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【歴史/翻訳】『名もなき兵士(Hayalim Almonim/חַיָּלִים אַלְמוֹנִים)』/それは2000年の宿願、ナチス・ドイツとさえ組むことを欲した一部のユダヤ人の狂奔

戦争が続きます。昔も今も。

そんな叙情的な始まりですが。さて、そうした悲劇惨劇を努めて公平に、冷静に見定めること。このスタンスから、本題へ参りましょう。ヘブライ語の歌の、個人的な翻訳の試みです。


動機・命題・「レヒ」について

『ハヤリム・アルモニム(Hayalim Almonim/חַיָּלִים אַלְמוֹנִים)』という曲があります。英訳題は「Unknown Soldiers(Anonymous Soldiers)」で、したがって「無名戦士」や「無名の兵士」が直訳となりますが、叙情的には「名もなき兵士」としてはどうだろう……と。このような思考ですね。

こういった題名に六芒星とくれば、「イスラエルの軍歌や愛国歌かな」と来ようものですが、劇的に違う点があります。この曲がつくられたのは1932年という点です。

作詞は詩人のアヴラハム・シュテルン。彼はロシア未来派の代表的詩人であるウラジーミル・マヤコフスキーに影響を受けており、豊かな詩藻の向こう側には苛烈な闘争の影が浮かびます。

Avraham Stern

日本語Wikipediaにおいては、「Unknown Soldiers」はこう評されていました。

イルグン、そしてレヒの初めての聖歌として採用された彼の詩「Unknown Soldiers(Anonymous Soldiers)」では、祖国で徴兵もされず「追放」され、逃げ惑いながらも、ユダヤ人たち自ら作った軍隊に参加し、誰に知られることもなく、埋められるためだけに死に物狂いで戦うユダヤ人のことが詠われている。

https://ja.wikipedia.org/wiki/アヴラハム・シュテルン

シュテルンはユダヤ人武装組織「エツェル(イルグン)」の主要メンバーであり、それから過激派組織「レヒ(Lehi)」の創設に参加しました。ただし、正確には、レヒの名称が使われだしたのはシュテルンの死後になります。

「レヒ(לח"י)」はヘブライ語で"あご骨"を意味しますが、これはペリシテ人たちをロバのあご骨で次々に打ち負かした大士師サムソンに由来します。サムソンはその怪力が伝えられる存在で、やがて言語、宗教、文化を越えた力強さの象徴となりました。日本の競走馬の「メイショウサムソン」は、このマイルドな意味から取られた名前を持つ馬ですね。

レヒはまた略称でもあり、「イスラエル解放戦士団」や「イスラエル自由戦士」と訳され、イギリス当局からは「シュテルン・ギャング」と呼称されました。その闘争方針は「復興の18原則」に示されていますが、何より重要な点だけを書き出すと、こうなります。


「レヒは、ナチス・ドイツと協力してでもイギリスへの復讐を成し遂げ、イスラエルは"約束の地"を取り戻す。シオンの地へ、エルサレムの地へと還る。トーラーの『汝彼らを最後の一人まで滅ぼさん』の教えのもとに」


大切な点として、これから知る陰惨な歴史、および今なお続く戦争の惨禍に関する著述は、当然に武力闘争や人種差別を助長することを意図していません。

少なくとも、私の意図としては、現実と理想の調和は個人の艱難辛苦の向こう側。さらに、歴史が積み上げてきた悲喜こもごもを、可能な限り自家薬籠中に収めること。ここが始まりだと思っています。

憎悪を超克するのは甚だ困難です。一方、親愛や友愛だけで、もつれた事態を解決することも不可能でしょう。

私はこんな胡乱なポストをしましたが、「憎しみの連鎖を断つ」というのは、すなわち「誰かの歴史や宿願を強制的に断つ可能性があり、それは取り返しがつかないほどの憤怒を呼び起こすこともある」。このようにも思うのです。連続性を断たれた地に残るのは、真に恐れるべき狂乱と因業であった事実は、折に触れて想起すべき点です。

狂った歴史は、ゲームの中だけで十分です。

ただ、人の想像しえるものは、これも十分に現出しえることを忘れてはいけません。

歌詞(日英)

Jewish Legion

イスラエルはユダヤ人国家であり、それは「ユダヤ人のための国家」としてさえ規定されますが、常に一枚岩であったわけではありません。しかしながら、この『名もなき兵士』については、「国家のために妥協を許さない犠牲を払う覚悟」を信仰のもとに表現した曲として、イスラエルで歌い継がれています。

