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心はどこにあるのだろう?



本題の前に少しお知らせ
先日サイトを作りました。
我々MSの書く小説を置いています
是非一度覗いてみてください。
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さて本題。


“心”
色も形もないソレを僕らは確かに知っている。
誰も見たことはないが誰もが知っている不思議な存在。”心”
最近見たアニメ”まどマギ”に登場する地球外生命体のキュウベェが言っていた。「感情とは精神疾患だ」と。

そう
“心”とは病だ。
道端に咲く花を儚く思ったり、夕日に目を奪われたり、友情や愛に溺れ一喜一憂する。
反面自分の思い通りにならないと人を傷つけたりもする。
僕らを動かす厄介な原動力。

僕らが何か行動を起こす時、必ず顔を出すソイツは一体どこにあるのだろう。
頭? 心臓? それとももっと別のどこか?


手塚治虫の描いたロボットゲジヒトは言った「私は胸がいっぱいなった……ロボットの私が……」と。

押井守の描いた攻殻機動隊において草薙素子は言った「もし電脳それ自体がゴーストを生み出し、魂を宿すとしたら。その時は、何を根拠に自分を信じるべきだと思う?」と。

彼らは全く違う存在だ。
かたやロボットが感情めいたものを獲得し、もう一方では人間が電脳化やサイボーグ化を成し遂げた存在だ。
日本のアニメ漫画文化の中ではこう言った存在がしばしば登場する。
そして彼らの抱く悩みとは大抵が”心のありか”であり、”私は何者なのか?”である。

僕もその問題を抱えている。
いや、きっと誰もが考えたことはあるのだろう

少し話は変わるが最近漫画を読んだ。
「僕の心のヤバいやつ」という中学生同士の恋愛漫画だ。

僕は30を目前にしたオッサンだが、時折こういった淡い恋に触れたくなっていまう。
ちょっとキモい

もう叶わない初々しさを懐かしんでか、はたまた世相の汚さから目を背けたくて純粋な子供体に癒されたいのかは定かではないが。
2,3年に一回ほどこういった精神状態の時があるのだ。

平たく言えばキュンキュンしたいのだ。。。

キモい

純粋無垢な中学生の恋愛はなぜだか無性に愛おしくなる。
そして胸の辺りが締め付けられる。

そして思った

「あぁそうか、心は胸にあるのだ」と。

でも同時に疑問に思った。

「中学生の恋愛を尊いと感じるのはその経験を儚く思える頭(脳みそ)があるからでは?」と。

また、これだ。

どこにあるのか分からない。

”心のありか”は一体どこなのだろう?

所在のわからないソレを探す旅はもう少しだけ続きそうなのである。



さて、冒頭にも触れましたが我々MSは現在小説を執筆中です。
小説の内容や設定などYoutubeで発信しているので小説とあわせて是非一度見てみてください
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