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ミュージカルSIXの話①:キャサリン・オブ・アラゴン編
数年前のトニー賞授賞式を見て心奪われたミュージカルSIXがついに日本上陸!ということで、実際の王妃たちの歴史や楽曲について自分なりにdigったことをメモしていきます。
※英国史もポップミュージックも特に専門ではないので、個人の理解やフィーリングに基づいて書いていることをご了承ください。
まずは1人目、キャサリン・オブ・アラゴンから!
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出自
アラゴン王とカスティーリャ女王の末娘としてスペインで生まれ、姉はスペイン女王、甥は神聖ローマ皇帝カール5世という超サラブレッドな家柄。身分の高さでは6人の王妃の中ではダントツ一番。ちなみに名前はスペイン語読みだとカタリナです。両親ともカトリックでキャサリン自身も敬虔なカトリック。あとで出てくるキャサリンの娘メアリーも母の影響を受けてバリバリのカトリックで、後に女王となった後プロテスタントを弾圧しまくりブラッディー・メアリーと呼ばれたのは有名な話。
母方がイングランド王家ランカスター家の出身で、ヘンリーとは遠縁に当たります。この当時政略結婚によって各国の王家と貴族はみんなうっすら親戚みたいなそんな感じでした。平安時代みたいですね。
元々イギリスに嫁がせる予定だったそうですが(アーサーとは3歳で婚約)、和風に言うところの后がね教育ではなく、王子たちと同等に君主としての教育を受けていたようです。
結婚までの経緯
当初はヘンリー8世の兄、アーサーの妃としてイングランドに迎えられましたが、結婚式から1年も経たずになんとアーサーが病気で急死。16歳で未亡人になってしまいます。ヘンリー8世の弟も同じ頃夭逝しており、後継者となる男子はヘンリー8世のみになっていました、ヘンリー8世の父ヘンリー7世はキャサリンの莫大な持参金をスペイン側に返却することを渋り、ヘンリー8世との縁談を進めます。アーサーとの床入りが実際にどうだったかは不明ですが、“なかった“としてアーサーとの婚姻は無効だったことになります。
(しかし父も息子も同じ名前だとほんとややこしいですね…ここまででヘンリーって何回出てきた??)
父のヘンリー7世は、自分の妃が出産で亡くなるとキャサリンを自分の妃にどうかと打診しますが、流石にこれには実家のスペイン側が激おことなり、慌てて取り下げて息子ヘンリー8世との婚約を正式に締結します。とんでもないジジイだな…
ちなみにこの宙ぶらりん期間中、キャサリンは駐イングランドのスペイン大使に任命され、女性としては初の役目だったそうです。
この頃実家のスペイン情勢がかなりゴタゴタしていたり、ヘンリー7世も持参金の残りがまだ支払われていない!と結婚の許可を渋っていたりとなかなかスムーズにいきませんでしたが、ヘンリー7世が崩御するとヘンリー8世は父の喪も明けないうちにさっさかキャサリンと結婚してしまいます。キャサリンのことを姉のように母のように慕っていたから愛情ゆえだとか、国際情勢的に不安定だったからとか、理由は色々あったよう。
結婚生活とその終焉
新婚時代はかなり関係は良好で、仲の良い夫婦だったと言われています。しかし結婚から2年後に王子が生まれますが、盛大なお祝いをしている中で生後すぐ亡くなり、この頃からヘンリーはキャサリンの侍女や貴族の女性たちに手を出すようになります。
またヘンリーのフランス遠征中にキャサリンは摂政として大活躍し、スコットランド王を戦死させるなど大手柄を上げますが、ヘンリーは国民に絶賛されているキャサリンが面白くなかったとも言われています。器の小さい男だなまったく。
その後メアリー王女が生まれ、ヘンリーは娘を溺愛、後継者としての教育も熱心に行いますが、一方で浮気癖も全く治らず、メアリー誕生の3年後にキャサリンの侍女のひとりに男児を産ませたりしています。指輪を持ってない女に息子を産ませても〜って曲の中でも出てきましたね。この子は爵位は与えられましたが庶子なので王位継承権は持てず、アラゴンが亡くなりブーリンが処刑された同じ年に若くして亡くなっています(ちなみにブーリン&ハワードのいとこに当たる女性と結婚していましたが、子供はいませんでした)。
