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ブルルルルと鳴った唇
とでもお恥ずかしい話である。
歳を重ねると、若い頃には想像もしていなかった現象が
体のあちこちに起こる。
さらには、何故そうなったのだろう?と不思議で仕方の無い行動を取ることがある。
それが無意識で起こるからたちが悪い。
これから話すことは、出来れば、ここだけの秘密にして欲しい。
ある日、お風呂で洗顔していると、鼻に激痛が走った。
一瞬、私の鼻に何が起きたのか事態が飲み込めず、
片目を開け鏡を見ると、まるでマジックかのように、
私の小指の半分が消失していたのだった。
「えぇ?!?」と。
小指が鼻の穴に刺さっていた。
「あぁ!」と。
誰に見てもらうでもなく、ただ、静かに鼻から小指を引き抜き、痛みを堪え洗顔を終えた。
その後、髪を洗い、体を洗い、湯船に浸かってしばらく天井を見てぼーっとしていたけれど、
「…いや、んなことある?!」と堪えきれず、
ザバッと起き上がり声に出した。
またある日のこと。
そろそろ寝ようか、と部屋の電気を消して、ベットに潜ってしばらくしても、いつも一緒に寝たがる猫が来ないので、体を起こして猫を呼ぶと、部屋の隅でじっと佇んでいた。
「おいで?寝るよ?」と何度促しても微動だにしない。
「おかしいな?何か虫とかいて、見てたらやだな」など思いながら、渋々ベットから降りて、「もぉ、ほら、寝るよ?」と、佇む猫を迎えに行くと、そこに居たのは猫ではなくて、ただ、私が脱ぎ捨てたジーンズだった。
「あ…」と。
猫を触るていで出した手が、ただ、硬い布に触れ、困惑と虚しさが押し寄せた。
空を握りしめ、やるせなさが募る。
「じゃあ、猫は一体どこへ?」と気を取り直して部屋の電気を付けて探すと、猫はちゃんとベットの枕元で待っていた。
「あの、ずっとここにいますけど?」みたいな顔で
飼い主が暗闇の衣類に話しかけるさまを、ただ、黙って見ていたらしい。
「ニャンとか言えよぉ~」と恥ずかしさを隠すため、
顔を埋めて抱きしめた。
そして昨日のこと。
私は寝ていた。
いつもと変わらない、ルーティン。
なんか、まぁ、楽しい夢を見ていた。
でも、途中から、夢の中で何か話そうとしても
「ブルルル…」「ブルルル…」としか言えなくなる現象が起きた。
「あれ?」と思っているうちに目が覚めてきて、
それでも「ブルルル…」とまだ聞こえる。
「んん?!」と。
なんのことは無い。
現実の私の唇が「ブルルル…」と馬のように震えて鳴っていた。
「はっ!!」と。
一気に覚醒した。
これは一体どういうことだろうか?
寝起きの頭の中で、なんとかこのシチュエーションを理解しようとした。
恐らく、奇跡的に開いた唇の隙間から、これまた奇跡的な量の空気の漏れ具合で、ずっとブルルル…と唇を震わせていたようだ。
「ふっ…笑」
笑うしかなかった。
ずっと振動していたらしい私の唇はとてもウォーミングアップされていて、「おはよう」と、サラッと言えるなぁ、なんて思いながら、いつもように寝返りをうって、布団の上に寝ているはずの猫をみると、彼は、イカ耳で
まるで「くまモン」のような、瞳孔がまん丸の緊張の面持ちでこちらを見ていた。
飼い主がずっと「ブルルルルルル」と唇を鳴らし続けて寝ていたことが、とても恐ろしかったに違いない。
「ふ、、 ふはははは!」と。
寝たままひとしきり笑った。
なんでこんなことが起こるんだろう?と不思議というか、もう、不甲斐ないと言うか。
加齢によるものなのか、もともとの私の性質なのか。
単におっちょこちょいだとか、可愛い言葉で片付けられる現象では無いと思う。
でも、目覚めからこんな笑う事ってないから、
実は私はとても幸せなのかもしれない。
と、自己肯定感を高めてみるが、
いや、ないわぁ~
と、改めて自分の身に起こるいろんな奇跡的な事故とも呼べる現象の不甲斐なさに凹む。
唇を鳴らし続けると、プランパー後のように
唇がふっくらすると知った46歳のある日の朝だった。