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You are my hero

私が渡邉裕規さんを好きになるまでと
好きになってからの想いを言語化してみました



―バスケットとの出会い、そして別れ


物心ついた頃には、身近にあった。

学生時代にバスケ部だった父が所有していた漫画スラムダンクの影響を受け、兄がミニバスを始めた当時、私は5歳だった。

毎日暗くなるまで練習に励み、ボールと共に眠る日々。がむしゃらにコートを駆けるその背中に憧れた。

8歳になり、ようやく私もミニバスに入れてもらえることとなる。ランニングも、ドリブル練習も、コートの雑巾がけですら楽しかった。ユニフォームを手にする日を夢見ていた。

転機が訪れたのは、入部からわずか4ヶ月後。バスケ部、辞めてくれない?母の言葉だった。青天の霹靂である。兄と私の練習試合の日程が毎度重なり、送迎ができないからという理由だった。

父は土日も仕事のため、ミニバスに関することは全て母が一人で担ってくれていた。そして、女子バスケ部は父兄同士の派閥争いが激しく、気軽に乗り合いを頼める状況でないことは私ですら知っていた。結局、夏休みに入ると同時に退部した。

小学6年生でスタメンの兄と、入部4ヶ月でスコアボードを捲っているだけの妹とでは、天秤にかけるまでもない。しかし、理解することと受け入れることは別物だった。

幼かった私は、バスケットが出来なくなったことよりも、母が兄を優先したことに傷ついていた。母は兄のほうが好きなんだ、大切なんだと嘆いた。自分を蔑ろにされたと感じたのだ。

バスケットが嫌いだと、そう思った。今こんな想いをしているのはバスケットのせいだと思い込むことで、私は自分の心を守った。

ボールもバッシュも練習着も捨てて、兄の応援に行くこともせず、バスケットに背を向けた。



―再会


2022年12月3日公開『THE FIRST SLAM DUNK』

10数年もの間バスケットとは無縁の生活を送っていた女をいとも簡単に呼び戻したのは、やはりこの作品だった。奇しくも、観に行こうと誘ってくれたのは母。

バスケットマンたちの人生を垣間見て、彼らの未来に想いを馳せた。何度も映画館に通い、生まれて初めての応援上映や聖地巡礼を経験した。

応援上映
聖地巡礼

このときはバスケットそのものよりも、TFSDという素晴らしい作品にのめり込んだだけだったが、ずっと遠ざけていたバスケットの存在が、ほんの少し身近になった。



―W杯、天皇杯、シーズン開幕


所謂リアルバスケの魅力を教えてくれたのは言わずもがな、W杯だ。ツイッターを見ていて何やらバスケットの大きな大会があることを知った。地上波でやるなら見てみようかな。その程度だった。

2023年8月23日フィンランド戦。
お察しの通り、河村勇輝の虜である。

縦横無尽にコートを駆け回り、身長差のある相手すらも翻弄するドライブにスリー、アシスト。どこまでも喰らい付く隙のないディフェンス。感情を爆発させた逆転のエンドワン。試合後や会見での振る舞いまで、彼は完璧だった。

彼のバスケットをもっと見てみたい。そう思った。

その機会は早々に訪れる。2023年9月23日天皇杯2次ラウンド。会場で河村勇輝のタオルを握りしめ、声援を送る私がいた。

初めてプロのバスケットを生で観戦し、あらゆるものに圧倒された結果、正直ほとんど記憶がない。河村勇輝って実在したんだと、頭の悪いことを考えていたのは覚えている。

天皇杯

息を吐く間もなく、B.LEAGUE2023-24SEASONが開幕した。画面越しに彼を、彼らを応援すること数試合。ふと気がついた。

私が好きになったあの日の彼を、ここで見ることはできない。
このときの複雑な心情については、長くなるので今回は割愛する。ただ、他のチームにも目を向けてみようと思った。

