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【自伝小説】最南端の空手フリムン伝説|著:田福雄市@石垣島|第13話 最後の聖戦編(7)

【WAR】

「負けるのか?」
「俺はこんなところで負けるのか?」
「これまでやってきた事は全て水泡に帰すのか?」

開始早々、怒涛のラッシュをボディに受けながら、フリムンは最悪の結果を想像していた。

身長差20cm…体重差10㎏ 
リーチ差は30㎝近くあろうか?

準々決勝の対戦相手、オーストラリアチャンピオンのサイズだ。

そんな化け物が、重量級とは思えない回転の速さで、フリムンをめった打ちにしていた。

「ドギャッ」「ングッ」
「ドゴスッ」「ハグッ」
「ガコンッ」「アグッ」

まるで鈍器で殴られているような拳の固さ。
そして凄まじい迄の破壊力。

拳が当たる度に、フリムンの体は前後左右に振り回され、そこに留まる事を許してもらえなかった。

脇腹へ集中する突きの連打…余りの衝撃に顔を歪める著者

それにリーチが余りにも長過ぎて、脇腹への回し打ち(カギ突き)を肘でブロックしても、そこを通り越して背中にまで到達してしまう。

これでは全く以て防ぎようがない。

見える突きなら対処もできるが、視界の外(背後)から攻撃されたら堪ったものではない。

筋肉を締める間もなく、不意打ちの如く背中や脇腹に飛んでくる集中砲火を受け、先述した最悪な想定に至ったのであった。

「このままでは反撃できない」
「慌てるな」
「練習した通りだ」
「練習した通りやるんだ」

そう言い聞かせながら、フリムンは練習した通り、ステップを駆使してサイドに回り込んだ。

当然、反撃のレバーブローをお見舞いしながらである。

しかし、それでもスタミナ配分などお構いなし。

豪州王者は一切手を緩めようとはしなかった。

きっと、これまでそれで終わらせて来たのだろう。

駆け引きなどしなくとも、フルスイングでぶん殴れば、誰もが彼の前にひれ伏したのかも知れない。

そういう過去があったであろう事は、その表情から容易に見て取れた。

しかし、目の前に立っているのは全日本チャンプにもなった事のある日本代表の空手フリムンである。

彼の誤算は、正にその一点に尽きた。

殴っても殴っても打ち返してくるフリムンに、徐々に蒼ざめていく豪州チャンプ。

それに対し、フリムンは殆どポーカーフェイスだ。

きっと、不気味に感じたのかも知れない。

自らの攻撃を受け、表情を変えない人間に初めて出会ったかのようにも見て取れた。

そして、徐々に動きが鈍りだしていくチャンプ。

しかし、フリムンも決して無事ではなかった。

脇腹と、それを守ろうとガードした前腕が破壊され、フリムンの打たれ強さや持ち前の根性がなければ、決して耐えられないであろうダメージが蓄積していった。

そう、彼のポーカーフェイスも裏を返せば単なるやせ我慢。肉体を精神が凌駕した結果であった。

「もしかして…折れたかも?」

そう思ってもおかしくない程の激痛に襲われていたが、それでも絶対に勝つんだという不退転の決意で、相手の肉体に拳を放ち続けた。

「もう一息 もう一息」
「それを乗り越えて もう一息」
「勝利は大変だ もう一息」

豪州チャンプに破壊された脇腹と前腕(試合翌日)

島に戻った後、余りの痛みで寝られない夜が続き、大会1週間後に溜まらず病院へ。

骨折こそ免れていたものの、筋断裂という診断結果が下された。

空恐ろしいパンチ力である。

しかし、そんな殺人パンチを耐え抜いたフリムンに、いよいよ反撃のチャンスが巡ってきた。

フリムンの突きが豪州王者の大胸筋を破壊。

耐えきれなくなったチャンプの顔が、遂に苦痛で歪んだのである。

心が折れた瞬間であった。

何千回も、何万回もミットに叩き込んできた渾身の突き

余りの激痛に、顔をしかめながら思わず後退する豪州王者。小よく大を制す空手の醍醐味に、観客(特に海外勢)の声援も更にヒートアップ。

こうしてフリムン攻勢のまま、終了の太鼓は打ち鳴らされた。

判定は「4-0」でフリムンに軍配(主審=長澤師範)

【シリコン】

試合終了後、多くの関係者に声を掛けられた。

中には涙を流しながら抱き着いてくる方も居た(笑)

