見出し画像

あの名作童話を令和風にリメイクしてみた…『さるかに合戦』

誰もが知る童話『さるかに合戦』には、誰も知らない驚きの結末がある。真に裁かれるべきは、誰か? そして…正義とは? 罪とは何か? これは単なる〝犯人探し〟の推理小説ではない。読者の〝価値観〟を問う物語。最後の質問に、あなたは、なんと答えるか?

はじめに/『さるかに合戦』知られざる結末
(このあと本編/15分で読めます)


◾️第一章『復讐の果てに』

「仇をとりましたよ。母上・・」
子蟹は、墓前で手を合わせた。


眼前にそびえ立つ、大きな柿の木。
ここは、あの日、惨劇があった現場。


子蟹は、柿の木の根元に、墓を建てた。
その下に、今は亡き、母蟹が眠っている。


**********


あの日、母蟹の〝最期の姿〟に遭遇したのは
子蟹が帰宅した夕暮れだった。


無残に砕かれ、バラバラに飛び散った
母蟹の甲羅や手足。


目を覆う惨状に、子蟹は、ただただ泣き続けた。


やがて体中の水分が枯れ果て、涙が止まり
あることに気がつく。


転がっている、ひとつの青柿。
頭上の柿の木の枝に残された、サルの体毛。


朝、母蟹は嬉しそうに語っていた。
〝赤猿と交換した柿の種が育ち実をつけた。
 ついに、それを収穫しに行くんだ〟と。


子蟹は、すべてを悟った。

〝母蟹は、赤猿に青柿をぶつけられ、この世を去った〟


子蟹の復讐が始まる。
まず、仲間の蜂・栗・臼に相談した。


彼らは親身になって、進んで協力してくれた。
仲間の友情と優しさに、子蟹は涙した。


そしてあの日、赤猿の帰宅を待ち、決行した。


特技を生かしたコンビネーションは圧巻だった。蜂が刺し、栗が迎撃し、臼が跳び乗った。
臼の重量級ダイブで、赤猿は事切れた。


子蟹は、赤猿の亡骸の上に、そっと置いた…
母蟹を死に追いやった青柿を。

「母の仇だ。この青柿と共に、地獄へ落ちろ」


**********


かくして復讐を遂げ
いま子蟹は、母の墓前で報告している。


極限の精神状態から解き放たれた安堵からか
子蟹は脳裏に、母蟹の声を感じた。


〝子蟹よ…〟


幻の声に感涙しつつ、供養の念を込めた。
「母上、ボクは大丈夫です。どうか安らかにお眠りください」


しかし、母蟹の幻声は鳴り止まない。
「子蟹よ、そこで一体、何をしているの・・」


今度は、はっきり聞こえた。
声は幻なんかじゃない。


振り返った子蟹の目の前に、母蟹が立っていた。



◾️第二章『生きていた母蟹』

「は、母上…いったい、どうして…?」


子蟹も、蜂・栗・臼も、腰を抜かした。


目の前にいるのは、紛れもなく
〝生きている母蟹〟


今にも泡を吹く子蟹らを落ち着かせようと
母蟹は努めて冷静に、一連の経緯を話した。


赤猿に青柿をぶつけられ、脱皮中の甲羅が砕け散ったこと。抜け出した自分は一命をとりとめ、岩場の陰に隠れたこと。そのまま長い間、気を失っていたこと。



子蟹は〝脱皮〟の経験がない。だから抜け殻を、母の亡骸だと思い込んでしまった。


こんなに嬉しい〝勘違い〟は、あるだろうか。


