📗【文書版】礼拝メッセージ『差別や偏見を乗り越える』2024年8月18日 新約聖書　マタイの福音書第8章1～13節

📗先日の礼拝メッセージのテキスト版もここに掲載いたします⬇️
📗礼拝メッセージ『差別や偏見を乗り越える』　2024年8月18日
 
新約聖書　マタイの福音書第8章1～13節
 
1イエスが山から下りて来られると、大勢の群衆がイエスに従った。
2すると見よ。ツァラアトに冒された人がみもとに来て、イエスに向かってひれ伏し、「主よ、お心一つで私をきよくすることがおできになります」と言った。
3イエスは手を伸ばして彼にさわり、「わたしの心だ。きよくなれ」と言われた。すると、すぐに彼のツァラアトはきよめられた。
4イエスは彼に言われた。「だれにも話さないように気をつけなさい。ただ行って自分を祭司に見せなさい。そして、人々への証しのために、モーセが命じたささげ物をしなさい。」
5　イエスがカペナウムに入られると、一人の百人隊長がみもとに来て懇願し、
6「主よ、私のしもべが中風のために家で寝込んでいます。ひどく苦しんでいます」と言った。
7イエスは彼に「行って彼を治そう」と言われた。
8しかし、百人隊長は答えた。「主よ、あなた様を私の屋根の下にお入れする資格は、私にはありません。ただ、おことばを下さい。そうすれば私のしもべは癒やされます。
9と申しますのは、私も権威の下にある者だからです。私自身の下にも兵士たちがいて、その一人に『行け』と言えば行きますし、別の者に『来い』と言えば来ます。また、しもべに『これをしろ』と言えば、そのようにします。」
10イエスはこれを聞いて驚き、ついて来た人たちに言われた。「まことに、あなたがたに言います。わたしはイスラエルのうちのだれにも、これほどの信仰を見たことがありません。
11あなたがたに言いますが、多くの人が東からも西からも来て、天の御国でアブラハム、イサク、ヤコブと一緒に食卓に着きます。
12しかし、御国の子らは外の暗闇に放り出されます。そこで泣いて歯ぎしりするのです。」
13それからイエスは百人隊長に言われた。「行きなさい。あなたの信じたとおりになるように。」すると、ちょうどそのとき、そのしもべは癒やされた。
 
主の恵みと平安が皆さんの上に豊かにありますように。
この日も皆さんとご一緒に主の日の礼拝にあずかれますことを心から感謝いたします。
　
　ちょうどほぼ一カ月前になりますけれども、旧優生保護法によって強制的に不妊手術が行なわれたことによってすでに6年前から訴訟が行なわれていましたけれども、その被害者たちに対して、ようやく首相自らが、謝罪するということが行なわれましたが、一方で「政治判断の遅れと国の無益な抵抗で、この間に原告6名が亡くなった」と指摘する弁護士もいらっしゃるんですね。（高齢になって亡くなる方もいらっしゃるでしょうからね。）一方で「やっと国に向き合ってもらえた」という被害者であり原告である方もいらっしゃって、一歩前進という面もあると思います。
　で、この話は、今日の話と関係があります。それは、この旧優生保護法というのは、戦後最大の人権侵害とも呼ばれていて、障害者は生まれてこない方がいいという優生思想のもとに、障害者に対して強制的に不妊手術や人工妊娠中絶を行なった恐ろしい法律なんですね。そしてそれは、障害者だけではなくて、かつてらい病と呼ばれ、今はハンセン氏病と呼ばれている病にかかった人たちにも行なわれたわけですね。
 
