ、平得育ち。
八重山高校卒業後、本格的に空手人生を歩みはじめる。
長年に渡り、空手関連の活動を中心に地域社会に貢献。
パワーリフティングの分野でも沖縄県優勝をはじめ、
競技者として多数の入賞経験を持つ。
青少年健全育成のボランティア活動等を通して石垣市、社会福祉協議会、警察署、薬物乱用防止協会などからの受賞歴多数。
八重山郡優秀指導者賞、極真会館沖縄県支部優秀選手賞も受賞。
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