【雑記】サイバーエージェントのゲーム事業赤字を求人情報からぼんやり考える
Twitter(X)でもニュースになったこちらの話題。株式会社サイバーエージェントの第3四半期決算でゲーム事業が赤字に転落。
● 主力IPである"ウマ娘"運営の不手際と不誠実によるユーザー離れ
● 原神・ブルーアーカイブ・崩壊:スターレイル・NIKKEといった高予算海外ゲームとの競合
● 人件費や広告費の増加、ひいては新規IPへの注力の可能性
といった推測が立てられていますね。
個人的に、この「ゆっくりウマ娘」さんの動画は、その過激な言動もあって賛否両論はあれど、着眼点が興味深いのでよく見ています。少なくとも、コンテンツの懸念点を指摘し、データを提示して論説をつくられているので、感性に頼っている私の競馬予想よりだいぶ高級でしょう。
他方、逆風を乗り越えて誕生や中興を果たすのが、歴史に残るコンテンツとも言えます。ゲーム『ウマ娘』自体が、2018年からの「長いリリース延期」を乗り越えて"感動のサービスローンチと爆発的流行"を果たした存在です。
その点、この「とくにないです」さんの"比類なき『うまぴょい』の謎"シリーズはテンポよく『ウマ娘』コンテンツの歴史を追体験できるので、おすすめです。
と、すでに先人がわかりやすく現状の問題に触れたり、とりわけ語られやすい『ウマ娘』まわりの問題や展望や希望に触れたりしているので、私は別の観点からのアプローチを試みました。
【テーマ】
「サイバーエージェントと競合の求人情報から比較して"人材確保"の面から考えてみる」
こぎゃん感じです。
結論を簡単に書いておきます。
サイバーエージェントは、なおも有望な企業である
サイバーエージェント激務説、給料安い説、昇給渋い説、概ねあってる
問題の根源にあるのは、"不誠実"な運営手法ではないか
人材戦略および評価制度における長期的な見直しが望まれる
あとは最後の見出しである「誠実と不誠実」だけでも、論旨は補完できます。
ということで、いってみましょう。
■発想の説明
株式会社サイバーエージェントは、人材派遣会社インテリジェンス(現:パーソルキャリア)の社員だった藤田晋氏が、1998年3月に創業したIT企業です。現在も藤田氏は代表取締役を務め、セレクトセールで良血馬を高額で落札するなど話題になっています。
サイバーエージェントグループ、すなわち連結役職員および臨時雇用人員のすべてを合計した数は1万人を超えるほど。今回のニュースで話題となったゲーム事業は、2,300人超の主力事業として成長しています。
このサイバーエージェントのゲーム事業で、多くのキラータイトルを保持しているのが「株式会社Cygames(サイゲームス)」であり、多角的なメディアミックス戦略によるIP育成で強固な地盤を築いてきました。
とはいえ、昨今は中国の『原神』が開発費100億円以上で話題になり、しかも投資に見合うどころではない、数千億円規模の売上を世界で達成。国境を越えて席巻するお化けタイトルになりました。
現在、これだけの予算をゲーム事業に投じられる日本の企業は、基本的にないだろうと考えられています。
「それはすなわち、有望な人材を獲得、育成、保持する人件費の面においても、差がついているのではないか」
そう考えたのが、今回の記事のアプローチにいたった理由でした。かつて、ライターとして日本企業の「給与面を中心とした待遇」を特集する仕事を請け負っていたので、そうしたことも今回の発想の源泉と言えるでしょう。
■サイバーエージェントの給与面における基本情報
2022年12月の有価証券報告書をベースとして確認すると、サイバーエージェントの平均年収は約817万円です。高く見えますね。
ですが、サイバーエージェントの場合は「からくり」がある点に留意せねばなりません。後段で説明します。
サイバーエージェントの新卒募集要項を見てみましょう。サイバーエージェントの採用体系としては、「ビジネスコース」「エンジニアコース」「クリエイターコース」の3ルートが設けられています。