　さて今日は、昔の聖書をお持ちの方であれば、今日の箇所が、問題の箇所であるということを知っていらっしゃるかと思います。今日の箇所に出て来る「ツァラアト」とカタカナで表記されている病気が、かつての聖書では「らい病」と翻訳されていたからです。
　
で本題に入る前に、予備知識として、今日のみことばに登場するツァラアト、ツァラアトとは何なのか　ということをお話しておきたいと思いますけれども、このツァラアトと同一視されていた「らい病」ということば現在では一般には差別語であるということで　ハンセン氏病ということばに　置き換えられています。
らい病ということばは差別と偏見と結びついて、長い間、多くの患者にレッテルを貼り付け　また苦しみを与えてきたからです。日本でも患者は昔から徹底的に差別されて来ました。そして1909年に国はらい予防法というのを制定するんです。これによって強制力をもって患者たちを隔離する、社会から切り離す政策を取るようになりました。
らい病、ハンセン病と診断された人たちは　家族からも故郷からも遠く引き離されて、強制的に収容所に入れられました。そして死ぬまでそこから出ることはできなかったんです。
ただこの療養所に暮らす患者同士の結婚は認められていました。しかし子どもができないようにということで　不妊手術が施されました。優生保護法によってです。
そして不妊手術の前に妊娠した場合には、強制的に堕胎させられたと言います。本当に残酷な話です。
でも実際はそこまでする必要はどこにもなかったんです。なぜならばハンセン病の感染力というのは非常に弱いからです。つまり人に移りにくいんです。
日本には15か所、療養所があるそうですが、強制隔離が行なわれた90年間の間、15か所の療養所の中で、患者から職員に移ったという例は一件もないっていうんです。外来治療でよかったんです。隔離する必要はなかった。
そしてプロミンという特効薬ができて　完全に治るようになって、それが広く知られるようになったのですが、それでも隔離政策は変わることが無かった。それでもなおハンセン病患者を　閉じ込めつづけたんです。
なぜなら長年にわたる差別と偏見が完全に治るようになってからも根強くあったからですね。
でも、とうとう1996年に、らい予防法は廃止されました。撤廃されました。時の厚生大臣（管直人）はらい予防法を放置していたことを、国を代表して、患者とその家族に謝罪しました。でも、それはあまりにも遅すぎた。
このような流れの中で　キリスト教会でも、聖書の中のらい病という表記をどうするか考えざるを得なかったんです。風当りが非常に強かった。いつまでこのらい病という表記を使い続けるつもりですか？という批判があったんです。
じゃあことは単純じゃないですか？らい病と表記されているところを全部ハンセン病と書き換えればいいじゃないですか、と思うかもしれませんが、ことはそれほど単純ではないわけです。
日本語聖書において　らい病と訳されたことばは、旧約聖書、ヘブル語ではツァラアトです。旧約聖書レビ記第13章第14章にはツァラアトに関する細かい規定が記されています。
でも、これが不思議なんです。人間の皮膚にできるツァラアトだけじゃなくて　衣服や家の壁にもできるツァラアトについても書いてあるんです。生き物ではないものがハンセン病になるはずがないんです。
つまり、衣服や壁につくのは一種のカビの類いだと考えられます。つまり、今までらい病と訳していたツァラアトは、単純にハンセン病に置き換えて、ひとくくりにできるものではないということです。もっともっと広い範囲のことばなんですね。何しろカビまで含んでいるわけですから。
そもそもこのツァラアトということばが、ハンセン病が入っていなかったという可能性も高いそうです。今では、レビ記が書かれた時代、パレスチナ地方にはまだハンセン病が侵入していなかったというのが通説なんです。
じゃあ、人間の皮膚にできる疾患から　衣服や家のかびまでをさすツァラアト、これは一体何なのか　現在の病名で言うと何なのか？これは今でもよく分からないんです。特定ができません。
じゃあどうしたらいいのか、ということで頭をかかえてしまったわけです。新改訳聖書の翻訳者の間でも、すったもんだの議論が交わされました。議論の末に、ヘブル語のツァラアトをそのまま使おうということになりました。そういうわけで、新改訳の第三版から、らい病という表記をやめました。ヘブル語ツァラアトをそのまま使用したんですね。
でもここで一つ問題があるんです。疑問がわいてくるんです。旧約聖書ではツァラアトでいいでしょう。旧約聖書自体ヘブル語で書かれているわけですから。
でも新約聖書はヘブル語じゃないんです。ギリシャ語なんです。ギリシャ語の翻訳なのに、ツァラアトを使うのはおかしい。じゃあ新約聖書　ギリシャ語では、ツァラアトにあたることばは、なんと言うことばが使われているか？新約原語ではレプラです。じゃあ旧約聖書ではツァラアト、新約聖書では、レプラという表記にすればいいじゃないか。ということになる。
けれどもここでも問題があるんですよ。実は日本では、昭和の時代に、らい病を、レプラとも呼ぶようになった。ギリシャ語レプラがドイツ語経由で入って来たらしいです。医学用語として来たんでしょうね。レプラということばを聞くとらい病を連想する人がいる。
特に人生の先輩方ですよね。それではまずいんです。避けたいんです。そこで本来だったらギリシャ語だからおかしいんですけど、レプラではなく、ここだけ旧約聖書のツァラアトそのまま使おう、と置き換えて訳したんです。
こういういきさつがあって新改訳聖書はツァラアトを使い始めました。
一方、日本聖書協会から発行されている、口語訳聖書、新共同訳聖書、これは対応が非常に速かったんですよ。1987年の段階で、らい病ということばを重い皮膚病に言い換えたんです。これは差別に対する意識が高かったからです。
でもこの言い換えには反対意見も多かったんです。重い皮膚病という表現はやはりハンセン氏病を連想させる。また現在皮膚病で悩み苦しんでいる人たちへの偏見を生むだろう、というわけですね。
そういう人たちは新改訳聖書と同じようにツァラアトにしてほしいというふうに要望を出していました。
だから本当にこの問題難しいんですね。
そして2018年に12月　日本聖書協会が　新しい聖書を出しました。聖書協会共同訳という、ゼロから訳しなおす新しい翻訳聖書ができた。
じゃあこの新しい翻訳では、なんて訳しているのか、ということですよね。これまでの流れだったら重い皮膚病なんですが、やっぱり批判が多かったので、違う言葉にしたんです。なんていうことばにしたかというと、「規定の病」としたんです。どういう意味かというと、レビ記第13章第14章で規定された、宗教的に意味を持つ病なんだ。律法で規定された病なのだ、という意味でしょう。聖書協会の人たちによると、このことばを選ぶのに非常に苦労したと言います。でもまだピンときませんね。定着するまでにはまだ時間がかかりそうです。
 