子蟹は歓喜した。
が、次の瞬間、恐怖が押し寄せる…


〝ボクらは、勘違いで赤猿を葬ってしまった。 
 取り返しのつかないことをしてしまった・・〟


四人が恐怖と後悔で震えていた矢先、無数の影が周囲の木々を飛び交い、瞬く間に子蟹らを取り囲んだ。


それは猿の大群。その数…ざっと百頭!
すべての猿が、子蟹たちに激しい憎悪の眼光を向けている。


その中でも、ひときわ体格の大きな
リーダーらしきボス猿が怒声を放った。


「我らが一族の赤猿を殺ったのはお前らか。
 仇を討ちにきた。全員・・ミナゴロシだ!!」


◾️第三章『命の代償は、命』

ボス猿は、鬼の形相をしていた。空気が震えている。凄まじい憤怒が伝わってくる。


子蟹らを一人ずつ睨みつけながら
ゆっくりと、にじり寄った。


「赤猿を殺ったのはお前らだな。
 しかも寄ってたかって…
 随分と残虐なことをしてくれたな」


子蟹たちは、恐ろしさで声が出ない。
ガタガタ震え出す臼・・図体に反し臆病だった。


やっとのことで、母蟹が声を絞り出す。
「さ、先に酷いことをしたのは、赤猿です。
 この子たちは私が殺されたと勘違いして‥」


<<< 黙らんかあぁっっ!!! >>>


ボス猿の激昂に、一同震えあがる。
臼は、ポロポロと泣き始めた。


「いいか、よく聞け。
 お前らは、全員が生きている。
 しかし、赤猿は、もうこの世にいない」


ドスの効いた声で、ボス猿は続ける。

「我らには、赤猿の仇を討つ権利がある。
 お前らが赤猿を殺ったようにな」


ボス猿は、再び睨みつけた。

「赤猿は、お前らに寄ってたかって殺られた。
つまり、仇は〝お前ら全員〟ということだ。
 そして、命の代償は…命しかない


子蟹は、息を飲んだ。
母蟹も、蜂も栗も動けない。
臼の嗚咽が漏れる・・


ボス猿が手を大きく振り上げた。
その号令に、百頭が一斉に襲いかかる。


〝ダメだ…全員殺される!!〟


子蟹が諦めた、その刹那ー

<<< 待ちなさい!!! >>>


雷の如き咆哮。
間一髪、猿たちは襲撃を止める。


声の主が、群れの奥から姿を現す。
それは…年老いた〝老猿〟だった。


◾️第四章『ボス猿VS長老猿』

すんでのところで襲撃を止めた老猿。

一歩一歩、ボス猿に歩み寄り
うってかわって穏やかに話し始めた。


「ボス猿よ。もう少し、こやつらの話を
 聞いてやってもいいのではないか?」


即答するボス猿。
「そんな必要はない!
 長老でも、それだけは聞けない。
 命の代償は、命しかない!!」


その会話から、老猿が〝長老猿〟であり
ボス猿でさえ一目置いていることが分かる。


長老猿は、諭すように続ける。
「確かに、命の代償は命かもしれん。
しかし、こやつら全員の命というのは
 明らかに〝やり過ぎ〟じゃろう・・


ボス猿は何か言いかけたが、黙っていた。
長老猿は続ける。

「全員の命を奪えば、こやつらの子孫が
 我らの子孫に再び復讐を企てるだろう」


〝子孫〟というワードに
ボス猿の顔色が一瞬変わった。


長老猿は、その変化を見逃さない。

「〝やり過ぎ〟は、必ず禍根を残す。