<ビジネスコース>
本社機能部門、企画提案や広告戦略などの営業、ゲーム部門の統括、人事や法務などのバックオフィス
<エンジニアコース>
ゲーム部門の開発、「ABEMA」「アメブロ」「WINTICKET」といった主力サービスの開発
<クリエイターコース>
アート、UI・UXデザイン、ゲームグラフィック制作、CG・映像制作
ざっくり分けると、このような感じになるでしょうか。給与体系はコース別に違うものの、最低額は共通しています。ただ、ここは公式サイトが載せているとおり、3つのコースの初任給概要を簡易版にして列挙しましょう。
<ビジネスコース>
42万円/月(年俸制504万円)
<エンジニアコース>
通常給与体系:最低年俸504万円~
エキスパート:最低年俸720万円~
※エキスパートは、高度技術を実績や論文や就業経験で認められた人材
<クリエイターコース>
42万円/月(年俸制504万円)
日本はIT人材が不足していると言われますが、サイバーエージェントもその点での危機感は有しており、私が調査した数年前からエキスパート優遇は行っていました。これは今も継続しているようですね。
ここで鍵になるのは「年俸制」です。先ほど「からくり」と表現したのは、この年俸制になります。
上記のとおり、サイバーエージェントの給与は額面ではすごく良いのですが、この年俸制がネック。固定残業代が含まれているタイプであり、賞与も基本的に存在しないため、「なんか頑張っても報われない」という声が以前から多数あがっていました。
また、高額な給与を得られるエンジニアほど同業他社や他業界から引く手あまたであり、「キャリアプランを立てて転職を繰り返したほうが、どんどん給与が上がりやすい」とも言われています。
もっとも、この路線に乗れるのは本当に一部の人だけでしょう。それこそ国内であれば、「グーグル合同会社(平均年収1,550万円)」のような世界企業も狙えるレベル、そのように推察されます。
グーグルの例は極端にしても、日本のゲーム業界は基本的に給与テーブルが弱いです。アニメ業界と同様に、「やりがいで補填しないとやっていけない」という退職者や転職者の声が常態化しており、いわんや一般社員をやといったところでしょう。サイバーエージェントは、それでも恵まれたほうではありますが。
ちなみに、サイバーエージェントの年俸に含まれる固定残業代。これは「80時間ぶんの残業代」です。国が認めた"過労死ライン"じゃないか。たまげたなあ。
■サイバーエージェントの職種別年収比較
さらに一歩進んで、サイバーエージェントの職種別年収を紐解きましょう。現役社員や元社員の回答が確認できる「Openwork」の情報などを使います。
また、転職サイトのアフィリエイト狙いの記事があるので、それらのデータも確認して推計をすりあわせていきます。
[営業]
<平均年収>630(万円)
<年収範囲>350-1,300(万円)
[エンジニア]
<平均年収>640(万円)
<年収範囲>450-1,000(万円)
[プランナー]
<平均年収>540(万円)
<年収範囲>400-800(万円)
[デザイナー]
<平均年収>500(万円)
<年収範囲>400-610(万円)
[プロデューサー]
<平均年収>560(万円)
<年収範囲>400-800(万円)
[マーケティング]
<平均年収>720(万円)
<年収範囲>450-1,080(万円)
[企画]
<平均年収>510(万円)
<年収範囲>360-680(万円)
[広告]
<平均年収>640(万円)
<年収範囲>400-920(万円)
[ディレクター]
<平均年収>640(万円)
<年収範囲>450-820(万円)
営業は本社機能に属するため、役員級も含まれているのが幅の大きさに表れていますね。個人的に注目しているのがプランナーとプロデューサーの安さ。
最初に紹介した"ゆっくりウマ娘"さんの動画で、統括している上位社員がアニメに注力しすぎたのではないかという仮説を提示しておられました。