さらにもう一つ、今日の聖書箇所の基礎知識として抑えておきたいことがあります。
このツァラアトが肉体的な疾患というよりは、宗教的なけがれとしてとらえられているということです。ツァラアトに関しては、医者ではなくて祭司が判定したんです。
疑いがある症状が出た人は　祭司のところに連れて来られるんです。そしてツァラアトにかかっていると祭司が判断したならば、この人は汚れていると宣言した。けがれの問題なんです。
反対にツァラアトが治った場合、やっぱり祭司のところに行くんです。そして祭司が治っていると判断した場合には、レビ記に定められたいけにえをささげさせます。その上で、祭司がきよいと宣言します。
けがれている、きよい、こういう問題なんですね。祭司による判定ときよめのためのいけにえは、今日の箇所に登場します。
ですからこれらのことを頭の中において、聞いていただければと思います。
 
さて、今日からマタイの福音書の第8章に入りました。第5章から第7章まで山上の説教を、けっこう長い期間をかけて解き明かしてきましたけれども、ここで流れが変わったような印象を受ける箇所です。なにしろ、第7章の終わりまで、ずっと「山上の説教」と呼ぶだけあって、教えのオンパレードだったわけですが、第8章から奇跡、奇跡、奇跡のオンパレードになります。
そういうわけで、ここで文脈がぶつっと切れる、と言われることも、おそらくあると思うんですけれども、著者のマタイの意識の中では、文脈ってぶつっと切れていないんですね。というのは、山上の説教が終わった時に、「群衆はその教えに驚いた。それは、イエスが、権威ある者として教えられたからである」と記されているからですね。
ですから、第8章からイエス様が起こされている奇跡に注目するよりも、奇跡を起こすことによってキリストとしての権威を表しておられる。この奇跡のオンパレードは、そういうふうに読む方がいいんですね。ですから流れは実は途切れていないんですね。
 
