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データ社会で政府が国民から信頼してもらうために何が必要か?

政府のデータ利用が叫ばれる中で、データプライバシーに関する議論も様々な角度から盛り上がっています。

今回は、ブリティッシュコロンビア大学で教鞭をとっているビクトリア准教授に公共のデータプライバシーと透明性の話から、民主的なデータ管理の仕組みまでお伺いしました。

記事は第一回と第二回に分けられていて、第一回では民主的なデータ利活用の話、第二回では情報マネジメントの観点からデータに関する話を伺っていきます。

ブリティッシュコロンビア大学准教授 Blockchain@UBS 代表     Victoria Lemieux氏                         ブリティッシュコロンビア大学の情報学部に加え、ピーター・ウォール先端研究所などでの研究も行う。専門は文書館学。国連や世界銀行などの国際機関を含め数多くのコンサルティングに携わる。現在はブロックチェーン研究所を大学内で立ち上げ複数のプロジェクト運営を行う。

Kohei: Privacy Talkにお越し頂きありがとうございます。Vickiさん。今回はプライバシーとブロックチェーンに関するお話を色々とお伺いできればと思います。では早速自己紹介と大学での研究分野などをご紹介お願いできますか。

大学での活動紹介

Vicki: ご招待頂きありがとうございます。私の自己紹介をさせて頂くと、カナダのブリティッシュコロンビア大学のスクールオブインフォメーション文書館学の准教授を努めています。文書館学は伝統的な研究分野で記録史料類を収集・整理・保存・提供を行うための科学的理論・方法を研究する学問分野です。

文書館学というと古典的なアーキビストが文書機関で記録を整理するようなことをイメージされる方も多いと思いますが、私自身はそういった分野での研究を行ってきました。ただ、年数が経ちアーカイブや記録の方法もデジタル化が進んできていて、私自身も徐々にデジタル分野での情報の記録や管理をメインに行うようになりました。

教授として仕事につくまでは、ITセキュリティ分野にも携わっていたので、アーカイブ、情報記録分野とITセキュリティを組み合わせた研究などを行っています。ブリティッシュコロンビア大学で教鞭を取り始めたときは、そういった分野に加えてリスクマネジメントの観点の研究も始めています。

現在はブロックチェーン技術に関する研究を始めていて、これまでの私の経験からも非常に有望な取り組みであると思い2016年から取り組みを始めています。その年はフィナンシャルタイムズでホンジュラス政府がブロックチェーンを活用した土地登記の記録を始めたという記事が公開されて注目されていた時です。

私自身もっと深く学びたいと思いブロックチェーン技術に関して研究を始めました。現在はその年の10月に設立したブリティッシュコロンビア大学のブロックチェーン研究室(Blockchain@UBC)で複数のプロジェクトに取り組んでいます。

そういった経験から今はブロックチェーンに関する研究を中心に取り組んでいて、プライバシーを始めとした話題は非常に重要なテーマだと考えています。

Kohei: ありがとうございます。非常に興味深いですね。私自身もブロックチェーンの分野ではかれこれ2年以上取り組んでおり、未来の新しいインフラとして機能することに非常に期待しています。特に個人を中心としたデータの処理などは大きなテーマになると考えているので、データを軸とした信頼の設計なども大きく変わっていくのではないかと思っています。

ここからは大学での取り組みに関してお話を聞いていきたいと思います。まず、大学のiSchool(School of Information)の活動に関して教えてください。ウェブ上で公開されている内容などを拝見したのですが、人や自由など幅広い視点から新技術に対しての関わり方を研究していると拝見しました。この辺り研究内容を含めてもう少し詳しくお伺いしても宜しいでしょうか?

ブリティッシュコロンビア大学のスクールオブインフォメーションでの取り組みとは?