ただ、サイバーエージェントの会社機構にもよりますが、今回のゲーム部門の大幅減益は、もっと根深い構造的な問題である可能性を考えてしまいます。極端な比喩ではありますが、WW1の協商国が西部戦線において陥った、「指揮系統が複数存在しており、総司令部がその機能を十全に果たせない状態」です。
加えて、もうひとつ考えているのが「組織改編の悪癖」です。日本がなぜ「失われた30年」に陥り、またそこから決定的に脱却できていないかについて、海外の経済学者や経営者が多くの著書を出し、複数が翻訳されています。もっとも、「まずお前の国を何とかしろ」パターンもあるので、読む際にはフラットにいかねばならないテーマでもありますね。
よく知られている「守成しか知らないため、新規事業を興せる人材が減ってしまった」というのもそうですし、「人員削減による経費削減が、経営者を評価する土壌になってしまった」というのもそうですが、これは日本特有ではなく、むしろ海外も含めた失敗でした。ステイツの経営者は、ホント怖いっスね。忌憚のない意見ってやつっス。
そうしたなか、日本企業が海外企業以上に持ちやすい"悪癖"として紹介されていたのが、「組織改編が大好き問題」です。ひいては、「"組織論"と"組織改革"という概念が好きすぎる問題」でもあるでしょう。
「名刺を刷り直すためだけに、毎年のように組織改編をしているのではないか」「まずい経営をした上層部の責任をごまかす技術の賜物だ」などと書かれていました。心当たりあるわぁ。
もちろん、それが効果的な場合はあります。しかし、仕事のための仕事が組織の能率を悪化させるように、行き過ぎた組織改編は大規模なプロジェクトのスムーズな進行と構築を阻害し、指揮系統を複数に渡って生み出し、合意形成を甚だ困難にします。
現在、それが起きているとは断言できません。むしろ、その材料が出てきているわけでもないので、可能性のひとつに留まります。私にできるのは、「なんかいい感じの来期目標をグラフにするためだけの組織改編」に手を付けていないこと、それを祈るだけです。
この制度が乱発されているという口コミも見ましたが、うん、理念はとてもいいと思うので。理念は……。
ちなみに、こういう社内制度の「こねくり回し」もあまり良くない、と"ものの本"で批判されていることが多いです。そうは言っても、上手くいけば称賛されるでしょうし、ダメなら批判される。それだけですね。ええ、今回の四半期では上手くいかなかったし、今までの積み重ねが出た感があるので、ざわ‥‥ざわ‥‥し始めているわけですけどね。
■サイバーエージェントの激務疑惑
2021年2月に公開された就活会議の動画。サイバーエージェントは昔から「渋谷のパリピ」「陽キャ」「顔採用」と揶揄される部分が多いわけですが……。
● 東京大学工学部卒業
● 学生時代から海外も含めたインターンに傘下
● 新卒でサイバーエージェントのエンジニアコースへ入社
● 動画撮影時点現在で退職して独立起業
というキャリアの方を招き、サイバーエージェントの実態に迫る内容です。65%がビジネス採用、30%がエンジニア採用、5%がデザイナー採用と話をされていますね。デザイナー分野はアウトソーシングが多そうですから、うなずける話です。
このあたり、「大企業病」とまでは言わずとも、かなり組織としての硬直化が起きつつあるのを感じますね。
また、この動画のなかでエキスパート採用になった人材例が出てきますが、それこそ今は花形の「AIエンジニア」や「データサイエンティスト」といった職種が挙げられます。
ただ、AIエンジニアもそうですし、特にデータサイエンティストのほうをGoogleの検索欄に入力するとわかるのですが、「やめとけ」がサジェストされます。なぜなら「高責任・高収入・超激務」の代表格だからです。
しかも、サイバーエージェントは「昇給しない」「昇給しても渋い」ことで有名です。これは先だっての給与レンジでもわかりますし、サイバーエージェントのグレード制を調べていただけると一目瞭然になるでしょう。