 さすれば、復讐の輪廻は永遠に止まらん。
 それは我らの子孫に危険を残すことになる」


ボス猿は、両眼を閉じ考え込んだ。

〝群れと子孫を守る〟
それは彼にとっての至上命題。

長老猿の説得は、彼の急所を見事に突いた。


ボス猿は眼を開けた。
表情は、冷静さを取り戻していた。


「長老、言いたいことは理解した。
 では、我々はどうすれば良いか?」


長老猿は頷き、答える。
「うむ。まずはこやつらの話を聞こう。
 言い分を聞いた上で、判断しようじゃないか」


ボス猿は頷き、問うた。
「わかった。そのように対処しよう。
 だが、聞いた上で、何を判断するのか?」


長老猿は語気を強めた。
「〝罪を償わせる一人〟を、我らで決める。
 そやつの命をもって、復讐としよう」


◾️第五章『偽善者』 

ボス猿と長老猿のやり取りを
息を殺し見守っていた母蟹・子蟹と仲間たち。


長老猿の制止で命拾いした安堵も束の間、
また地獄に突き落とされる形になった。


〝この中から一人が選ばれ、殺される〟


長老猿の尋問が始まった。

「さて、蜂と栗よ。
 すべてはお主らの先制攻撃から始まった。
 二人の罪は、決して軽くないぞ」


我先にと、蜂が釈明の口火を切る。
「ち、違うんです。
 こ、子蟹に〝ちょっと脅かすだけでいいから〟
 そう頼まれて・・」


こうしてはおれぬと、栗も続く。
「そ、そうです。正直、やりたくなかった。
 でも子蟹に〝協力しないとちょん切るぞ〟と
 脅されて・・」


〝う、嘘だろ・・〟子蟹は耳を疑った。
真逆だ。この作戦は、蜂と栗が考えたのに・・


うろたえる子蟹を一瞥し
長老猿は、蜂と栗を睨みつけた。


気圧されたか、蜂が口を滑らす。
「そ、その気になれば
 心臓を一突きすることもできた。
 で、でも俺はそんなむごいことはせずに・・」


<<< 黙らんか!たわけがぁぁっっ!! >>>


長老猿は激怒した。
その迫力たるや、ボス猿以上だ。


「蜂よ。お前の鋭い針は、何のためにある?
 栗よ。お前の固い殻は、何のためにある?」


蜂と栗はうなだれた。

生物がもつ固有の特徴は、神から授かった力。
種族の生存のために使うべきもの。


その力を、乱用してしまった…
種族を侮辱したも同然の行為。


蜂と栗は、情けなさで顔が上がらない。


だが長老猿は容赦しない。
「しかも、お主ら二人は、嘘をついている。
 赤猿の亡骸を、丹念に調べたぞ・・」


蜂と栗の心臓が〝ドクン〟と跳ねる。


「刺された跡が、赤く腫れておった。
 蜂よ。お主、針に毒を塗ったな?
 そして栗よ。お主、急所を狙ったな?」


狼狽する蜂と栗。長老猿が追い詰める。

「ちょっと脅かすだけ?やりたくなかった?
 バカを言うな!!
 ではなぜ、毒を仕込み、急所を狙った!?

 お主ら、ハナから殺る気だったんだろう?


二人の血の気が引いていく。
〝ま、まさか・・す、すべて見抜かれてる!?〟


長老猿は畳みかける。
「黙っているということは
 認めるということでよいか?
真相を白状すれば
 酌量の余地があるかもしれんぞ?