Vicki: はい。まさにそういった分野の研究を行っています。スクールオブインフォメーション では異なった視点からの取り組みを行っていて、従来のエンジニアリングとは異なり人を中心に考えた際のテクノロジーというテーマで研究などを行っています。(下図はイメージ)

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常に人を中心に置いた際にテクノロジーを通じてどのような影響があるのかを考え、社会技術という観点から研究領域を探っています。

テクノロジーは技術的な要素だけでなく、社会実装されていく上で人と上手く共存していく必要があります。人と社会的な価値はテクノロジーが今後より発展していくためには重要で、プライバシーはその要素の一つですね。

コロナ対策アプリに関しても話をしていて、プライバシーを前提として運用されるかどうかに関しては考えるべきポイントだと思います。特にデータの取得と公衆衛生でのデータの必要量に関して十分に議論が求めれると考えています。技術的にプライバシーを担保した設計を行うことも重要ですが、アプリ提供者の信頼性もより重要なポイントの一つですね。

テクノロジーに対して人々が良い反応を示すかどうかの議論は必ずしも予想通りに返ってくるものではなく、時に監視やプライバシー侵害に対する説明、加えてユーザーへの利便性などが上手くデザインされて初めて価値として広がっていくと考えられます。そういった人を中心としたデザインより重要になっていくと思いますね。

これはiSchoolが取り組んでいるテーマでもあり、人間を中心として考えた際にテクノロジーでどのような価値を提供できるのか、そして実社会にどのように実装できるのかを考えます。そのため、テクノロジーを通じてどういったことを実現していくことができるのかを中心に添えて考えます。

Kohei: 面白い視点ですね。ブロックチェーンやその他のテクノロジーなど技術中心に語られることが多いかと思いますが、人を中心にテクノロジーを考えることは全体設計を考える上でも重要なポイントになりそうです。社会全体にテクノロジーが自然と浸透していく視点から考えても、人を中心としたデータ循環などは技術発展を考える上でも必要なテーマですね。

これはインターネットに限らず自動車などの製造業でも歴史的に経験してきたことだと思うのですが、iSchoolでこのような取り組みが始まっているのは非常に興味深いですね。次の質問はもう少し具体的に掘り下げて伺ってみたいと思います。ブロックチェーン研究室ではいくつかプロジェクトを進めていて、その中でも二つのプロジェクトが気になったのでお伺いしたいと思います。

一つ目が DATA SOVEREIGNTY FOR INDIGENOUS SOVEREIGNTY というプロジェクト、もう一つが BUILDING TRUST & PROTECTING PRIVACY 。二つのプロジェクトに関して取り組んでいる内容をお伺いしてもいいですか?

ブロックチェーンで実現する個人ID

Vicki: そうですね。研究室ではまだまだリサーチ段階でのプロジェクトも多く、研究室のフェローや同僚、学生や研究生が積極的に取り組んでいるところです。

コンピューターサイエンス科やエンジニアリング、ビジネス、政策などの分野からも研究生として入って下さっていて取り組みを進めています。ですので、この二つは本当に取り組み内容の一部ではあるのですが、私も関わっているプロジェクトなのでご紹介したいと思います。

“DATA SOVEREIGNTY FOR INDIGENOUS SOVEREIGNTY”というプロジェクトに関して説明すると、特定の地域に住んでいる個人がデータを管理できる仕組みの設計を行っています。院生の学生の方を中心にブロックチェーン技術の研究も始めていて、実際に生活している人に利用して価値を感じてもらうような取り組みも始めています。

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実際に住んでいる人が利用するケースとそれ以外の人が利用するケースでは技術的な価値に対する評価が異なるので、特定の地域に住んでいる人が個人のデータを記録して管理できるシステムの提供を始めています。

個人に関するドキュメント書類を思い出して欲しいのですが、カナダでも日本でも誕生証明やパスポート情報など証明する情報をドキュメントに記録しておくと思います。そのドキュメントを活用して自身が特定の国籍や地域に所属していることを証明します。

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ただ、世界中を見渡してみると社会の中で個人を証明するドキュメントの発行は国の力によって大きく左右されることがわかります。”Black Lives Matter”のような動きは社会での混乱の一つの事例で、必ずしも個人を適切に証明できるものとして機能していない場合もあります。

多くの人たちは社会の中で異なった背景で生活していて、それぞれが異なる背景を持ちながらそれぞれの場所で個人として生活することができるというのは非常に重要だと考えています。

特定の地域での自主権というのは、個人がデータを記録して、それを管理し其々が主体的に取り組んでいく事がポイントになります。これまでは、カナダなどの政府がそれぞれの情報や権利などを管理して記録して、保管していました。