ヘブライ語はアラビア語と同じ、右から左へ書く言語。どうしても表示が崩れてしまうので、私の個人訳と、冒頭で紹介した動画の英語歌詞を併記します。

先にひとつだけ示しておく歴史的事実として、第一次世界大戦において、大英帝国はインドやオセアニアで大規模な動員を行ったように、主に中東戦域における優位確保を期して「ユダヤ人部隊(Jewish Legion)」も編成しました。

しかし、先の引用にあったとおり、「ユダヤ人という枠組みが欧州史を通しての差別対象であり、結果として志願兵たちは『他ならぬユダヤ人のために戦う組織編成』を行った」こと、そして"Great War"という巨大な肉挽き機で数多の死が積み重なった歴史が背景にあります。

そのうえで、「ユダヤ人だけじゃない、日本人や日系人を含めた無数の人種主義と民族浄化が渦巻いたのが20世紀であり、21世紀の今につながっている」という事実があってもうメチャクチャや。はい、本題へ行きましょうね。


【日本語個人訳】
我らは 恐怖と死の影に取り囲まれた
軍服さえ与えられぬ 名もなき兵士である
我らはみな 永遠の兵役を課せられ
死だけが 我らを解放する

残虐と流血の赤き日々
絶望に満ちた暗黒の夜
町で 村で 我らは旗を掲げよう
「防衛と征服」が刻まれた旗を!

我らは 異国の地で血を流すためだけに
奴隷の軍隊の如く 無闇に兵とはならない
我らが願い それは永遠に自由の子であり続けること
我らが夢 それは我らの同胞のために死ぬこと

残虐と流血の赤き日々
絶望に満ちた暗黒の夜
町を越え 村を越え 我らは旗を掲げよう
「防衛と征服」が刻まれた旗を!

そして 残酷な運命によって
我らが行く手には 無数の障害が存在する
だが いかなる敵も スパイも 監獄も
我らを止めることはできない

残虐と流血の赤き日々
絶望に満ちた暗黒の夜
町を越え 村を越え 我らは旗を掲げよう
「防衛と征服」が刻まれた旗を!

子を失った母の涙で
純粋なる赤子の血で
我らが骸を建材のように固着させ
祖国建設の礎となろう!

残虐と流血の赤き日々
絶望に満ちた暗黒の夜
町を越え 村を越え 我らは旗を掲げよう
「防衛と征服」が刻まれた旗を!

我らは 恐怖と死の影に取り囲まれた
軍服さえ与えられぬ 名もなき兵士である

我らは 恐怖と死の影に取り囲まれた
軍服さえ与えられぬ 名もなき兵士である


【英語歌詞/Ingenさん動画】
We are unknown soldiers, without uniforms,
surrounded by terror and the shadow of death.
We have all been drafted for life,
only death will discharge us from the ranks.

On red days of savagery and blood,
on dark nights of despair,
in the towns, in the villages we will raise our flag,
on which is inscribed: defence and conquest!

We are not drafted at random like an army of slaves,
just to shed our blood on foreign soil.
Our desire: to forever be the sons of freedom!
Our dream: to die for our people!

On red days of savagery and blood,
on dark nights of despair,
over the towns, over the villages we will raise our flag,
on which is inscribed: defence and conquest!

And tons of obstacles from all directions
has been placed on our path by cruel fate;
but enemies, spies and prisons
won't be able to stop us.

On red days of savagery and blood,
on dark nights of despair,
over the towns, over the villages we will raise our flag,
on which is inscribed: defence and conquest!

With the tears of bereaved mothers,
with the blood of pure babies,
like cement we will stick our bodies to the bricks
and the building of the Homeland will be built!

On red days of savagery and blood,
on dark nights of despair,
over the towns, over the villages we will raise our flag,
on which is inscribed: defence and conquest!

We are unknown soldiers, without uniforms,
surrounded by terror and the shadow of death.

We are unknown soldiers, without uniforms,
surrounded by terror and the shadow of death.


狂奔、情熱、犠牲、血風……情念の根源が表れたような歌詞となりました。ただし、すでに英語歌詞の時点で意訳が含まれている様子のため、わずかながら補遺を別項目で追加します。

歌詞(補遺)

Hagana poster from the 1940's

まず、「defence and conquest」をどう訳すかということ。直訳での「防衛と征服」を採用しましたが、歴史的背景を鑑みると、かなり悩ましいところです。

何しろ、防衛の「Defence/Defense」に対応するものとして、「Hagana(ההגנה)」があります。これはヘブライ語における防衛を意味するとともに、1920年に設立し、ほかの過激派組織に比べれば穏健な組織として、現代まで続くイスラエル国防軍の基礎となった同名組織ハガナーも指しているでしょう。