で、そんな環境にあるにもかかわらず、「すでに月80時間の固定残業代が上乗せされた状況」があるので……。
伸び盛りの企業、IT企業、平均年齢が若い企業。これらは元気であり、活力があり、上下関係がゆるいというメリットがあります。サイバーエージェントはこの点で魅力的です。そして、精力的な人材が期待され、そこには熱烈な残業が織り込まれることもある。これらは表裏一体であるパターンが多いのも、厳然たる事実でしょう。
サイバーエージェントは社内ベンチャーを推進し、同時に独立起業を志向する人材が多いことも、流動性の高さゆえに開発力が安定しない状況を生む可能性があります。
悲惨なのは、この流動性が現場レベルにのみ残存し、マネジメント層は雇用的にも思考的にも固着化したうえ、決して優秀とはいえない……有り体に言えば拙劣な人事査定やプロジェクト管理をやらかすことです。優秀な人ほど、泥舟からは早々に逃げ出すものです。
■競合他社の求人情報と給与体系
表題のとおりです。単純な年収やその他の条件での比較で、企業価値が決定するわけではありません。しかし、"人"という資産は、特に高い確度で転職できるだけのハイクラスな人材は、必然的に求人情報からその価値を判断するでしょう。
ならば、そこで示されている待遇、すなわち企業が提示できる"見返り"は、サイバーエージェントの顕在している競合、また潜在的な競合との魅力の差を図る材料のひとつになりえます。この考えに沿って、いくつかの候補をピックアップしました。
◎HoYoverse
miHoYoが海外での自由な企業活動を実現するために設立した企業であり、実質的な運営主体になっていると考えられます。したがって、同社のリクルートは中国語人材のみならず、国際的に通用する英語人材を前提としたものまで広がっています。
HoYoverseはアメリカ西海岸のロサンゼルスに拠点を置いており、ここの採用情報は個々人に適宜あった給与を提示しているため、事前のサラリー情報が開示されていません。
ただし、求人サイトの『原神』チームに関するNational Averageによれば、「時給26ドル(1ドル=141円換算で"3,666円")」であることが示されています。あくまでも、これは『原神(Genshin Impact)』チームに関するもの、しかもリモート勤務も含めたものであり、平均ゆえにゆらぎがある点にご留意ください。
でも、フルリモート勤務160時間の単純計算で月給586,560円、さらに12ヶ月の年収703万円、固定残業代計算なしと書くと、夢がありますね。机上の計算で留まっていられるあいだだけ見られる、淡い夢です。
◎SHIFT UP
バラ色ばかりでもないのがこの業界で、また世界の実相かもしれません。『勝利の女神:NIKKE』や『デスティニーチャイルド』を開発しているSHIFT UPは韓国の会社であり、昨年2022年12月には中国のテンセントが株式の2割を取得したことでも話題になりました。
そんなSHIFT UPも、基本的に給与は面談後決定だったために確認できなかったわけですが……。
韓国の情報サイトである「メギョンドットコム」、2021年12月28日の記事。韓国国内のエンジニアの平均年俸は5,700万ウォン(1円=9ウォン換算で約633万円)、しかも超過勤務が10人に8人と常態化している趣旨です。
ゲーム業界に限らず、またプログラミング言語も複数含んでいるため、大いに参考になるデータとまでは言えません。ただ、優秀な開発人材は仕事量もたっぷりという現実が待っているようです。
◎任天堂
現実的で明快な比較のため、国内企業に目を向けましょう。日本のゲーム業界における巨人、京都府の任天堂です。
【初任給】
[大学院卒(博士)]
284,000円/月
[大学院卒(修士)]
267,000円/月
[大学卒]
256,000円/月
[高専・短大・専門卒]
233,000円/月
【賞与】