カナダ政府では情報は中央のデータベースに保管され、政府が中心となって管理されます。特定の地域の人々ではなく、政府が管理者として情報を取り扱う事になるので政府が中心となってデータの権限を保有する事になります。

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データの主権を特定の地域で生活する人たちに移行していくために、ブロックチェーン技術は非常に有望な技術として考えられるので特定の管理者を設計せず、地域の人たちがデータの管理者となるような設計を現在は分散型のシステムで進めています。それぞれ地域の人たちが提供するデータやその量を決定する事ができ、自分自身でデータの利用方法を設定する事ができるようになります。

そうする事で、より特定の地域の人たちが自分たちで決定する事ができるようになるのです。例を挙げるとカナダでは真実和解委員会と呼ばれる機能を設置して、特定の地域に住む子供が家族から非道に引き離され寄宿舎学校に送られるようなケースへの対応を行なっています。

その際にはこれまで育んでいた文化や言語から引き離され、これまでの環境とは大きく異なることを強いられる事もあります。一概ではありませんが、こういった環境下でそれぞれが非常に辛い経験をしていると話をしてくれます。そのような経験を公に公開したいというケースもあれば、特定の家族や誰にも後悔したくないような場面もあります。

これは常に情報を公にするべきか、私的に留めておくべきかで議論が行われています。ただ、個人でデータの提供に関する意思決定ができるようになれば私たちが選択する必要はありません。個人が選んだ人に限定して公開すれば良いし、公開したくない人に対しては公開する必要はありません。

“特定の人にだけ情報を公開するように私が選択できる仕組み” 

こういった選択ができるようになればデータを個人が管理する事によって社会環境も変化してくと考えています。

このプロジェクトはまだまだ初期段階ではありますが、研究生が熱心に取り組んでいる分野で地域のパートナーと連携して取り組みを進めています。数年の取り組みを経て、どういった分野で実利用が進むのか、後は信用やプライバシー保護のポイントなどをより深く探るような研究を進めています。

領域としては幅広い分野ですが、私自身の研究領域としても取り組みを進めています。プライバシーと信用の問題は常に大きな壁として研究しているところで、これ以外にヘルスケア分野などでも非常にポイントとなる視点です。

例えば、オンライン診療などもレビューが悪い場合はサービス利用に大きく影響してきますし、データを企業に預ける場合はデータ漏えいや第三者への提供などは気になるポイントです。

そういった ”データの二重利用” が起きていると考えていて、ビットコインを含めてブロックチェーン技術では、そういった問題に対してできる事として新しく解決策になりうるというのがポイントになると思っています。

私のデータをサービスのアクセスや、特定の目的だけに限定して利用できるように提供し、自分が指定した事に限定して同意なく利用できる設計が必要だと思っています。第三者への広告のための販売や政治利用など、ブレくじっとや大統領選を始めとして”データの二重利用”は大きな問題なっています。

テクノロジーを上手く設計する事で信頼を作り上げる事が重要ですが、法律などが絡んでくる事によってデータを管理する事業者との大きな隔たりも発生してきています。データがどこにあってどのように管理、利用されているのかは、データ事業者にとっても理解しておく必要があります。そういったデータの流れの透明性を技術的に設計する事ができれば良いと考えています。

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個人がデータの主権者になってデータを管理できるような設計は新しい解決策を提示してくれると思うので、ブロックチェーンでは現在ヘルスケア分野で中心的に取り組んでいる領域になります。

ヘルスケアの領域は取り扱うデータがよりセンシティブなため、信頼を設計する際に十分なデータ保護がより求められるようになります。そこで研究テーマとして設定して定期的にアップデートも始めています。

今回のテーマ発表でヘルスケアプロジェクトで実さに進めていた全体像に関して紹介したいと思います。My Personal Health Walletというプラットフォームを開発して公で活動する人たちからにフィードバックなどをもとに技術開発などを進めています。いくつか利用する際のギャップなども見えてきたので、その辺りは発表で紹介しています。

(動画:My Personal Health Walletの実際の実証内容)

Kohei: いいですね。是非拝見したいと思います。コミュニティや活動の輪を広げていく上で信頼は非常に重要なテーマだと思います。データに関してもそうで、”データの二重利用” というのは非常にわかりやすい表現だなと思いました。今でも気づかない間に個人のデータを利用されたり、第三者に提供されたりなどしていると考えると非常に大きな問題ですね。

データ社会で政府が国民から信頼してもらうために何が必要か?