さて今日神のことばとして共に聞きましたマタイ第8章1節から13節の間には、その権威の行使としての奇跡が二つ起こっています。
 
一つは2節からの、ツァラアトに冒された人が登場します。
この人は、昭和の時代の日本と変わらない差別偏見にさらされて、同じく隔離されて暮らしていたんですね。一人で住むか、ツァラアトに冒された人々が集まって住む村があって、そこに住まないといけなかった。しかも、人々の風上に立つということもしてはいけなかったんですね。何か風に乗って移るとでも当時考えられていたのかもしれません。また人々が近づいてきたら、自分から「汚れている、けがれている」と自分から大声を出して警告しないといけなかったんですね。そう自分から大声で警告するたびに、ひどい屈辱感と、自分は生きていてはいけないのではないか、という感覚を味わったに違いないと私は思うんです。
さらにはシナゴーグというユダヤ人の会堂にも行けなかったので、人や社会との関係だけではなくて、神との関係も断ち切られるという、そいういうアイデンティティが奪われているということは、どれだけ苦しかっただろうと思います。
その人がイエス様のみもとに来た。これは大変なことだと思いますね。人と神を避けなければならなかった人が、イエス様のもとに来た。群衆がいっぱいイエス様を取り囲んでいるんです。「こいつはツァラアトじゃねえか」「なんでこんなところに出て来たんだ」ある人は石を手に持ち、彼に投げ付けようとします。
ここでその患者はいきなりイエス様の前にがばっとひれ伏します。―これは礼拝の姿勢ですね―そして「主よ」と言います。彼はイエス様を、メシア・キリストと認めているんですね。長年の病気の生活で、少なくとも私にとっては、決して行くことのできない会堂で本物の神に出会えるわけはない。噂に流れ聞いたナザレのイエス、この方こそ、本物の神だと思ったのでしょう。そしてここで「おこころ一つで私をきよくすることがおできになります」と、必ずきよめられる、と信じて言っているんです。
そしてイエス様が彼に手をお伸ばしになる。ざわざわっとしていた周りがシーンと、張りつめた空気になります。イエス様！イエス様！！まさか、そんなけがれた者に、もしやお触りになるつもりではないでしょうね！？そんな、周りの群衆の声が聞こえてくるかのようです。イエス様のその手がそっと触れた時、ツァラアトに冒されていた男は、長年誰も体に触れてもらったことが無かったものですから、何十年も味わっていなかったその手のぬくもりに、なんとも言えない、それまでの人生を癒す何かを、感じたのでした！
そしてイエス様の堂々とした声が響きます「わたしの心だ！きよくなれ！」するとどうでしょう。彼のからだがみるみるうちに、綺麗な肌に変わって行くではありませんか。
群衆は思いました。ただ奇跡に驚いただけではなくて、いったいこの方の権威はどこから来たのだろうか？と互いに論じ合ったりもしたでしょう。
イエス様は、彼に祭司に見せることと、いけにえをささげることを命じて、ただ癒しきよめるだけではなくて、彼が社会復帰できるように配慮をしました。
 
