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2025/2/2 南岸低気圧 ~演算から実況の記録~
※ 本記事は過去に発生した気象現象・演算の記録を兼ねています。
※ ただの気象好きの勝手な考察が含まれています。誤りや的外れである可能性がありますので参考にする際はご注意ください。
2025年2月2日(日)に南岸低気圧が通過しました。気象庁は1月31日の午後、大雪に関する気象情報を発表し、関東南部の平野で1日18時~2日18時までの24時間に多いところで3cmの降雪があると予測しました。結果としては、栃木県を中心に降雪は認められたものの1cm以上の積雪は観測されず、その他の平野部では雨で推移するというものでした。
本記事では、この南岸低気圧について、演算と実況の記録を振り返り、適宜考察を行います。
1. 数日前~降水開始直前の演算変化
1.1 南岸低気圧通過4日前までの演算
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前3時間降水量・海面更生気圧 2月2日 3時
実際に降水が始まる7日前には、各モデルで南岸低気圧の通過を示唆する演算が表れはじめました(Fig1.1)。この段階では
・低気圧や降水域が通過する位置
・低気圧の通過する日時
・低気圧の発達度合い
などに大きなばらつきがある状態です。本南岸低気圧の事例はモデルによる演算の乖離が大きく、特に降水域の分布については低気圧通過の前日まで大きなばらつきがみられることになります。
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500hPa高度・850hPa気温 2月2日 15時
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前3時間降水量・海面更生気圧 2月2日 15時
1つ前の記事でも掲載しましたが、1月26日の時点では多くのモデルで低気圧が関東の陸地付近を通過(接岸)する演算となっています(Fig1.3)。トラフ前面に対応する形で(Fig1.2)、地衡風により低気圧は北東方向へ進むことになるため、このような演算になったと考察されます。
また、接岸演算であることから、850hPa面の気温は暖気移流の影響を受けて関東の広範囲で0℃以上となっているモデルが目立ちます(Fig1.2)。
本演算で低気圧の通過タイミングが大きく異なるGFSを除いたモデルをみると、低気圧中心の気圧は約1000hPaとなっています(Fig1.3)。
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500hPa高度・850hPa気温 2月2日 12時
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前3時間降水量・海面更生気圧 2月2日 12時
こちらについても、1つ前の記事で解説した通りです。1月26日時点と比べて低気圧が日本の南を離れて通過(離岸)する演算が多くのモデルで表れています。降水域については関東に十分かかるモデルとほとんどかからないモデルが混在しており、まだばらつきが大きい状態です(Fig1.5)。
低気圧の進路が演算上で変化した理由として、500hPa面のトラフがほぼ消失し等高度線が東西方向へ平行に伸びるゾーナルの状態となっていることが挙げられます(Fig1.4)。これにより、低気圧が北東方向ではなく真東へ進むことになりました。このほぼゾーナル状態の演算は南岸低気圧通過当日(実況時)まで続きました。さらにこの背景として、日本のはるか北西(大陸上)のトラフ中心部が南下しない演算に変化したことが考えられます(Fig1.2, Fig1.5)。
なお、この離岸傾向への変化に伴い、850hPa面の関東平野における気温は多くのモデルで0℃未満となりました(Fig1.4)。
1.2 南岸低気圧通過3日前~前日の演算
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前3時間降水量・海面更生気圧 (左)2月2日 3時、(右)2月2日 9時
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2月2日 9時 (左)850hPa気温、(右)925hPa気温
南岸低気圧通過3日前になってもモデル間のばらつきは大きく、1月30日午前9時初期値の演算では、ほとんど関東へ降水域がかからないモデル(GFS等)もあれば、関東全域にやや強い降水域がかかるモデル(MSM等)も存在しています(Fig1.6)。なお、全体の傾向としてみれば、低気圧通過5~6日前の演算と比べると離岸傾向となっているモデルが増えていました。