年2回(合計8ヶ月分)
【平均年間給与】
985万円(2023年3月現在/正社員のみ)
初任給も高めなうえ、夏4ヶ月と冬4ヶ月、合計8ヶ月の賞与が強烈です。また、昭和からある日本企業らしく年功序列の風土があるものの、それゆえに今の時代にはかえって適合しやすいという評判も散見されます。福利厚生制度も選択型を採用しており、個人にあった内容を選べるのが強みでしょう。
一方、評価システムにはいささかの難がある様子で、退職者を中心として不満を訴える声が見られました。それでも、いくつかの老舗ゲームメーカーが苦境にあえぐなか、今なお世界レベルで戦えるゲームを送り出せている任天堂は人気企業であり、この業界における最大の人材争奪の競合と言えます。
◎コロプラ
めったなことで怒らない任天堂をキレさせた、「特許権侵害訴訟を食らった企業」の先輩であるコロプラについても、その給与面から見てみましょう。
【初任給】
[大学院卒]
300,000円/月
[大学卒・3年制専門卒]
280,000円/月
[高専・2年制専門卒]
260,000円/月
※それぞれ、みなし残業45時間含む
【賞与】
年2回(合計2-4ヶ月分)
【平均年間給与】
約580万円
賞与は業績変動。ちなみに、サイバーエージェントも業績によっては賞与が出ると謳っていましたが、ABEMA赤字連発時代からほとんど支給実績がなくなったようで、その点での愚痴も多く見られました。
コロプラに戻りましょう。こちらはみなし残業45時間。時世が時世なので、36協定はかっちり遵守させる傾向にあるようです。他方で、家賃補助などの恵まれた福利厚生が徐々に無くなっているという情報もあり、業界の厳しい状況を反映しているのかもしれません。
他方、コロプラで特徴的な福利厚生が「無限バナナ」。ニュースバリューのある新規施策だからか、2022年の導入時のプレスリリースが見つかりました。私はかつてプレスリリースを書く業務をやっていましたが、なるほど、無限バナナのプレスリリースは楽しく書けそうです。そこまでに抱えているタスクで疲弊していなければ。
無限バナナの概要はこんな感じ。なんだかバナナが食べたくなってきました。この無限バナナ制度、もとは2022年2月のオフィス移転を契機として「無限バナナβ版」を試験運用。好評だったために、本制度へと正式に採用されたようです。
「健康管理支援ポータル」を整備するなど、「残業が多い」と噂されていた以前に比べて、従業員の労働環境は改善されているのかもしれません。もっとも、噂を聞いたのが同業他社に在籍していたころの私の個人的な経験ベースなので、その点はソースとしてガバガバですが。
転職情報サイトの退職者口コミを見ても、近年のほうが評価が改善しています。『白猫プロジェクト』のインフレがさんざんに言われるものの、『白猫プロジェクト』『アリス・ギア・アイギス』『クイズRPG 魔法使いと黒猫のウィズ』など有名IPを複数抱えているだけに、安定感のある経営へ移行しようとしているのでしょう。
なお、力を入れてスタートした『最果てのバベル』で、開幕ヤラセ課金でのセルラン操作をやらかし、1年もたずにサービス終了へと導いたのもコロプラくんでした。2019年でしたね。
「三日会わざれば刮目して見よ」とも言いますので、「三年経ったら悪貨を投げ捨てた」可能性も信じてみたいところです。
■サイバーエージェントの再評価
実際のところ、サイバーエージェント自体は現在も活気に満ちた企業であり、多くの志望者にとっての魅力を抱えたグループであると考えています。これは長期に渡るブランディングの成果であり、実際にゲーム事業に限っても、長年に渡って運営しているIPが複数あることからもわかります。
もちろん、その長期運営タイトルの多くが赤字で、しかもそれらを支えるはずの『ウマ娘』が運営開始2年と半年でもろもろやらかすという、ステイヤーズSの1周目で仕掛けちゃった案件を彷彿とさせる現況は重要です。
