back number live film 2020 "MAHOGANY"
時刻は十九時零分。暗闇の中響き渡る鳥の声。画面に映し出されるライトアップされた木々。そこからback number初の試みである配信ライブ、「MAHOGANY」は始まった。
木々を映しだしていたカメラがゆっくりと回転して、とあるホールの入り口が現れた。カメラが中に入ると、どこからともなくブザー音が。それがこのライブが始まる合図だった。会場を覆う拍手の音と共にカメラは滑るように会場を移動し、ホールのドアへと近づいていく。すると突如場面が切り替わった。暗闇の中ゆっくりと照らし出されたのは、アコースティックギターを持った清水依与吏の腕。聞き覚えのある優しいリズムを奏でると、とうとう演奏が始まった。MAHOGANYの最初を彩る記念すべき一曲目は――オールドファッション。しかもただのオールドファッションじゃない、生のストリングスの付いた超豪華編成。何度も何十回も聞いている曲のはずなのに、一瞬何の曲なのか即答できなかったくらい豪華なアレンジがなされていて、少ししてからこれが何の曲なのか悟った途端、高揚が止まらなかった。曲の新しい一面を覗けたようなそんな新鮮な感覚だった。そしてカメラはホールのドアを通って、ステージの方へと徐々に近づいてゆく。
「良く晴れた空に 雪が降るような ああそうたぶん そんな感じだ」
依与吏さんの声が会場に、明かりを消した真っ暗な自分の部屋の中に響き渡ったその瞬間,、堪えきれずに頬を熱いものが流れた。
ゆうに半年ぶりのライブだった。生き甲斐だったライブはコロナ禍で次々に中止となり、あと何日、とその日までの日数を指折り数えてはライブを待ち焦がれる日常が一瞬のうちに消え失せた。気付けば生のライブに対する感情が干からび、大勢の観客がひしめき合っている過去のライブ映像を見てもどこか現実味を帯びていない物のように見えた。いつしかライブに足を運んでいた時の事が幻に感じられるまでになってしまっていた。でもこの時、依与吏さんが歌を紡ぎ始めた時、確かに今私は、ここで、ライブに行っていた。会場でこの光景を眺めていた。依与吏さんの声を、back numberの奏でる音を、直で受け取っていた。久々のこの感覚と高揚感に浸りながら、ただただ聞き惚れた。
瞬く間に一曲目が終わり、ステージは暗転。メンバーが二曲目に使う楽器を取り替えるところまで映してくれるのも、普段のライブと同じでなんだか嬉しくなった。
そうして依与吏さんがぽろりとギターを弾いた後に始まったのは、「fish」。
「私のスカートが 青く揺れている
終わりの言葉に 怯えているのね」
その歌詞に呼応するか如く真っ青に染められた照明、どこまでも切ない表情を浮かべる清水依与吏の横顔、それを見ているだけで胸がキリキリと締め付けられるような気がした。まるでこの一瞬で自分も失恋したかのように。
しんと静まり返った空間を破ったのは清水依与吏の声だった。
「ええ、久々の緊張感で、凄い、楽しみながらやってますけど、どう見えているんですかね」
「バラードばっかやるわけにもいかないんで、この編成でも、曲の力強さが伝わるように、やりたいなと、思ってるんですけれども……じゃ、やりましょ」
そう次の曲への含みを持たせた言葉で始まったのは「黒い猫の歌」。ステージ上を取り巻く空気が一変するのがわかった。先ほどの切なさはどこへやら、メンバーみんな笑顔を浮かべ、心から楽しそうに演奏するさまを見て思わずこちらも笑みがこぼれた。
「自分らしさなんてきっと 思いついたり流されたり
探し続けて歩いたその 足跡の話だから」
この一年は、何もかもがわからないこと、不安なことでいっぱいで、希望が持てなくなりそうなこともたくさんあって、自分の軸もぐらぐら揺らいでいるようなそんな不安定な感覚の中にずっといて、でもだからこそこの歌詞が胸に突き刺さった。グラグラな自分さえも肯定してくれるこの歌詞を今この場で聞けてどれほど救われたことか。
そうしてこの曲が終わり、いつものライブと同じように「back numberです、よろしくお願いします」と挨拶し、依与吏さん曰くアメリカンなコードを暫し掻き鳴らしたあと始まったのは、「花束」。
「どう思う? これから二人でやっていけると思う?」
初々しいカップルの心情を歌う歌詞の甘さに頬を緩め、優しい調べに聞き惚れ、サビが来るのを今か今かと待っていた、その時だった。