また、低気圧本体の降水域に先行して副低気圧が発生し、その降水域が広がるとするモデルもこのタイミングから増え始めました(Fig1.6 赤枠内)。
ゾーナル場になったことで低気圧の発達が促進されなくなり、中心気圧は各モデル1006~1009hPaとなっています(Fig1.6)。
気温場については850hPa面で約-3℃、925hPa面で0℃以下の領域が関東南部まで広がり、雪となってもおかしくない状況となっています(Fig1.7)。しかし、実況では平野部のほとんどで雨のまま経過しました(次章で詳細紹介)。
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前3時間降水量・海面更生気圧 (左)2月2日 15時、(右)2月3日 15時
1月31日21時の演算ではMSM(Fig1.8 赤枠内)で乱暴に言えば現実離れした演算があらわれました。接近中の南岸低気圧が九州沖と東海沖で停滞しつつ分裂と融合を繰り返し、2月3日に後面のトラフに対応する形で急発達するという流れでした。本演算は12時間後の更新時には概ね消失し、他モデルの演算に追従する形となりました。
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前3時間降水量・海面更生気圧 (左)2月2日 0時、(右)2月2日 9時
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2月2日 9時 (左)850hPa気温、(右)925hPa気温
前日(2月1日)の夜時点、すなわち降水開始直前時点では各モデルの演算はおおむね一致しました。副低気圧による降水域(Fig1.9 赤枠内)と本体低気圧の降水域北縁部が関東南部を中心にかかる予測となっています(Fig1.9)。
850hPa面の気温は東京上空で-4~-3℃、925hPa面は-1~0℃となっており、この数字だけみれば降雪をもたらしうる気温場です(Fig1.10)。
2. 実況とモデル解析値
2.1 当日の気温推移と降水域・雨雪分布
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南岸低気圧及び副低気圧による降水は関東南部沿岸部で2月1日の22時頃から始まりました。日付が変わって2月2日の朝時点では関東北部にも弱いながら降水域がかかり、降水そのものは関東平野のほぼ全域でみられたことになります(Fig2.1)。前日夕方時点の予報では関東北部は曇り予報であった(気象庁)ことから、実際には予報よりも降水域が広がったことになります。なお、降水開始直前の演算(Fig1.9)では、関東北部にも弱い降水域がかかる予測となっているモデルがほとんどでした。
当日降水開始直後の気温は平野部でも内陸では4~6℃台となっている地点が目立ちますが、東京都心や横浜などでは8℃台となっており、かなり気温が下がらないと雪をもたらす地上気温にはならないことを示しています(Fig2.2 左)。この要因として
・前日(2月1日)の昼ごろまで晴天となり気温が上昇したこと
・↑をさらに促進する要因として、前日時点の下層~最下層気温が高かったこと(850hPa面で-3℃~0℃)。
・日没前に雲が広がり、放射冷却による気温低下がもたらされなかったこと
・場として北風の卓越が弱く、寒気の移流が不十分であったこと
等が挙げられます。
2月2日の午前7時ごろに最も気温が低下した地点が多くなりましたが、降雪がもたらされた栃木県周辺を除いて2~4℃台となっており、結局雪をもたらすほどの気温低下とはなりませんでした(Fig2.2 右)。これには降水強度や寒気流入の強さ等が関係していると考えられます。
2月2日 7時の推計気象分布では山沿いや栃木県内で雨か雪の領域が広がるものの、それ以外の平野部では雨で推移したことが分かります(Fig2.3)。なお、複数アプリ等のユーザー報告より、この推計気象分布で雨か雪表記となっている秩父・多摩付近も実際は雨である地域が多かったようです。
2.2 MSM解析値と舘野の高層観測データ
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(左)2024年2月5日 18時 (右)2025年2月2日 9時
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(左)2024年2月5日 18時 (右)2025年2月2日 9時
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(左)2024年2月5日 18時 (右)2025年2月2日 9時