しかし、覆水は盆に返りませんし、動いているプロジェクトを止めるわけにもいきません。プロジェクトが大きくなればなるほど、患部の切除は慎重に行わないと、えげつない結果を招来する可能性があります。
そのうえで、サイバーエージェントを取り巻く環境における注目点があります。「日本企業であり、日本語を母語とする人材が使える」、自然言語における強みです。
日本語は言語学の面でも謎多き言語で、インド・ヨーロッパ語族に属する言語話者からは習得が困難な代物です。これはもちろん世界に打って出るにあたってのディスアドバンテージですが、同時に容易に国内の人材が流出しないアドバンテージにもなりえます。
もっとも、優秀な人は早々に英語を習得して外へ行っちゃうんですが、この際そこは見なかったことにしましょう。
上記では自然言語の話をしましたが、プログラミング言語においても状況は似通っています。日本は国が主導でIT教育の旗を振っていますが、それで高度IT人材が速成されないであろうことが想定されます。
すなわち、有望な人材は人気企業や先進分野に集まるでしょう。この点において、サイバーエージェントはまだ集まりやすい条件を有しています。まだ、ですが。
採用情報を見る限り、プログラミング言語の面では"Go"、"Java"、"Scala"、"PHP"、"Rust"、"Kotlin"といった成長言語と安定言語に加え、"Node.js"、"AWS"、"Docker"といった技術キーワードが提示されており、今後の技術戦略が垣間見えます。
実際、「機械学習エンジニア」には特に力を入れて別枠が設けられていることからも、先進人材確保と新規事業の開拓を積極的に推進している点が推測されます。
2023年、一橋大学には72年ぶりとなる新設学部、「ソーシャル・データサイエンス学部・研究科」が生まれました。
このほか、順天堂大学の「健康データサイエンス学部」、神奈川大学の「情報学部」など、IT系の教育熱に応える動きが加速しています。
サイバーエージェントの採用戦略には、既存の高度人材はもとより、こうした教育機関から輩出される人材の確保という狙いも存在しているでしょう。IT企業には珍しい福利厚生の充実も以前より進んでおり、旧来の日本企業の良い部分に倣う動きが見られます。
特に、従来よりサイバーエージェントは「女性の働きやすい企業」の代表格でした。それこそ北欧ほどではないにしても、「女性活躍促進制度 macalonパッケージ」を用意するなど、旗振りだけに終わらない制度設計を実施しています。
既存にせよ新規にせよ、女性やトランスジェンダーの高度人材を受け入れる土壌が整備されることは、長期的な視野から見ても相当に良好な戦略になるでしょう。DeNAの南場智子会長にも負けない、それこそGoogleの元副社長であるマリッサ・メイヤーさんのような輝く才能が現れるかもしれません。
■誠実と不誠実
昭和の名経営者と呼ばれる人は複数いますが、本田宗一郎さんは「名経営者」の枠に入れるには何か違うけれど、抗いがたい魅力がある。そういう人物でしょう。本田技研工業(HONDA)の「名経営者」枠なら、やはり藤澤武夫さんのほうをあげるのが適切というものです。
それでも、HONDAをHONDAたらしめるためには、本田社長なくして考えられませんでした。彼の言葉に、こういうものがあります。
これはHONDA公式サイトに載っているもの。一方、そんな本田社長に見出されたデザイナーにして、のちに常務取締役まで出世した岩倉信弥さんに言わせれば、このようになります。
こちらのほうが、かなり「本田宗一郎らしさ」を感じますね。全品検査から統計学に則った抜取検査にしてはどうかと若手社員に提案されたとき、こうした言葉が返ってきたということです。
パフォーマンスの良い考え方ではありません。いかにも昭和ではあります。それでも、全品検査のほうが不良品発見率が有意に向上するという確信があり、そういう時代でもあったでしょう。そのうえで、人情が情熱につながり、情熱が品質につながる時節なれば、この言葉はより重みを増すのです。