次の質問に移りたいのですが、コロナのパンデミックの状況で政府のデータ利用に関して議論が始まっていると思います。勿論、感染対策の文脈で感染者が住んでいる地域やそれによって広がりが生まれる可能性などの情報を理解する必要はあると思いますが、不必要なデータ利用に対しては注意を払うべきではないかと思います。

カナダ政府の対応からは学べる点が数多くあるのではないかと思っていて、先日もトルドー首相は発表されていましたが、”個人の権利とプライバシーを守る” というメッセージは非常に重要だと思っています。コロナの状況でカナダの個人情報保護のもと政府はどういった取り組みを進めているのでしょうか?”

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Vicki: そうですね。カナダはとても面白い仕組みで連邦政府とは別に各州政府がプライバシーに関して法規則を制定していて、ヘルスケアにおいても責任を持って対応しています。カナダ全体で見たときには、一律に対応しているわけではなく、其々の州によって対応が異なります。

先ず連邦政府レベルでは6月18日に首相官邸から接触感染アプリの導入をGoogle-AppleのAPIで実施すると発表しています。これは先日参加してもらったセミナーで議論した内容でもありますが、元オンタリオ州のプライバシーコミッショナーのアン・カブキアン先生がプライバシーに配慮した設計になると話していた内容の続きになりますね。

政府ではカナダのShopifyという企業と協力してGoogle-AppleのAPIを利用して開発にあたり、オープンソースのコードを利用する事で特定の企業のアプリとしてではない活用方法を選択しました。政府は既にブラックベリーとプライバシー評価を実施しているアプリ開発を進めていたオンタリオ州以外の地域での利用を進めるとしています。

ただ、先ほど説明したようにカナダでは州ごとに其々データ保護に対しての対応が異なり、アルバータ州ではABTrace Togetherというアプリを既に採用しています。これもBluetooth形式のモデルですが、Google-Appleの技術が発表される前から開発されていたもので、課題としてはバックグラウンドで起動しない為デバイスの設定が非常に大変ではあります。

電話がかかってきたりすると接続が中断してしまうので、正確性に難が出る可能性が懸念されていますね。最終的にABTraceTogetherを利用し続けるのか、Shopifyが開発するApple-GoogleのAPIを採用するのかはわかりませんが判断が行われると思います。

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このように各州で取り組みが異なる為、将来的には共通のアプローチが求められるだろうと考えています。現在はヘルスケア分野の専門家や意思決定者などを集めて議論が行われている段階ですね。ただ、ブリティッシュコロンビアに関してはまだ明確に決まっていない状況です。

現在も接触感染のアプリは発表されておらず、Shopifyが開発したApple-GoogleのAPIモデルも特定の地域で限定して始まり、実際にどのような反響があるのかを試した上で広がっていくのだと思います。

カナダ全体で見るとこういったアプリを利用する事に対する懸念は上がっている状態で、政府もそういったプライバシー懸念に対して配慮した上での対応を進めている段階です。政府による過度な監視に対してはこれまでにも様々な角度からの取り組みが行われているので、十分に配慮が必要ですね。

技術に対する懸念点はまだ残っています。オンタリオ州では実際に感染者の増加に伴うリスク増加の懸念から試験的に導入するという話でしたが、まだブリティッシュコロンビア地域では1日に13人前後と感染が始まったばかりで、今後の変化によって対応が変わっていくと思います。(インタビュー日時は2020年7月10日)

現時点だと接触感染が必要な段階ではないので、感染拡大に伴って技術的な解決策が徐々に求められていく形になると思います。手作業での手続きが多い為、感染リスクと並行しながら、プライバシー懸念に対して技術理解が進む形での導入をカナダでは検討している状況です。

次回のNoteに続きます!

※一部法的な解釈を紹介していますが、個人の意見として書いているため法的なアドバイス、助言ではありません。

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栗原宏平(Privacy by Design Lab代表 )
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