そしてマタイは、その後の群衆の反応などは飛ばして、筆を急がせるかのように、次のできごとを記します。それは、マタイが、次の話は、このツァラアトに冒された人の話と、とても深く関係している、いや同じ話なんだよ、と言っているかのようです。
それは、けがれと、きよめ、という文脈で語られています。イエス様のもとにやってきた100人隊長、彼はローマ軍の100人の兵卒を束ねる部隊長でした。ローマ軍において100人の部下を任せてもらえるということは、大変優秀な人です。軍人という職業が良いか悪いかはここでは置いておいて、戦いに強いだけではダメで、冷静な情報分析能力や、優れた判断力がないといけません。部下が100人もいるのですから、一種のマネジメント能力のようなものも必要だったでしょう。そうでないと、センチュリオンと呼ばれる、ローマの100人隊長にはなれなかったでしょう。
そういう、人の上に立つ者ですし、なにしろここはユダヤであり、つまり占領地なわけですね。占領軍なわけです。そういうわけで、ユダヤ人に対しては、いばって高圧的に接して来るローマ兵がほとんどでしたし、100人隊長ももちろん、ほとんどが、いばって高圧的にやってくるわけです。しかしそこでこの100人隊長は、非常に謙虚な姿勢でイエス様のもとにやってきます。もう全ての言動が謙虚です。そして非常に熱心に、しもべ、おそらく部下の1人でしょうね。彼が中風にかかっているのを治してほしくて、イエス様のもとに懇願しにやってくるわけです。
それでどうして彼がこんなに低姿勢だったか、ということは、彼の性質もありますが、それは後でお話しするとして、一つは、ユダヤ人と異邦人の関係にあるんですね。ここに「けがれ」と「きよめ」が関わってきます。
ローマ兵と言えばもちろんユダヤ人から見れば異邦人です。ユダヤ人は異邦人をけがれた者だと呼んでいました。ユダヤ人は異邦人を、「地獄のたき木」と呼んでいたほどです。その関係性をよく分かっていた。けれどもそれでも彼はユダヤ教に好意をもつ、おそらくユダヤ教への改宗者であったのではないかと言われています。
それをうかがわせるのが、イエス様に対して「主よ」と言っているこの呼びかけの言葉なんですね。これはなんでもなく読み飛ばして、聞き流してしまうかもしれませんけれども、これは考えてみればとんでもないことだと思います。100人隊長どころかローマの兵士であることもクビになる可能性もあるんじゃないかと私は想像するんですね。というのは、まだこの時代はローマ皇帝をキュリオス、つまり主と、呼ぶまでは至らなかったようですが、このイエスこそ、権威ある者であるという内容の発言をすれば、それがローマの耳に入れば、ローマへの忠誠心を疑われかねないからですね。しかし、この隊長はそれをしたわけです。
この隊長は「権威」について、非常によく考えている方のようです。
しもべのもとに、「行って治そう」と言われたイエス様に対して、8節9節ではこういうふうにできごとが展開します。
 
8しかし、百人隊長は答えた。「主よ、あなた様を私の屋根の下にお入れする資格は、私にはありません。ただ、おことばを下さい。そうすれば私のしもべは癒やされます。
9と申しますのは、私も権威の下にある者だからです。私自身の下にも兵士たちがいて、その一人に『行け』と言えば行きますし、別の者に『来い』と言えば来ます。また、しもべに『これをしろ』と言えば、そのようにします。」
 