そのうえで、私は思うのです。
ゲーム『ウマ娘』はいくつもの失敗をしでかしました。それらがもたらした、最も大きい過ちは、「ユーザーに対して"不誠実"であったこと」だと認識しています。
極論を言えば、この12ヶ月で1%どころか10%ほどのミスをし、「『1ヶ月後には100%の不良品になるもの』を"100%のユーザー"に売りつけた」ことさえありました。
私個人の感覚ですが、プロデューサーレターはあってもなくても構わないものの、温かみがあるメッセージは好きです。運営からの適切で定期的な情報共有は、実に好ましく思います。何より、"誠実"な対応は悪感情を和らげ、「抜き打ち的にサービスを終了するのでは」という疑念を弱めてくれます。
短い時とはいえ、ソーシャルゲーム業界に関わった者としては暴論なのですが、これらソーシャルゲームはデジタルデータに過ぎません。未来に対して利益になりにくいものを、高額で買っていただくわけです。
それでも、人はそこに"価値"を見いだします。現場のスタッフは誇りをもって、その"価値"を提供することを望みます。顧客にも運営にも最良で最高の"思い出"が残るのは、アナログでもデジタルでも兌換不可能な究極の価値といえるでしょう。
不誠実はこの関係性を破壊し、美しい夢に終わりをもたらします。どんなに魅力的なストーリーやキャラクターがいたとしても、いえ、むしろ愛が深ければ深いほどに、裏切られたときの憎しみは想像を絶するものになるのです。
私はまたVTuberコンテンツも楽しんで拝見し、時にスーパーチャットなどでの支援活動も行います。なるほど、見返りなき出費ほどに虚しい行動もないかもしれません。そこに込めた想いは様々でしょうが、私は"納得"の消費であれば、自然なものだと考えています。
それはタイムパフォーマンスを無視した、"納得"の結実なのです。コンサートを楽しむ、本を買う、おいしいものを食べる。そういった対価のひとつの形に過ぎません。
一瞬だけ脇道に逸れますが、コストパフォーマンスの良い対価をお求めなら、チェーホフを読みましょう。ええ、チェーホフの四大戯曲を。『かもめ』『ワーニャ伯父さん』『桜の園』『三人姉妹』。新潮文庫なら2冊、1,000円強で済みます。読書がお好きで未読なら、同じ新潮文庫から渉猟して、筒井康隆パワーが炸裂する『虚航船団』もおすすめです。
締めに戻ります。上記のほのかな心の炎のように、何物にも代え難い一生の歴史ができる。これが金銭を媒介とした諸活動の利点です。不誠実はこの可能性を閉ざしてしまう。実に悲しい話です。
サイバーエージェントグループのゲーム事業、とりわけサイゲームスは「昔から露骨な集金モードに入ることがあった」と言われます。それはビジネスの方針ではありますが、えげつない売り方をしてきた事実も踏まえれば、不誠実であろうと考えざるを得ません。
それらが積み重なれば、共同幻想としてのコンテンツ醸成は崩れ落ち、集金システムと化したIPが複数残るのみです。
良い夢をつくろうではありませんか。私はサイレンススズカが永遠のお気に入りである身として、「沈黙の日曜日」ではなく、「栄光の日曜日」を見せてくれたこのコンテンツが好きなのですから。
そして、その夢はデベロッパーが最もよく提供できるはずであり、同時に「ユーザーである自分たちのほうが愛にあふれ、理解に満ちたものをつくれる」と考えられた時点で終わりを迎えてしまいます。
私はもうチェーホフを開き、さらにガルシア=マルケスを求め始めてしまいましたが、今なお素敵な時間を紡いでいる皆さんがいらっしゃいます。
そのために、各IPが明晰な指揮系統のもとで戦略を立てられるかどうか。計画を実行するために必要な人材獲得と教育、および適切な評価制度を構築できるかどうか。
少なくとも、あらゆる積み重ねの根源を解消するときが来ているのかもしれない。そのように感じた次第です。
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