たりない世界の住人たちと
たりないふたりの解散ライブ「明日のたりないふたり」が2021年5月31日に開催され、12年の歴史に幕を閉じた。
最初にたりないふたりに出会ったのは2014年の高校生の時だった。
社会に馴染めない、人と上手く接することができない、自信がないくせにプライドは高い、人の目が怖い、傷つきたくないから殻に閉じこもる。
「なんでこんなに生き辛いんだろう」という漠然とした疑問を持っていた僕の前に、たりないふたりが現れた。
社交性がたりない、社会性がたりない、恋愛がたりない、人見知り
様々なコンプレックスをエンターテインメントに昇華させた漫才を見て
「自分だけじゃなかったんだ」
「これって笑いに変えられるんだ」
と今までの悩みを全て吹き飛ばしてしまうような衝撃を受けたのを覚えている。
たりないふたりは格好良いところだけでなく、 情けない話やみっともない姿もみせてくれる。 自分の弱さと向き合うことが一番難しいはずなのに、血まみれになりながらふたりは戦っている。
そういう姿を僕たちは信頼している。
明日のたりないふたりの漫才の中で印象深い言葉がある。
「12年間の成果だね。都合のいいヘリコプターが無いってこと。わかった。」
心のどこかでいつか自分の人生を変えてくれる大きな出来事が起きるって根拠もないのに思い込んでいた。
でもたりないふたりは都合のいいヘリコプターは無いとハッキリ言った。
それはたりないふたりが12年間の経験から導き出した偉大な成果だった。
そんな強烈なメッセージを真っ白に燃え尽きながら伝えてくれたたりないふたりには感謝しかない。
そして1時間30分を超える漫才はこんな言葉で締めくくられた。
「あぁ、たりなくてよかった」
誰もが予想しない衝撃的なセリフだった。
たりないふたりとして漫才をすること、たりないふたりに共感してくれるお客さんがいること、Creepy Nutsという天才を生み出すキッカケを作ったこと、
「たりない世界」にいたからそういった素晴らしい出会いや経験をすることが出来た、だからこそ「たりなくてよかった」という結論に至ったのだろう。
誰とでも合う自分じゃないからこそ、本当に心の底から合う人に出会った時の喜びと奇跡を深く感じることができる。
思えば僕もそうかもしれない。
「たりない」から深夜ラジオという素敵な場所に辿り着けたし、腹がよじれるほど笑わせてくれる面白いパーソナリティに出会えたし、ハガキ職人という天才たちにも出会えたし、同じ番組を聴いて笑うリスナーたちに出会えた。
「たりない」から最高の「たりない世界の住人たち」に出会うことができた。
「たりなくてよかった」と言うにはまだ早いかもしれないけど、たりないまま生きてたらそんな素晴らしい出会いがこの先たくさん待ってる気がする。
それでいいじゃないか。
たりないふたりのおかげでそう思えた。
山里さん、若林さん。
たりないふたりが僕の人生を救ってくれました。
そしてこれからもきっと救われ続けます。
暗闇だった世界に光を照らしてくれて本当にありがとうございます。
今まで12年間お疲れ様でした。
これからもどうか末永く、たりないままで。