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【短編小説】「ロザリオ」

 日曜礼拝のあと、僕は教会の前に流れる小さな川を眺めていた。川は透き通っていて、きらきらと光る小魚が見える。
 今日は神父の話も上の空で、讃美歌も歌う気になれなかった。終始ぼんやりしていた。
「あなたのせいよ」母親はいった。
 実際、誰のせいでもない。病気が進行し、父親は亡くなったのだ。
 
 父親に病気が見つかるまで、両親はふたりで仲が良くとはいいがたいが(実際、口論が多かった)、慎ましやかに暮らしていて、僕が美術大学を卒業し、就職して家を出てからも、とくに寂しいともいわなかった。
 時々顔を見せに帰るが、大袈裟に喜ぶこともなく、晩飯をみなで食べて、母親が食器を洗い終わるまで、父親となんてことのない会話を交わした。
「仕事は上手くいっているのか」「結婚はまだか」
 そう尋ねるのも、本当に知りたいというわけでもなく、なんとなく形式的に訊いてみた、という感じだった。
 僕はやはり「なんとかね」とか「まだ焦ることじゃないから」とか、形式的な答えを返すだけだった。
 そんな父親に脳梗塞が見つかった。頭が痛い、と寝込む父親を、母親が病院に連れていき判明したことだった。
 連絡を受け、実家に駆けつけたが、父親はひどく辛そうで、ふさいでいた。母親は僕にすがりついて「お父さん、病気になっちゃった」と泣いていた。
 とりあえず、今日明日を争う事態ではない、と聞いた僕は、父親に「とにかく気持ちを安らかに持って、ゆっくり休んで」と伝えた。
「ああ」と父親はうなった。
「もう帰るの?」母親はいった。
「仕事があるからね」
 そういうと、母親は恨めしそうに僕を見た。心細いのはわかるが、僕にだって生活がある。父親はすぐに命がどうこうということではない。
「また、週末に来るよ」僕はそういって実家を後にした。
 アパートに戻ると、なんとも苦い思いが僕を取り巻いていた。でも、いま、何かが出来るわけでもない。
 
 僕は小さな文房具メーカーで、デザインを担当する一人だった。そのときは、新しい筆箱をいくつもデザインしていた。蓋を開けなくても鉛筆が一本だけ引き出せるデザインを提出したが、却下された。内蓋のうさぎの耳をめくるとカラフルな付箋がついているデザインも同様だ。どうせ却下になるのだから、とやけっぱちになっていた。蓋に電子辞書が仕込まれているアイデアも、蓋を開けるとバッハの「トッカータとフーガ」の出だしが流れるアイデアも、当然のことながら全部却下された。
 絵画教室の仕事を辞め、この会社に努めて三年になるが、商業デザインはまるっきし向いていないとわかった僕は、次の仕事先を探していた。なんとなく気に入らない奴だから、という理由で仕事を認めようとしない上司などいない職場を探した。

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