加えて、ユダヤ人にとってのイスラエル、ひいてはエルサレムに代表される当地の防衛は、歴史観と信仰心に基づいた行為なので、横文字での「ハガナー/ハガナ」としたほうが原義には近そうです。

まあ、わかりにくいから直訳しちゃいましたが。

もうひとつが「Conquest」ですね。英単語の第一義は「征服」なわけですが、現代のイスラエルは極端なくらいに「占領(ההגנה)」の意を強調していると言われています。パレスチナ人に代表される各民族との軋轢を経て「奪還」している意識が強いので、このようにもなるでしょう。

ただ、レヒの姿勢が限りなく「イギリスに奪われた地に対するレコンキスタ(再征服)」に近いうえ、イスラエル王国やユダ王国に代表されるように「数千年の戦乱を生き抜いてきたユダヤ民族の本懐」と捉えられている面もあるようなので、ここは征服のほうがむしろ適切かと思案しました。

Hagana

[1]וְאִם אֲנַחְנוּ נִפֹּל בָּרְחוֹבוֹת, בַּבָּתִּים,
[2]וִיקַבְּרוּנוּ בַּלַּיְלָה בַּלָּאט,
[3]בִּמְקוֹמֵנוּ יָבוֹאוּ אַלְפֵי אֲחֵרִים לִלְחֹם וְלִכְבֹּשׁ עֲדֵי עַד

右から書く言語を強引に左に寄せているので、だいぶ読みづらいですが。「そして 残酷な運命によって 我らが行く手には 無数の障害が存在する」と翻訳した部分の歌詞は、もとのヘブライ語版では色彩が異なります。これはドイツ語版wikiでも確認できますが、なんと英語版wikiにはこの歌の記事がありません。珍しい。

わりと国情的に、「ユダヤ人関連のあれこれは、黒色人種、黄色人種、ネイティヴ・アメリカンよりまずい」という判断なのかもしれません。旧Twitterのころから、"Jewish"なんかが一発シャドウバン単語だった事例もありますからね……。

とりわけ、ユダヤ人は「民族的総称」よりも「宗教的(信教的)総称」に分類されることが、「実はほんのり宗教関連で突出したものを持っている合衆国」にとっては危ういラインなのかもと考えてしまいますが、ここらへんは私の思い込みです。

して、戻りまして、上記のヘブライ語歌詞。


もし我らが 家で 街路で 死を迎えたら
我らは 夜の静寂の中で眠りにつく
私たちの代わりに 何千人もの人々が永遠に戦い
防衛と征服の務めを果たすのだ


ルフランの箇所を補うような内容、まさしくテロリズムも含めた闘争を予期させる歌詞となっていますね。もしかしたら、バージョン違いがあるということかもしれません。

最後に、「セメントのように」の部分はだいぶ意訳して「建材」に変えました。日本語の横文字セメントだと、少し気が抜けるかも、と。

逆に、「our bodies」は単に"肉体"ではなく、"骸"とか"遺骸"である可能性が高いと思っています。曲の流れや内容から考えても、明らかに自らの死を厭わぬ内容で整っていますし、何より"bodies"で表現されるのは結構ただごとじゃないですからね。

熱狂を葬る日

Palestine

これはイスラエルの人々にとっては「同胞のために死んでいった父祖の歌」であり、「これからの未来を誓う歌」です。

一方、明確に利害が対立する諸民族、諸国家に属する人々にとっては、「憎悪すべき暴力主義の象徴」でもあるでしょう。

その責任について、大英帝国が断末魔とともに執行した"三枚舌外交"に求めるのは簡単ですが、いずれにせよ"修正されたシオニズム"とも呼ばれる運動が勃興していた時代性を考えれば、どんな状況でもこのような道へたどり着いてしまったのかもしれません。

そも、ユダヤ人のなかでも「アシュケナジム」と「セファルディム」の大別ですら、意見や社会性に留まらず、たどってきた歴史にまで相違がある点を考慮する必要があるでしょう。

寄り添えば巻き込まれる。

傍観すれども渦は止まらない。

然るに何もできないのかというと、そうでもなく。「知る」と「考える」。これができるのが、少なくともルビコンの対岸にいる者にできることです。

テロリズムや危険思想は全部ね、ゲームのなかにぶん投げましょう。この世界がSCP財団の演繹部門的な構造だったらえらいこっちゃですが、ともあれ、狂気のシミュレートは仮想空間に任せるに限るわけです。死と狂気を孕む熱狂よ、永久にこの世ならざりし空間の「防衛と征服」を務めたまえ!

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