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スーパーの遠藤さん

この話はフィクションです。

スーパーに、歳の頃は30を少し過ぎたくらい、とても可愛い人がいる。可愛いだけでなく、いつもニコニコしていて、話す声は控えめで優しい。

だからか、遠藤さんのレジの列は他より長い。
それをわかっていても、遠藤さんの列に並びたい。スーパーでは、遠藤さんのレジに並ぶのが常だった。

しばらく、遠藤さんの姿を見ないな、と思っていたある日、夕方にスーパーに行くと、遠藤さんがいた。

遠藤さんが夕方のシフトなんてめずらしい。

ふと、遠藤さんの名札を見ると、「田中」になっていた。

実は、私、第六感がものすごく強い。
予知夢を見ることもよくある。

すぐに遠藤さんの状況を悟った。

遠藤さんの夫は、暴力夫だった。
あからさまに殴ったりはしなかったが、機嫌が悪いと髪の毛をつかんで大声を出したり、蹴ったり、突き飛ばしたりした。

遠藤さんは耐えていたが、ある時、突き飛ばされた拍子によろけて、サイドテーブルの上の陶器のオルゴールを落としてしまった。

そのオルゴールは、大好きだった今は亡きおばあちゃんが買ってくれたものだった。

オルゴールは、ガチャンと音を立て無惨にも割れてしまった。

その時、遠藤さんの我慢の糸は切れた。
それから毎日コツコツとオルゴールを接着剤で貼り合わせていった。
コツコツ、コツコツ。

そして、元通りとはいかないが、なんとか形になった日、遠藤さんは離婚届をおき、家を出た。

実家に戻った遠藤さん。
すぐに夫が迎えに来た。

プライドの高い夫は離婚なんて許すはずがない。
夫にとって、おとなしくて可愛い顔立ちの遠藤さんは都合が良かった。

「離婚してどうやって生活するんだ。今なら謝れば許してやるから、帰ってこい」と言う夫に
遠藤さんは、静かに
「大声で怒鳴られたり、突き飛ばされたりした時の動画があります。このまま離婚に応じてくれないのなら、家庭裁判所に申し立てをします」
「突き飛ばされた時に手首を捻挫した診断書もあります」
と言った。

「離婚に応じてくれるなら、動画は削除します」と付け加えた。

最初はごねていた夫だが、遠藤さんの意思が固いことをようやく理解し、動画の削除を条件に渋々離婚に応じた。

そして今、遠藤さん、いや「田中さん」は昼間は資格取得のために勉強をし、夕方、スーパでレジの仕事をしている。

オルゴールは割れてしまったが、おばあちゃんが力をくれた!と思っている田中さんは少し強くなった。

相変わらずニコニコと笑顔の素敵な田中さんだが、心なしかスッキリしたように感じられる。

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