MSMの解析値を用いて当日の大気場を考察します。比較対象として2024年2月5日の解析も掲載しています。また、赤い×印は舘野観測所の位置を表します。
850hPa面の気温について、関東平野では南部沿岸部などの一部を除いて2024年2月5日と今回の事例間に差がないように感じます(Fig2.4)。しかしかがら地表面に近くなるにつれて両者に差が生じ始め、975hPa面では0℃未満の領域に大きな差がみられます(Fig2.5, Fig2.6)。
風の状況をみると、大気下層では総じて2024年2月5日の方が風速が強いことが読み取れます(Fig2.4~Fig2.6)。この風の状況の差が今回雪にならなかった要因を考える上で非常に重要であると考えています。
925hPa面や975hPa面では寒気の引き込みをもたらすと考えられる北寄りの風がみられます(Fig2.5, Fig2.6)。この現象は関東の西側にある山地が影響しているとする先行研究もあり、Cold-Air Damming(CAD)と呼ばれることがあります。この北風が弱かった今回の事例では寒気が十分に流入せず、最下層の気温低下が鈍った要因の1つになったと考えられます。実際に地上のアメダスでは降水開始後も東京で南寄りの風が観測されていました。さらにこのバックグラウンドとして、低気圧が離岸&そこまで発達しなかったこと、さらに北側に明瞭な高圧部がみられなかったことで気圧傾度が小さくなった(いわゆる等圧線の間隔が広い)ことが挙げられます(図略)。
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(左)2024年2月5日 21時 (右)2025年2月2日 9時
舘野の鉛直プロファイルを確認すると、2024年2月5日より今回の事例の方が860hPa面~900hPa面の気温減率が大きいことが読み取れました。
さらに、2024年2月5日の事例では925~1000hPa面にほぼ等温の層がみられます(Fig2.7 左;黒枠内)。南岸低気圧による降雪時にはこのように等温に近い層が形成されることが多く、「925hPa面で氷点下の場合は雪になる可能性がある」と言われる所以でもあります。しかし今回の事例では0℃前後の等温層は925~950hPa面にとどまり、それより下層では昇温がみられます(Fig2.7 右;黒枠内, 緑枠内)。これにより地上付近は気温の高い状態となりました。実際にXでの投稿では高尾山のロープウェイ上にあたる地点で積雪がみられることや(標高480m付近)、雨雲レーダでのブライトバンド形成が報告されており、おおよそ0℃層の下限に当たる高度と対応しています。この要因として考えられるものは
・寒気の流入が弱かった(先述の通り)
・降水が弱く、冷たい空気塊が地上付近まで下降しなかった・奇数年の呪い等が挙げられますが、他の要因が絡んでいる可能性もあるため、さらなる考察が必要になりそうです。なお、2022年1月6日の事例でも降水量はかなり少なかったですが、当時は降水開始前の段階で強い寒気に覆われており、その寒気をうまく利用した形となったことで地上付近まで低温が保たれたようです(図略)。
また今回の事例について、975hPa面の舘野における気温は約1.4℃であり、MSMの解析から読み取れる気温よりも1℃近く高かったことから、大気最下層の昇温をモデルでは再現しきれなかった可能性があります(Fig2.6, Fig2.7)。しかしながら、筑波山から吹く風によるフェーン現象によって局所的に昇温した可能性も考えられるため、一概に原因を特定することは難しそうです。
3. まとめ・感想
今回の事例では、低気圧が離岸&あまり発達しなかったことで、十分な寒気流入と降水量がもたらされなかったことが雪とならなかった主な原因と考えられます。さらに、降水開始前に気温があまり低下しない気象状況であったことも、雪とならなかったことに拍車をかけたものと思われます。数日前まで低気圧が接岸し十分な降水がもたらされるとするモデルが存在したことにより、気象庁が降雪量を過大予測したのかもしれません。
別の記事になりますが、奇数年では偶数年と比べ有意に積雪量が少ないとするデータも公開しています。今回の事例も奇数年で雪が少ないことを裏付けるような結果になりました。南岸低気圧による降雪は3月まで割とよく見られますが、今年はどうなるでしょうか?
参考・使用文献
・Weather Models
・気象庁
・GPV Weather
・SCW
・100年天気図データベース
※本記事の一部の図にはWeather Models、GPV Weather、SCW、気象庁データを使用いたしました。