そんなときYouTubeのおすすめ欄に突如として現れた1本の動画。それが、私と宇都宮ブレックスおよび渡邉裕規との出会いである。



―渡邉裕規という人


まさかの、試合ではなくバラエティ企画。そしてまたしてもスラムダンク。W杯でリアル三井と言われていたあの比江島慎がいるサムネを見て、興味本位で再生ボタンを押した。

動画はそれはもう面白かった。言うたやんのくだりがお気に入り。未視聴の方はぜひ見てほしい。

そんなこんなでようやく宇都宮ブレックスというチームと比江島慎以外の選手を認識。シリーズ全てを見終えたときには既に、沼に入り込んでいた。

俳優並みの顔面と芸人以上のトーク力を兼ね備えたバスケットボール選手。なんだこのおもしれー男。彼のことを知りたいと思った。

そこからはあっという間だった。休日は試合を見て、暇さえあればブレックスのYouTubeを漁る毎日。少しずつ渡邉裕規という人間にのめり込んでいった。

誰よりも大きな声で、真っ直ぐな言葉で、エナジー溢れる態度で、コートの内外からチームを引っ張る姿。みんなに寄り添う大きな手。対戦相手や審判へのリスペクトを持ちながらも、仲間のために向かっていく背中。負けず嫌いで、時に感情を剥き出しにして悔しがる熱い心。常に謙虚で驕らず、現実を見据える冷静さ。感謝を忘れず、ファンを大切にしてくれるあたたかさ。好きな人への愛情表現は全力かつ全身で、しかし傷つきやすく繊細な寂しがりや。だからこそ細やかなところまで気がつき気にかけることができる、誰のことも置いていかない、ブレックスの太陽。

広い視野でゲームをコントロールし、的確なパスで仲間をアシストする姿も、身体を張った泥臭いディフェンスやリバウンドも、躊躇なく飛び込むルーズボールも、会場をひとつにするスリーも。彼の全てが胸を揺さぶった。

見れば見るほど、知れば知るほど、心が叫ぶ。
渡邉裕規が好きだ。
渡邉裕規のバスケットが好きだ。

・プロバスケットボール選手
・ラジオパーソナリティ
・農家

あらゆる顔を持つ彼は全部のことに全力で、日々たくさんの“幸せ”や“喜び“、”楽しさ”を教えてくれる。



―意義


シーズン序盤から中盤にかけてのプレータイムの少なさは正直堪えた。出てきてもファウルをしてすぐ下げられる。思うようにシュートが決まらない。

ベンチでもコートでも、苦しみ藻掻く姿を何度も見た。私は第18節の琉球戦と天皇杯セミファイナルでのDNPをずっと根に持ってるよ。

加えて、会見での発言の数々。『存在意義』『自分自身の価値』『ここに居る意味』『役割』。

彼を見れるのは最初で最後かもしれない。
そう思いながらチケットを取った。

2024年3月20日第26節秋田戦。
アウェイを後押しする黄色い翼になりたかったけれど、取れた席はベンチ向かいのホーム側だった。

歴戦のハピブーさんたちに囲まれながら『GO BREX』を掲げる、生まれも育ちも秋田の私。不安と恐怖と少しの罪悪感があった。だが、ものの数分で掌を返すことになる。

隣のハピブーさんのディフェンスコールや悲鳴にも負けない、絵に描いたような黄色い歓声。嬉しそうすぎる。見て、感じ、声を届けられる。現地観戦最高!!!と噛み締めながら応援した。

そして家に帰り、もう見れないかもしれないと泣いた。あまりにも情緒が安定しない1日だった。


―自分のため


2024年3月27日第28節千葉戦。
彼はヒーローだった。

天皇杯での借りを返そうとチームもファンも意気込む中、トラウマが蘇る悪夢の3Q。交代してすぐ、みんなの目を覚まさせるスリー。涙が溢れた。

コートに立つことすら出来なかったあの日のことを、身体の中のものが全部出るくらい悔しかったと語っていた彼が、自らの手で、自らの『価値』を証明した。

どうだ、見たか!!!!!!!
全世界に向けて、そう言ってやりたかった。

以降の終盤戦は、吹っ切れたかのような思い切りのいいプレーでチームを牽引してくれた。

逆転されそうなとき、ミスが続いたとき、相手を引き離すとき。ここぞという場面で、彼は絶対に外さない。正に救世主である。

ようやく、私が以前抱いていた終わりへの焦燥感は跡形もなく消えた。彼自身が消し去ってくれた。

彼の心情やプレーの変化については、オンラインサロン会員向けの配信と、この動画で語られている。ぜひ彼の言葉を聞いてほしい。

何度もチームを救ってきたヒーローが、ここにきて、『自分のため』というマインドに辿り着いた。いちファンとしてこれほど嬉しいことはない。

彼が彼らしくあること。大好きな人が大好きな人と大好きなことをして、笑ってくれること。それだけを、切に願う。

彼に出会えて、またバスケットを好きになれて、本当によかった。もっと早く出会いたかったと思うこともある。だが、私は間に合った。彼のバスケットを見届けることができるのだ。全ての巡り合わせに感謝したい。

いつも彼が言う言葉を、自分自身に言い聞かせる。
目の前のことをひとつひとつ。

『このチームでバスケットがしたい』
大好きな彼らが少しでも長く一緒にプレーできるよう、目の前の試合を全力で応援するだけだ。

歴史に名を刻め




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