キャサリンの流産死産はこの後も続き、年齢的にも息子が望めないと思ったヘンリーはキャサリンとの離婚を画策し始めます。この頃国際情勢も大混乱なので遠征に自ら行ける男の王じゃないと不安、キャサリンの実家スペインとの関係もかなり微妙、こんなに流産を繰り返すのはやっぱり兄アーサーの呪いなんじゃないか!?とか、壮年に差し掛かったヘンリーも色々不安になっていたようです。ミドルエイジ・クライシスってやつですかね。
ついにヘンリーはキャサリンに対して離婚したい!修道院へ行け!と直接伝えますが、キャサリンは涙ながらに拒否し、ヘンリーと結婚した時バージンだった!なので結婚は有効!と主張します(キャサリンの曲になっていたのがこのあたりの話)。教皇や他の貴族たちも全然納得せず、離婚話は平行線を辿る中、キャサリンは城から追い出されてしまいます。
キャサリンを追い出したヘンリーは、聖書のレビ記の記述を根拠としてキャサリンとの結婚無効を無理やり認めさせ、当時妊娠中だったアンと結婚してしまいます。結婚前に子供が産まれてしまうと庶子扱いで王位継承権が持たせられないので、ヘンリーも焦っていました。
ちなみにこの時キャサリンの甥カール5世はウィーンをオスマン軍に包囲されていて、叔母の危機に構う余裕が全然なかったみたいです。いくら実家が太くても、いざというとき頼りになるとは限らないんですね。
キャサリンは王妃の肩書を剥奪され、“王太子アーサーの未亡人“という処遇になり幽閉状態になります。娘メアリーも庶子扱いになり、母娘の交流は一切禁止されてしまいます(娘が病気の時もそばにいてやれなかったのよ!ってミュージカルの中でも言ってましたね)。
ただこうなった後もイングランド国民には根強く人気があり、クイーンと呼ばれ慕われていたとか。
失意の中病気(癌だと言われているが毒殺説もある、けどまあ多分がん)で亡くなると、ピーターバラ大聖堂に葬られます。娘メアリーは葬儀に参列できず、公式な行事も禁止されましたが、彼女を慕う国民たちが多く葬列に加わったと言われています。
娘メアリーへの形見として残せたのは金の鎖や毛皮のコート1枚など、かつて莫大な持参金を持ってイングランドにやって来たにしては侘しいものだったと言われています。
ちなみに現在ではキャサリンの墓標には“Queen of England”と書かれており、今も絶えずお花が置かれているそうです。いつか行ってみたいなー
インスピレーション
アラゴンのインスピレーション元はビヨンセとシャキーラで、プロデューサーのトビー・マーロウは映画化するならジェニファー・ロペスかジェシーJに演じてもらいたいと言っているので、この2人のイメージもあるようです。
楽曲
アラゴンのソロ曲“No Way”は、インスピレーション元のようなパワフルで重厚かつアップテンポなR&B風。
ビヨンセの曲はとんでもなくテンポが速いのが特徴ですが(“Single Ladies”とか“Crazy In Love”とか、素人がダンスまねしようとするとかなり大変)、そのアップテンポな感じがすごくぽいなと思います。あとドラムのリズムがすごく“Run the World(Girls)”をイメージしている感じがします。マッシュアップとかしたら相性良さそう。
さらに出身がスペインということで、ジェニファー・ロペスっぽいラテンのリズムも加わっています(サビのリズムがもろサンバな感じ)。
Single Ladiesの振り付けは冒頭のみんなで会話しているパートでもちょっと使われてますよね💍
衣装
衣装のテーマカラーは金と黒。金というか黄色はアラゴンの故郷スペインの色だそうです。あとインスパイア元のビヨンセもよくゴールド系の衣装着てるイメージありますね。菱形のモチーフは肖像画のネックレスから、鎧っぽい感じは戦争でも活躍してスコットランドをボコしたエピソードから、金のチェーンネックレスは娘メアリーへの遺品から?あとは教会のステンドグラスっぽい雰囲気もあったり、スタッズがバチバチなのは彼女の強いキャラクター性からのイメージなのかなーと思っています。
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アラゴンの衣装についてはこちらのYouTubeがすごい詳しく解説しておりおすすめです!