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ESG投資の現在地

ESG投資は落ち目なのだろうか?

 米国の次期大統領はトランプ氏になることが決まり、トランプ氏は前の任期でパリ協定離脱を決めたことなどから、ESG投資(サステナブル投資)に逆風が吹くのでは、と思われる方もいらっしゃるでしょう。世の中はどちらの方向に向かうのでしょうか。
 私の現在の結論は、「ESG投資の”考え方"は、微修正をしながら世界でさらに広まるであろう」です。その根拠となる、今年行った投資家とのお話を紹介しましょう。

米国投資家の声:表面的な「ESG」ではなく実質を追求

 まず、世界最大の資産運用会社の米ブラックロックのCEO、ラリー・フィンク氏は、2023年6月にESGという言葉を「もう使わない」と話しました。この発言だけを切り取ると、後退なのかと思ってしまいますよね。

 しかし、上記インタビューでは、「ESG」は米国政治では、左派からも右派からも攻撃材料になってしまっているので、「用語として」使いたくないだけだと言っています。ESGの問題については取り組む姿勢を変えないという主張です。どちらの政党になっても自分たちはやることを変えない、という意思表示に聞こえました。

 本当のところはどうなんでしょう?と思い、1月の日経BPの対談で、ブラックロック・ジャパンのインベストメント・スチュワードシップ部長の江良さんに質問しました。

 江良さんの回答はこちら。

江良:フィンクとも直接話したのですが、ESGという用語の使用を避けたのは、ESGという言葉が一部の国では政治色が強くなってしまい、有効でなくなってしまったためです。ESGにはさまざまな要素が混在しており、我々は「重要なサステナビリティ課題(material sustainability-related factors)」というより正確な概念を使っています。ただし、個々の課題の重要性に対する私たちの関心は今もまったく変わっていません

出所:日経BP Human Capital Online「企業の本気度を対話の深さで測る
対談 ブラックロック・ジャパン江良明嗣氏×マーケットリバー市川祐子氏」2024年1月16日

 江良さんとそのチームは、年間数百社の上場企業とエンゲージメント(目的のある対話)を行っていますが、今までと変わらず、企業に対して気候変動対策や、人材の多様性や、ガバナンスなどについて話を聞き、意見を述べ、課題への取組みを促進しているそうです。

 また、今年の秋には別の米系大手資産運用会社で東京拠点のエンゲージメントのヘッドを務める方ともお話しました。
当社ではすべての投資判断にESGの要素を考慮していますが、ESGと銘打つのはそのうちごく一部です。」とのこと。淡々とした口調だったので、「 ”すべての” ですか?」と訊き直しましたが、すぐ「はい」と答えられました。当然のことですが何か?という雰囲気でした。
 その運用会社は世界でも3本の指に入る規模で、日本株のアクティブ投資も積極的に行っています。

 中長期で企業投資を行うのであれば、経済的リターンを追求するのに、サステナビリティを考慮するのは必須だけれど、「ESG」を付けると規制など色々とややこしいので付けないだけ、という空気を感じました。世界の最大手2社がこのとおりですから、資本市場の姿勢に特段の変化はないと見ていいでしょう。

 なお、バイデン大統領が署名し、気候変動対策などの後押しをしているインフレ削減法(IRA)の廃案の懸念も聞かれます。こちらは、IRAによって恩恵を受けているのが共和党支持州であり、撤回はないだろうと、言われています。(参考:「トランプ氏復帰でどうなる太陽光、IRAは廃止できないとの見方も」日経BP2024年11月7日

企業価値に効くESG

 ではプロの投資家は、ESGをどう投資判断に使うのでしょうか?ESGへの取組みが良ければ、業績や株価は多少甘く見てもらえるのでしょうか?
そんなことはありません。機関投資家は年金などの一般の人のお金を預かって運用していますから、株価上昇や配当などの経済的利益を犠牲にはできません

 ESG投資手法の内もっとも広く使われているのが、「ESGインテグレーション」という財務要素とESG要素を組み合わせた評価手法です。たとえば、企業価値評価でよく使われるDCF(Discounted Cash Flow)法に組み入れています。
 もっともよく聞くのが、ESGの問題に真摯に対応する会社の評価では、割引率を小さくすることです。将来のリスクを引き下げているという理由で、そうでない場合に比べ企業価値は大きくなります。また、事業を通じて社会や環境の問題を解決するような企業においては、将来の財務予想モデルにおいて成長率を引き上げることもあります。

DCFでの企業価値評価イメージ

 大和アセットマネジメントでは、DCFと似た残余利益モデルを企業価値評価に採用していますが、ESG対応で最大±1.4%の差が割引率に表れるとファンドマネー寺島さんがお話していました。永久成長率に差を付けることもあるそうです。これは全社的に導入しているルールだそうです。(出所:日経BP Human Capital Online「投資家も認める「人材育成が学べるすごい有報」対談 大和アセットマネジメント寺島正氏×マーケットリバー市川祐子氏」2024年2月19日 P2)

長期投資家の合理的な考え方

 そもそも利益を追求する機関投資家がESGを気にする理由をおさらいしましょう。機関投資家でも、年金など一般の人の老後資金をお預かりしているような長期投資家は、数十年単位の将来の利益を考えなければなりません。運用額が大きくなれば、上場企業の大半に投資することになります。
 そのような投資家が、長期に収益を得ようとすると、長期の経済が安定して成長することが前提となり、それには長期的に社会や環境が安定していることが大前提となります。つまり社会的な課題が小さくなる方が、将来の利益が大きくなるのです。下の図の「全体の利益底上げ」です。
 また、個別企業を選別して投資する場合にも、その企業が環境問題で損害賠償をすることになったり、社会的な問題が生じて顧客離れを起こしてしまったりすれば、それは株主も損失を被ります。一方で気候変動対策など社会な課題を解決する事業は、大きな市場成長と利益を見込めることもあるでしょう。こちらは下の図の「個別企業の利益上昇」です。

長期投資家の利益を押し上げるサステナビリティ

2024年の所感:「この流れは不可逆」

 上述したように、機関投資家のESG投資(サステナビリティ投資)は、評価手法が洗練されてきています。リスクと将来の市場・事業の成長を評価する際には欠かせない、という声が次々と聞こえてきます。
 また社会的な課題解決(インパクト)と経済的な投資利益の両立を目指すインパクト投資を行うファンドが日本でも増えました。
 ESG投資の考え方は経済合理性に基づいているので、この流れは不可逆であろう。その思いがむしろ強くなったこの1年でした。

―END―

追伸:2年前に出した拙著『ESG投資で激変!2030年会社員の未来』は、この本の内容で研修をやってほしいという企業や大学、団体の話が今年もたくさんありました。若い人向けですが、ESGの専門家でない人が、担当部署に異動したり役員になったりした時に最初に読むと考え方がわかってとても参考になった、と言われております。ESGやサステナビリティに興味があればぜひ!

 



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市川 祐子『2030年会社員の未来』『楽天IR戦記』著者
IR(インベスター・リレーションズ)の経験などに基づいたテーマで記事を書いています。幅広い層のビジネスパーソンにも読んでもらえたら嬉しく思います!