「僕は何回だって 何十回だって 君と抱き合って手を繋いでキスをして」そう清水依与吏が歌った途端、今まで真っ暗で静まり返っていた客席に、明かりが灯った。それもすべての席一つ一つに、まるでたった今、自分の家という名のライブ会場で、画面越しにライブに参加している私たちの存在を表しているかのように。涙が出た。客席で私たちが見ていることをちゃんとわかってる、そんなメッセージな気がしてならなくて。このライブは見ている人も見ている場所も、何もかもが一つとして同じでないけれど、back numberが好きで、back numberの曲が聞きたくて、会いたくて、この一席一席に灯った明かりを通してみんなが彼らを見ているんだろうなあなんて思ったら余計泣けてきてしまった。
温かい気持ちに包まれて次の曲を静かに待っていると、清水依与吏がリズミカルにギターを奏で始めた。少し息を吸い込んで始まったのは、「光の街」。
「橋から見える川の流れは 今日も穏やかで
日差しを反射して きらきらと海へ向かってゆく」
この曲は本来ギター、ベース、ドラムがすべて加わった前奏から始まるはずで。何の前触れもなくこの曲が始まったものだったから度肝を抜かれた。普段よりは幾分速いペースで演奏されるこの曲を聴きながら今回限りのアレンジ、ストリングス編成の醸し出す特別感をしかと噛みしめた。青を基調とした照明で、まるでステージ全体が水で覆われたような、海の底にいるかのような錯覚を覚えたのが印象的だったのを覚えている。歌詞通り川の水面がきらめくような涼やかな音がどこからどもなく聞こえてくるのも、その幻想的な雰囲気をより一層際立たたせているように感じた。
「たぶん夏終わっちゃったんすけど、夏の歌を」
そう清水依与吏が呟いた後、聞こえてきたのは綺麗でどこか儚げなピアノの調べ。「わたがし」だった。
イントロと共に夏祭りの露店に灯るような温い光がステージを柔らかく包み込んだ。もう秋も始まっているというのに、その瞬間だけ私たち丸ごと夏の終わりにタイムスリップしているような気がした。
「もうすぐ花火が上がるね 君の横顔を 今焼き付けるようにじっと見つめる」
終盤になるにつれて色鮮やかなライトが次々とステージを染め上げ、そのさまはまるで今年見ることが叶わなかった花火のようだった。行きたくても行けなかった夏祭りに連れて行ってもらえた気がした。
集中しすぎて水一回も飲んでいないんだよね、と依与吏さんが呟いたのを聞いた寿さんが依与吏さんに水飲んで!と優しく促す、そんな微笑ましいMCの後、依与吏さんが今回のライブについてぽつりぽつりと語り始めた。ストリングスがあると違うところへ連れて行ってくれるような感じがする、弦が入るとやっぱり全然違う、と。「曲も喜んでるって絶対」そう言って嬉しそうに微笑む姿が印象的だった。「曲からは中々お礼が言えないので代わりに」「聞いてもらえて嬉しいし、こうやって演奏できてうれしいだろうし」言葉の節々から自分たちが生み出した曲たちに誇りと愛を持っている姿が垣間見て胸がじんとした。
そうして始まったのは「雨と僕の話」。もともとこの曲はストリングス色が強く、原曲のストリングスで十分涙を堪えずにはいられないメロディなのに、本格的に生でストリングスを演奏されたらもうたまったもんじゃない。依与吏さんの絞り出すような歌声、終わった恋を描いたひたすらに悲しい歌詞、そして寂しさと喪失感をより一層際立たせるストリングスとメロディ。ただただ聞き惚れた。感嘆の溜息を漏らすことしかできなかった。
「盛り上がっても苦情が出ないぞと、変な人だとも思われないぞと、そういう環境にいる方は奮ってご参加ください、SISTER。」
雨と僕の話ですっかり心は雨模様だったのにこんなことを言われたら立ち上がらざるを得ないじゃないか、初めからずっと肩にかけっぱなしだったタオルを振り上げ思いっきり飛んだ。一貫して落ち着いた雰囲気を纏っていたアコースティックライブが、一瞬で普段の熱狂に包まれたライブに様変わりした瞬間だった。
SISTERで一気に会場のボルテージを上げた後、ステージがしんと静まり返る中、清水依与吏がある曲のさわりをひとり弾き語り始めた。その曲は「だいじなこと」。
「嬉しいことも楽しいことも 明日に持っては行けないのなら
寂しいことも悲しいことも 昨日に置いてこられたらいいのにな」
もう何年演奏されていないかわからない、幻に近いような曲を聴けていることがにわかには信じがたくて思わず息を飲み込んだ。暫し弾き語った後、ベース、ドラム、ストリングスが一挙に演奏し始めた時の感動と言ったらもう言葉には表しつくせない。気づけば全身鳥肌が立っていた、それほど圧巻のステージだった。