「凄いです、感動しました( ;∀;)」
「先生の試合は何故か涙が出てくるんですよ」
「こんなに興奮したのは久しぶりです」
「もうこのまま優勝しちゃってください」

これ以上の誉め言葉が他にあろうか。

フリムンは皆の言葉に感動しながらも、一仕事終えた安堵感と、まだ試合は終わっていないという現実の狭間で放心状態となっていた。

そんな中、大声で何かを叫びながら走ってくる集団が目に飛び込んできた。

平均身長190cm前後はあろうかという大男たちだ。

中には、先ほど戦った豪州チャンプよりもノッポな大男も居た。

全員、上下お揃いのジャージを着ていた。

誰かの応援に来ていた海外の応援団であることは明白であった。

そんな大男たちに、いきなり包囲されたフリムン。

その圧たるや、ただでさえ低い彼の身長が、更に縮むほどの圧であった。

それに、大声で何かを叫んでいるが、何を言っているのか皆目見当も付かない。

それが、更に不気味さを醸し出していた。

もしかして、先ほどの判定に不服を申し立てに来た豪州チームなのか?

一瞬、フリムンの脳裏に最悪の光景が浮かんだ。

すると、聞き覚えのある単語がフリムンの耳に入ってきた。

「ん?シリコン?」

確かにそう聞こえた。

次の瞬間、その単語が「シリコン」である事が決定的となった。

何故なら、人差し指でフリムンの大胸筋をツンツンしながら、その単語を連呼し始めたからである(笑)

「シリコン♡」
「シリコン♡」

その瞬間、突然フリムンのお笑い魂に火が着いた(笑)

「それなっ」「そやねん」
「これシリコンやねん♡」

そう言って、何時ものように大胸筋をピクピクさせた。

すると、今まで圧をバラまいていた集団が、一斉に手を叩きながら大爆笑。

あの「Pサイズ」のリーダーを務めるフリムンの笑いが、世界に通用した瞬間であった(笑)

それから遅れること数十秒後、先ほど激闘を演じた豪州王者のマーシャル選手が息を切らしながら走ってきた。

この集団はやはり豪州チームで、師匠に打ち勝った小さな日本人選手に敬意を称すため、こうして駆け付けたとの事であった。

そしてシリコンの連呼も、師匠の殺人パンチに耐え抜いたボディを拝みたかったからだという(笑)

お陰で、先ほどまで敵同士だったフリムンと豪州チームは一瞬で意気投合。

これこそが、直接打撃制ルール(極真ルール)による戦いの真骨頂である。

ちなみにフリムンの大胸筋は正真正銘ホンモノで、決してシリコンでない事を付け加えておく(笑)

どんなに激しく殴り合っても戦い終えればノーサイド♡
引退から1年半後、現在のシリコン(笑)

ちなみに海外の方々は、相手の実力を知るまでは意外と冷たい対応を取るが、一旦その実力が上と知るや否や、素直に敗北を認める潔さがある。

逆に日本人は、自分より優れた相手に対しても好き嫌いが先行し、素直に受け入れきれない傾向があるように感じる。

大陸育ちと島国育ちの違いかどうかは知らないが、そこは学ぶべきところだ。

こういう現場に立ち会う度に、そう感じてしまうのは決してフリムンだけでは無い。

ちなみにこの試合、内容は激しいど突き合いであったが、互いにクリーンな試合運びで一切クリンチや反則なし。お陰で一秒たりとも試合が中断される事なく、大会中最も削られた試合となった。

よって試合後は疲労困憊となり、控室への階段を昇り降りするのも四苦八苦。

続く準決勝に不安を残す結果となった。

しかし、準決勝で待ち構えているのはコロンビアのレジェンド。
あの南米王者のリンコン選手である。

世界大会の一般男子の部で、その実力を世界に知らしめた過去を持つリンコン選手。

もはや世界のレジェンドと言っても過言ではない。

準々決勝でも大技を駆使して対戦相手を圧倒。技ありを含む大差の判定で準決勝へ駒を進めていた。

今大会、最も危険な相手であるのは間違いない。

そんな現役最後の戦いも残り2試合。

果たしてどのような結末が待ち受けているのか?

準決勝までの待ち時間の間、フリムンは緊張を切らさぬよう、一人静かに精神を統一した。

毎週月曜更新!
次号も乞うご期待!!


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この記事を書いた人

田福雄市(空手家)
1966年、石垣市平久保生まれ、平得育ち。
八重山高校卒業後、本格的に空手人生を歩みはじめる。
長年に渡り、空手関連の活動を中心に地域社会に貢献。
パワーリフティングの分野でも沖縄県優勝をはじめ、
競技者として多数の入賞経験を持つ。
青少年健全育成のボランティア活動等を通して石垣市、社会福祉協議会、警察署、薬物乱用防止協会などからの受賞歴多数。
八重山郡優秀指導者賞、極真会館沖縄県支部優秀選手賞も受賞。


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