ここに、この隊長が感じていた、権威に対する思いがうかがい知れます。権威、とは一体なんだろうか？とその職業柄、ひんぱんに考えていたと思います。それも深く考えていました。軽く浅く考える人なら、俺はローマ皇帝の権威の一部をいただいているんだぞ。と肩で風を切って、いばりちらして、「俺の言うことを聞け」「なに～！？俺に逆らうのか！？」などとやったでしょう。けれども、この人は、その権威に驚きを覚えて、恐れを感じているんです。
彼は、不思議に思っていたんです。同じ人間なのに、部下の兵士に、行けと言えば行くし、来いと言えば来る。これをしろ、と言えばその通りにする。自分が百人隊長を辞めたら、ローマ軍をやめたら、彼らは自分の言うことを聞いてくれなくなるのは分かり切っていることだ。じゃあこの権威という得体のしれないものは何なんだろうか？そんなふうに考えたと思います。
それはどうして言えるかというと、一人の部下のことを、一人の人間として扱っていたからです。当時のローマ軍の隊長というのは、部下の生殺与奪の権を与えられていました。部下は奴隷なんです。奴隷というのは、「口をきく農機具」だと言われていたんです。家畜は「口をきかない農機具」と呼ばれていました。だから道具扱いなんですね。壊れたら打ち捨てて、交換するだけです。でもこの隊長は、この一人の部下を一人の人間だと見た。何らかの一種の暖かい尊敬や愛情や信頼関係といったものが、この隊長と部下の間にあったと思うんですね。ここでしもべと言われていますけれども、子とも訳せるんですね。と言っても本当の息子ではなくて、これは一つの表現でして、わが子のように、手塩にかけて育てた部下ということなのだと思います。
で隊長は、権威というものに恐れを感じていた。もしかしたらローマ帝国やローマ皇帝の権威に、意識の底では少し疑問を感じていた可能性もあると思うんですね。というのは、何人かの学者が言っていることですが、たぶん彼は純粋なローマ人というわけではなくて、ローマの植民地のどこかから、傭兵として身を立てて、出世して隊長になったのだろう、ということですね。だからローマ皇帝の絶大な権力を感じながらも、それには逆らえないことを実感していながらも、でもこの権威というものは部下を治すことはできない。それどころか使えなくなったら捨ててしまえ、勝って武勲を立てれば上に上がって行くシステム、それがこの世の真理だろう、と言ってくる権威というのは、どこか偽物なのではないか。それは優生保護法とどこか深いところでつながっているんです。弱い者は打ち捨ててしまえ、コスパが悪いから。そういう権威は、沢山見てきたわけです。（そしてこの隊長さんはそこまで考えていたかわかりませんけれども、こういうローマの権威というものは何か？それは結局、俺の故郷の国とか、もっと細かく言えば、世界の多くの人々の小さな権威をちょっとずつ取って集めていって絶大な権威にしているんじゃないか？でも人に小さな権威であっても与えたのは本当は誰だ？神のはずじゃないか？じゃあ本当の神はどこにいるんだ？ひょっとしたらこのイエスというお方じゃないか？くらいにもしかしたら考えていたのかもしれません）
けれども、主イエスには、別の権威を感じた。それは山上の説教を聞いて、権威ある者としてお語りになったことに驚いた民衆と同じです。彼らは律法を守れない者はダメね。病気にかかった者は本人か先祖の罪の結果だ、つまり自己責任だという、パリサイ人律法学者たちの持っている権威とは全く違う権威をイエス様に感じたからビックリ仰天したんでしょう。そして100人隊長も、それと同じ権威をイエス様に感じ取った。
それは誰をも見捨てない権威だ！だから必ず、私の部下のこともお見捨てにならないはずだ。この方こそ、神の子、だから、私の部下も、おことば一つで、治してくださるに違いないと、そのようにイエス様を信頼したんです。当時のユダヤ教のラビたちにとっては、ツァラアトと同じくらいけがれた者と呼ばれたローマ軍の隊長が、ただしくメシア・キリストとして、イエス様をとらえた！受け入れた！ということですね。イエス様はこれに大変驚かれて感心されました。
 
　そうしたらイエス様はこうおっしゃいました。10節から12節をもう一度お読みいたします。
 
10イエスはこれを聞いて驚き、ついて来た人たちに言われた。「まことに、あなたがたに言います。わたしはイスラエルのうちのだれにも、これほどの信仰を見たことがありません。
11あなたがたに言いますが、多くの人が東からも西からも来て、天の御国でアブラハム、イサク、ヤコブと一緒に食卓に着きます。
12しかし、御国の子らは外の暗闇に放り出されます。そこで泣いて歯ぎしりするのです。」
 
