服とは心そのものである
服とは心そのものである。
こんな風に書くと少し強すぎるきらいもあるけれど、服はたしかに心の一部として表れ出てくるものだと考えている。
服に表れ出てくる心。
心は他者との間に存在する。
臨床心理士の東畑開人氏は、
「心が一つ存在するために、心は必ず二ついる」
というキャッチーでナウいセンテンスを生み出しているが、私も基本的には同じように考えている。
他者との間に存在する服
他者との間に存在するものが心。
服も、他者との間に現れるものである。
初デートで、どんな服を着ていこうかと何時間も悩んだ経験があるという人は多いのではないかと思う。
これは、
初めてのデートという場(ステージ)で、
自分と好きな人の間にどのような心を表せばよいかわからずに悩む、
ということだろうと思う。
誰と会うかによって服は変わってくるし、
関係性が定まってくると、
自ずと着ていく服にも悩まなくなってくる。
カジュアルな服で会いたい人、
少しキレイめの服で会いたい人、
ジャージで会いたい人…
どんな服を着るかということは、
その人との間に、
どのような心を表したいかということである。
他者に二着の服を見せて、
「ねえねえ、これとこれ、どっちがいい?」
と聞く人がいる。
そして多くの場合、その人の中で答えは既に決まっている。
だから、下手な答え方をすれば、その後の雰囲気が悪くなったりする。
この類の質問が、最新の注意を払って答えなければならない質問だということは多くの人が知っていることであろう。
これは偏見だし、女性とか男性とかで分けるような時代でもないけれど、こんなことを聞く人は、やっぱり女性に多い気がする。
けれど、これはある他者との間に現す服について、その他者の意見を聞こうとしているということでもある。
これもまた偏見であるが、心について他者と共有したり、話題にしたりするのは、女性の方が得意であるような気がしていて、女性のそのような能力がこのような質問に表れているとも考えられる。
他者に影響を受けない服
逆に、誰と会う時にも同じスタイルの服を着るという人もいる。
365日同じスタイルの人もいる。
そのような人は、
他者に影響を受けず、自分のこだわりや自分のペースを推し進めると言う意味で、
どちらかと言うと自閉スペクトラム症(A S D)的な傾向がある人のような気がする。
個人的には、それはそれでカッコイイことだと思う。
服の不一致
私は、似合わない服を着ていると、なんとなく気分が下がってしまう。
ここでは、どのようなことが起こっているのだろう。
次回はそのようなことについて書いてみたい。
お時間のある方は是非、よろしくお願いします。
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