沈黙・・の後、栗が重い口を開く。
「赤猿が、花畑や栗山を荒らしてると聞いて…
 だから子蟹に復讐を相談されたとき、
 〝千載一遇のチャンスが来た!〟と…」


二人の殺意は、長老猿に
最初から見抜かれていた。


「子蟹に協力する〝正義〟を装い、利用し、
 己の殺意と悪事を巧妙に隠そうとした。

 うぬらのような偽善者こそが
 悪を助長し、増幅させるのじゃ。

 それでいて罪の意識が無い。
 極めてタチが悪い。恥を知れい!!」


蜂と栗は地面にひれ伏し、懺悔した。



◾️第六章『無知という罪』

「さて、次はお主だ」

巨躯を揺らし、泣き続ける臼。
長老猿がそっと近づく。

「もしかしたら
 お主に殺意はなかったのかもしれん・・」


臼は首を何度も縦に振った。涙が飛び散る。


「しかし、神から力を与えられし者は
 その力を正しく行使する責務がある。
 お主に、その自覚がなかったとしてもな」


洪水のように涙が溢れ出る。

「お主の巨体で乗ったら赤猿はどうなるか・・
 少しでも想像できれば結果は違っていた・・
この世には〝知らなかった〟や
〝分からなかった〟では、済まぬことがある


臼の嗚咽が激しくなる。
だが長老猿は容赦しない。

無知は、時に、悪意よりも罪深い。
無自覚なダイブで、赤猿は事切れた。
 つまり、お主の罪は、相当に重い」


長老猿は、最後に問うた。
「何か言い残しておきたいことは、あるか?」


臼の嗚咽が止まる。
ひらめいた様子。


「うっ、ううっ・・ち、ち、違います・・」


嗚咽まじりの蚊の鳴くような声で
臼は〝弁明〟を喋り出した。

「ぼ、僕は、あの時、跳ぶのを躊躇してた。
 でも〝今だ跳べ!〟って子蟹に脅されて・・」


〝うぅ・・そ・・だろぉぉっっ!?〟
子蟹は絶句した。あの時、臼はみずから跳んだ。


〝な、なんだ、この感覚は・・〟
子蟹の中で、感じたことのない得体の知れない感情が蠢いていた・・


〝蜂も栗も臼も、もしかして
 ボクに罪をなすりつけようとしている・・?〟


◾️第七章『本当の罪』

「さて、子蟹よ。
 臼は〝お主に脅されて〟跳んだそうだが」


子蟹は首がもげるほど、全力で否定した。
「ち、違います!ボクは脅してなんかない!!」


長老猿は子蟹を見もせず、吐き捨てた。

「だから自分は悪くない、とでも?
 そもそも、お主がいなければ
 こんな悲劇は起きとらんのだ!」


異様な感情が、子蟹の心を覆い始めていた。

長老猿の言う通りだ。
元はといえばボクの勘違いが発端。


信じていた蜂・栗・臼にも裏切られた。

なんだか疲れてしまった・・

ボクが責任を取ればいい。
それで、すべてが終わる・・

「ボクひとりの命で許してもらえるのなら
 どうかそうしてください」子蟹は言った。



「軽々しい口を叩くな!」
長老猿は許さない。


「逃げるな。お主が今すべきことは
 自暴自棄になることではない。
 己の何が間違っていたのかを自覚し
 その〝本当の罪〟を省みることだ」


〝本当の罪・・〟
子蟹はハッとし、顔を上げた。
この長老猿の話を、聞かなければならない…


「なぜ、母の抜け殻だけで判断したのか?
赤猿の言い分も聞くべきであったのに。

 なぜ、蜂や栗を安易に信用したのか?
誰しも〝悪〟を隠し持っているというのに。

 なぜ、4人がかりで殺ろうとしたのか?
〝やり過ぎ〟は、必ず禍根を残すというのに


長老猿の指摘は、的確だった。
一言一句が子蟹の心に刻まれた。


「誰しもミスをする。お主の本当の罪は
 母の死を〝勘違い〟したことではない…

一度も疑うことなく、考えることなく
 立ち止まろうとしなかったことだ!」


子蟹は、死にたくなるほど、己を恥じた。


怒りは、コントロールできなければ狂気だ。

お主は狂気に乗っ取られ、やるべきことを見失った。そして一方的で過剰な暴力を行使した。

 これは復讐などではない。単なるリンチだ


子蟹は天を仰いだ。
罪を償う覚悟を決めた。


ところが、次に長老猿が口にしたのは
あまりにも意外な言葉だった。


「さて、お主の罪は間違いなく重大である。
だが、もっと重い罪を背負うべき者がおる・・


〝な、何を言ってる・・?〟子蟹は混乱した。