「どんな形になっても音楽が主役だから、俺たちが、メンバーが蔑ろになっても音楽を守るから、そこは疑わないでほしい、信じてほしい」この曲の後のMCで、依与吏さんはこう言っていた。自分たちの紡いだ曲に対する愛と想いに触れて再び胸がいっぱいになった。自分の曲に対してどこまでも誠実で真摯な姿勢がたまらなく好きだと思った。「俺たちが作った曲に責任を持ちたいから、背を向けたくないから」いつかのライブでの言葉が自然と思い出されて、尚更胸が熱くなった。
「見てくれて……いや、来てくれてありがとう」そう言い直して、観客と目を合わせる彼の姿を見て目頭が熱くなった。今私は、ライブを画面越しに「見て」いるんじゃなくて「行って」いるんだ、そう思って頬が緩んだ。
ライブも終盤に差し掛かり、壮大なストリングスと共に始まったのは「sympathy」。インディーズ時代のファーストアルバム、「逃した魚」に収録されているのとはまた全く違う曲のような仕上がりに思わず酔いしれた。アコースティックライブの特別感を存分に味わって、この曲がしっとりと締められたその瞬間、今までのゆったりとした調べに似つかわしくない、テンポの速い凛々しいカウントを栗原寿が刻み始めた。一体全体何が始まるのか、そう固唾をのんで見守っていると、激しく鋭いギター、ベース、ドラムの音が一気に会場に響き渡った。始まったのはなんと、「大不正解」。誰がこの曲をやると予想できただろうか。アコースティックライブとは無縁の、対極の場所に位置しているこの曲を。
鋭いストリングスの音色が曲がもともと持ち合わせていた疾走感をさらに煽り、危機感さえ醸し出しているように見えた。心が震えた。こんなにも曲って色んな側面を持ち合わせているんだ、と。今まで聞いたどの大不正解よりもロックだった。痺れた。高揚が止まらなかった。我を忘れて立ち上がり、飛び跳ねざるを得なかった。
怒涛の勢いで大不正解が終わると、メンバーは楽器を置き、ステージを後にした。ホールの階段を一段一段上ってゆき、その八合目あたりまで来ると清水依与吏がふと足を止め、後ろをゆっくりと振り返った。その様子はMAHOGANYにやって来た観客の様子を静かに見守っているかのようだった。前に向き直り再び歩みを進め、彼が重厚感のあるホールの扉をゆっくりと押し開くと、そこで場面が切り替わった。
映しだされたのは清水依与吏の足元。彼ら三人はどこかへと足を進め、そして止まった。そこにはギター、ベース、簡易なドラムセット。先程までのストリングス編成とは打って変わってシンプルな構成だった。三人はそこで自分の定位置へとついた。栗原寿と小島和也はセットされた椅子に腰かけ、今まで座って歌っていた清水依与吏は立ち上がっていた。この何とも言い難い、先ほどとはまるで違う特別感の中で一体何が始まるのか。
依与吏さんが二三度ギターを掻き鳴らし、寿さんがワン、ツーと声を上げて始まったその曲は、「one room」だった。back numberのファンクラブ名、「one room」の由来となっている曲で、この曲が演奏されるのは決まってファンクラブツアー、one room partyのアンコール。今回のライブ、MAHOGANYはone roomの会員限定で行われていたから、one room会員の前でこの曲を演奏してくれるのが、しかもわざわざ場所を移動しなくとも、あのステージで演奏するという選択肢もあったはずなのに、この曲だけそんな手間をかけて、特別に、大事に演奏してくれたのがone roomに住んでいる一員として言いようもなく嬉しかった。これ以上ない、最高のアンコールだった。
MAHOGANYから三か月後、12月29日、back numberはCDJ20/21にEARTH STAGEの大トリを務める予定で、私もその姿を見に行く予定だった。しかしその姿を見ることは叶わなかった。「正しさを別の正しさで なくす悲しみにも 出会うけれど」そんな状況にまさに今直面して、どうしようもなく悔しくて心の行き場がないけれど、
来年のone room party vol.6では今度こそback numberに会えますように、one roomを聞ける日がまた来ますように。
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back number live film 2020 MAHOGANY 2020.9.22
1.オールドファッション
2.fish
3.黒い猫の歌
4.花束
5.光の街
6.わたがし
7.雨と僕の話
8.SISTER
9.だいじなこと
10.sympathy
11.大不正解
encore
12.one room