　少々厳しいイエス様のことばです。この「御国の子ら」って誰でしょうか？パリサイ人律法学者をはじめとする、ユダヤ人ということですね。彼らの考えの中には、選民ユダヤ人として生まれるだけで天国に入れる、というのと、律法を守ることによって天国に入れる、というのと、両方がありました。
　彼らの中には、ツァラアトの人がきよめられないままで、天の御国に入れる、というのはありませんでした。けがれがあるままで天の御国に入れない。だからツァラアトの人も、異邦人である百人隊長も、天国に入れないと彼らは考えた。けれども！まことのメシア・キリストである主イエスが来られて、この逆転を起こされた！けがれた者と呼ばれるこの人たちをも、救いに入れてくださったのです！（それでその逆を言えば、これは型だという人がありまして、当時のイスラエルの状態はまさにツァラアトの状態だったというんです。自分たちはきよいと言いながら、まさにけがれの状態にあったわけです。ただそれに気付かないだけでした）
　13節で主イエスは、100人隊長に、
　
「行きなさい。あなたの信じたとおりになるように。」
 
　とおっしゃっていますけれども、この「信じた通りになるように」の「通りになる」とは、日本語に移しにくいことばでして、重い意味を持っていることばです。「できごとが起こる」「救いの出来事が起こる」という意味です。だからここで、単に部下の病気が治っただけではなくて、救いの出来事がその時に起こった！ということです。これは私たちにもまさに起こっていることです。
 
　では私たちはどうでしょうか？
 
けがれた者。考えてみれば、私たちもけがれた者であるに違いありません。なぜなら、旧約聖書で言うけがれた者とは、神の神殿の祭壇に近づくことが許されない者のことだからです。祭壇にちかづくことができないというのは、もっとわかりやすく言えば、神さまに前に出ることができない者ということです。
　私たちも、罪人ですから、本来は神さまに近づくことができない者です。きょうのみことばに登場したこの人は、外見の病から穢れた者とされていました。しかしそれよりももっと重大なのは、外見ではなく中身です。中身がけがれている。それが罪です。これは人間には、誰にもどうすることもできません。
　しかし主イエスが、まず穢れた状態であるこの人に触れられたと同じように、罪人である私たちのところに近づいて触れてくださっています。この私のような者を受け入れてくださる。穢れを引き受けてくださるんです。そのイエスさまの姿が私たちの前に迫ってまいります。
 
　イエス様のどのお姿が迫ってくるでしょうか？それはあのゴルゴタの十字架の上のイエス様です。あの十字架の上で、父なる神から見捨てられるという魂の地獄という壮絶な体験さえ私たちの身代わりにしてくださって、イエス様ご自身が御国から追い出されて、人が泣きわめいて歯ぎしりする外の暗闇に追い出されました。こうして、天の御国の国籍を持つはずのないローマの100人隊長と、異邦人である私たちに、天の御国のパスポートをお与えくださいました。天の御国は死んでから行くところ、それと同時に、この地上においても天の御国を生きるということは、神に愛されて赦されて、生きる意味と価値を与えられて、差別をしたり偏見を持つことからも自由にされて、互いに相手をひとりの人間として見て、大切にする、そのような道に今、主は、招いてくださっているのです。
 
お祈りをいたします。
恵みとあわれみに富みたもう、私たちの主イエス・キリストの父なる御神
あなた様がお遣わし下さった御子主イエス・キリストが、本当のけがれときよめを教えてくださいました。
私たちもまた、数に入らぬ者として、悲しみと孤独の中を歩んできたかもしれません。しかし主は、そのような私たちに触れてくださり、その手のぬくもりを与えて下さいました。
私たちはその主の愛のぬくもりを伝えて行きます。世の中には差別が偏見が満ちていて、それがまた広がっているようです。主よどうか憐れんでください。
主の招きに答えて、すべての人に分け隔てなく等しく与えられる福音を伝え、その受け入れられている安心によって、世界から、差別や偏見も減って行きますように。
主イエス・キリストの御名によって祈り願います。アーメン。
 
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