「では〝最後の一人〟を裁くとするか・・」


長老猿はゆっくりと振り向いた。
その視線の先にいたのは…母蟹だった。


◾️第八章『陰の首謀者』

「お、お待ちください!!」
子蟹は必死に止めに入る。


「は、母上は、何も悪くない!
 ボクが勝手に勘違いしたのだから!!」


「果たして、そうかな?」


長老猿が、母蟹に問う。
「お主は、どこで気を失っていた?」


母蟹は答えた。
「わ、私は、あの岩陰で気を失っていました・・」


首をかしげる長老猿。
「おかしい。群れの猿がここを何度も通った。
 しかし、お主の姿は見てないと言っておる」


母蟹は口をつぐんだ。

「それだけではない。わしがここに来て
 確信を持ったのは、アレじゃ」


長老猿は眼前の柿の木を指した。

「青柿が実っていたであろう、あの枝の根元。
不自然な切り込みが入っておる」


母蟹は黙っていた。


「あの切り口は、自然にできたものではない。
 鋭利な刃物によって、切り込まれたものだ」


母蟹の瞳孔が揺れた。
長老猿は、母蟹のハサミを指した。

「まさにその、ハサミのようなもので、だ。
 切り口に、お主のハサミを合わせてみるか?
恐らく、刃型がピタリと一致するだろう


母蟹は沈黙を守っていた…


〝なぜ母上は言い返さないのか?〟
子蟹の中に、かすかな不安が芽生える。


「ここからは想像だが…」長老猿が切り出す。

あの日、ここに赤猿が来る前
 お主は、枝に〝ある細工〟を施した。

 熟れた柿でなく、青柿を選び
 その枝に切り込みを入れたのじゃ。

青柿の枝はひとつしかないからな。
 赤猿を確実に誘導できる


黙り込む母蟹を尻目に、長老猿は続ける。

「そして、何も知らずにやって来た赤猿に
〝あの青柿を取って欲しい〟と頼んだ。
きっと適当な理由をこじつけたんじゃろう」


〝は、母上、どうして何も言い返さない・・〟
子蟹の不安は、次第に膨らんでいく。


「あの高さから落ちたら、猿とて助かるまい。
ところが、ここで予想外のことが起きた


長老猿は、枝を指差した。

「赤猿が乗っても、あの枝は折れなかった。
 誤算じゃったろう。お主の計画は狂った」


長老猿は振り返り、母蟹を見据えた。
「そこでお主は、とっさに計画を変更した。
自分が赤猿に殺られたと仲間に思い込ませ
 復讐させる〟
という新たな計画に」


〝う・・うぅ・・そ・・だ・・〟子蟹が凍りつく。


「赤猿は、もいだ青柿をお主に手渡し去った。
 お主はその後、脱皮した抜け殻を使って
 己が殺されたように偽装した


長老猿の口調が熱を帯びる。
つまり、すべては、お主の自作自演。
 お主は初めから赤猿を抹殺するつもりだった」


子蟹も、仲間の三人も、母蟹を見つめた。


母蟹が沈黙を破る。
「さっきから何を仰ってるんですか・・
 赤猿は柿を横取りに来た。ただの泥棒です」


<<< そんなこと、あり得ない!! >>>

悲鳴のような叫び。

声の主が、歩み出る。
まだ年端もいかない〝子猿〟だった。


長老猿が子蟹を横目に呟く。
赤猿の子じゃ。齢はお主と同じくらいかの」


子猿は、力強く主張した。

「あの日、父(赤猿)は
〝母蟹に頼まれたから、柿を採りに行く〟
確かにそう言って、家を出ました」


呆れ顔で突き放す母蟹。
「子猿ちゃん、なにを藪から棒に。
 そんなこと、私が頼む訳ないでしょう」


だが子猿は怯まない。
「いいえ。父はあの日、張り切っていました。
〝柿を採ってやれば子蟹もきっと喜ぶ〟って」


子蟹は、神妙な面持ちで、子猿を見つめた。

「父(赤猿)は
 あなた達にいつも感謝していました。

 〝蟹や蜂・栗のお蔭で
  この生態系が成り立っている。
 だから種族を超えて協力するべきだ〟と


子猿の話は、子蟹には嘘とは思えなかった。

だが子猿が語る〝赤猿の人格〟は、母蟹から聞かされていた話と、あまりにもかけ離れていた。

〝何を信じたらいいんだ〟動揺する子蟹。


子猿は泣き崩れる。
「父は、本当に優しい人でした。
 なのに、なぜこんな酷い目に・・」


長老猿が不意を突く。
「蜂よ。栗よ。お主らに〝赤猿が、花畑や栗山を荒らしている〟と嘘を教えたのは、誰だ?


蜂と栗は、母蟹をチラリと見た。
母蟹は無視した。


「やはりな。復讐が実行されやすくなるよう
 あらかじめ蜂と栗に作り話を吹き込んだ。
 二人に〝確実な殺意〟を抱かせるためにな」


〝そ、そんな…〟蜂と栗は絶句した。


長老猿は、子蟹の動揺も見逃さなかった。
「子蟹よ。お主も、刷り込まれていたな?
本来の赤猿とは正反対の〝悪者〟の印象を

長老猿は、大袈裟に両手を広げた。
「まったく、たいした人身掌握術じゃ。
 どれほど前から周到に準備していたことか…
 もしや〝握り飯〟と〝柿の種〟の交換も
 赤猿でなくお主が持ちかけた
のではないか」


長老猿の洞察力に、全員が瞠目した。


〝なんてことだ…〟子蟹は膝から崩れ落ちる。


すべての猿の怒りの矛先が母蟹に向けられた。
だが母蟹は動じることなく、冷静に切り返す。

「まあ、随分と饒舌だこと…
 でも、すべて長老猿の想像ですよね。
 それとも、何か証拠はあるのかしら?」


「••あるぞ」長老猿も冷静だった。


「お主、さっきから
 柿の木の根元をチラチラ見ておるが
もしかして何か探しているのではないか?


母蟹の瞳孔が大きく揺れた。


「探しているのは、これじゃろう」

長老猿はゆっくりと掌を開いた。
そこには、ひとつの青柿があった。


「これは、あの日
 お主に命中したという青柿じゃ。
 子蟹がご丁寧に赤猿の亡骸に残してくれた」


〝あっ!〟子蟹は青ざめた。


「なぜ母蟹が、これを探していたのか?
 それは〝偽装の物証〟だからじゃ」


長老猿は畳みかける。
あの日、この柿がお主を粉々に砕いたならば
 その衝撃で、この柿も、ただでは済むまい。
 ところが、この柿には、傷ひとつない。
これが何を意味しているのか・・分かるな?」


子蟹は、まざまざと青柿を見つめた。
確かに無傷だ。なぜ気付けなかったのか・・
子蟹は、またも己を恥じた。


「あの日、お主は、念には念を入れ
 己の抜け殻を〝バラバラ〟に引き裂いた。
 それを発見する子蟹の気を動転させて
 まともな判断能力を奪うために」


〝そ、そんな・・〟子蟹は、もう限界だった。


「だが、この青柿への細工は、できなかった。
抜け殻の処理に追われ、手が回らなかった」


母蟹は、青柿をじっと見つめ
不気味な笑みを浮かべた。

「なるほど・・あなたは最初から
 私を疑っていた
という訳ね・・」


一転、豹変する。

<<< ズル賢いクソジジイがぁぁっ!! >>>


〝はっ、は、母上…!!?〟


「ふん。お主に〝ズル賢い〟呼ばわりされる覚えはない。その態度は〝すべて認めた〟ということでよいか?」


母蟹は猛反発した。
「認めるわけないだろうがぁぁっ!!」


〝は、母上・・そんな・・〟


さらに開き直る。
「もしアンタの言うことが真実だとしても
私が復讐に加担したということにはならない


母蟹と長老猿の視線が交錯する。


「だって、そうでしょう?
子蟹が勝手に〝勘違い〟したんだから


〝は、母上・・う、う、そだと、言ってくれ・・〟


「その〝勘違い〟に加担した蜂・栗・臼。
 もちろん、私は指示も命令もしていない


蜂・栗・臼は、愕然とした。


「勝手に復讐を計画・実行した四人。私は、そんなバカなことするなんて、思いもしなかった。私の罪が、四人の罪より重いはずがないわ!」


四人は、悲しげに、母蟹を見た。
母蟹は、自信満々に続けた。


「頭脳明晰な長老さんならば
 私の言ってること、理解できますよね・・?」


長老猿は目を細めた。
「なるほど、お主が自作自演を施したとしても
そこから先の展開は予期しなかった…と?」


長老猿の溜息が漏れる。
「確かに、理屈だけで考えれば
 お主より四人の方が、罪は重いかもしれん・・」


〝勝った・・〟母蟹は、ほくそ笑んだ。


その心理を見抜いたかの如く長老猿は続けた。

「だが、お主は大きな〝思い違い〟をしている


〝思い違い・・?〟母蟹の顔が曇る。


長老猿の不敵な笑み。
「〝裁く一人〟を決めるのは、わしではない。
 決めるのは、最大の被害者たる、子猿だ」


全員が固まる。


「子猿よ。〝裁くべき一人〟は、お主が決めろ。
〝絶対に許せない〟という被害者感情でな


◾️最終章『審判の刻』

母蟹も、子蟹ら四人も〝裁かれる一人〟は長老猿が決める・・と思っていた。


しかし、それは大きな〝思い違い〟だった。


決めるのは子猿。
〝絶対に許せない〟という被害者感情で。


〝四人よりも自分の罪が重いはずがない〟
そんな母蟹の理屈は、彼方に吹き飛んだ…


子猿にとって〝一番許せない〟のは誰か?
その感情の前では、法や理屈など無意味だ。

五人は、己の言動を振り返り、頭を抱えた。
全員に〝恨まれる〟覚えがあった。


当の子猿は、しばらく思案していた・・

やがて、母蟹に向けて切り出した。


「さっき〝子蟹が勝手に勘違いして〟と言いましたね」


母蟹は黙っていた。子猿は続ける。

「でも、それは嘘です。わたしは分かる。
〝母が無残に殺されたら子蟹は必ず復讐に動く〟
あなたは、そう確信していたはず」


子猿が断言する。
なぜなら、わたしも必ずそうするから。
どんな手を使っても。
それが〝親子愛〟です。
 わたしは、あなたを絶対に許せない」


母蟹はせせら笑った。
「はっ。そういう所、赤猿にそっくりだわ!
〝親子の愛〟とか〝親ならこうすべき〟とか
その〝価値観〟の押し売り…うぜえんだよ!!


〝は、ははうえ・・も、もう、やめてください・・おねがいです・・〟


長老猿が吐き捨てる。
「ふん、それが赤猿を殺した動機か。
歪んだ心は、あらゆる物事を悪く解釈する。
他人の親切心や優しさすらも」


子猿は、真っ直ぐな視線を、子蟹へ向けた。

「母蟹だけじゃない。
 他の四人も、絶対に許せない」


言葉に力を込めた。
「あなた達は、無実の父を
 寄ってたかって追い詰めた。
 だれ一人、ただの一度も
 真相を確かめようともせずに…」


泣き叫ぶ子猿。
「なんでだれも思いとどまれなかったんだよ!!」


蜂、栗、臼は、地面に額を擦りつけた。
子蟹は膝をつき、遠くを見ていた。


「さあ、審判の刻だ。
 子猿よ。一人を選びなさい」


その瞬間は、永遠にも感じられた。
子猿の〝最後の声〟が、時を動かす。


「わたしが絶対に許せないのは・・」


子猿は、ゆっくりと手を振り上げ
もっとも憎むべき〝父の仇〟を指差した。


【 了 】

最後までお読みいただき感謝します。さて、子猿が指差したのは、誰でしょう? そして、あなたなら、誰を指しますか? その答えに、あなたの〝物事の見方〟や〝価値観〟が滲み出るはず…
ぜひコメントで教えてください。
本作は「創作大賞」応募作品です。皆さんのスキ・コメントなどの応援が、選考にプラスに働きます。更にシェア・拡散して貰えたら〝跳んで〟喜びます。皆さんの熱き一票を。応援・ご協力をぜひぜひ、よろしくお願いしますm(_ _)m

あとがき/『さるかに合戦』知られざる結末

#創作大賞2024 #ビジネス部門

いいなと思ったら応援しよう!