ポッドキャストで感じるミライ:日本IBM山口明夫社長が語るテクノロジー、社会
ポッドキャスト『日本IBM 誰かに話したくなる“ミライ”の話』を聞いて、ふと感じたことがある。それは、テクノロジーがもはや効率化を追求するだけでなく、倫理的な視点を意識し、社会を良くするために活用されるべきだということである。これからのテクノロジー企業に求められる姿勢も、我々の期待も大きく変わっていくだろう。このポッドキャストでは、日本IBMの最高技術責任者である森本典繁氏が「Future of Computing」について語り、日本IBMで量子コンピューターをリードするHanhee Paik氏が「量子コンピューティングの科学」について解説する。最先端のテクノロジーを学ぶには、まさにうってつけの場である。
その中でも特に印象的だったのが、日本IBMの山口明夫社長が語る「IBMが目指す未来」である。山口社長は、テクノロジーの進化の先に広がる社会の変化と、それが私たち一人一人の生活をどう豊かにするのかという視点をわかりやすく描いている。量子コンピューターなど、一見すると遠い未来の話も、社長の説明を聞いていると、どこか身近に感じられる。山口社長が語る「ミライ」とは、単なる技術革新にとどまらず、社会全体をより良くするための力強いビジョンが込められており、ポッドキャストを聞きながら思わずうなずき続けてしまった。
この記事では、ポッドキャストの中で語られた未来に向けたIBMのビジョンを、日本IBMの山口明夫社長の言葉を元に紐解き、テクノロジーがどのように進化し、社会にどのように貢献していくのかを深掘りする。山口社長は、IBMで培った豊富な知識と世界最高峰の研究者たちとの対話を通じて、また、日本の官公庁や企業トップと直接議論を交わしながら、その視点を常にアップデートしている。だからこそ、ポッドキャストで彼の話を聞けるのは、贅沢でワクワクする体験である。私たちがどんな未来を迎えるのか、その一端を感じることができる貴重な機会である。ナビゲーターは、日本IBMの藤森慶太氏である。
「社会と共に」テクノロジーで世界をより豊かな未来へ導く
IBMは創業当時から『社会とともに』という理念を掲げ、100年以上にわたり強みである技術力と人財を生かし、『公平、多様、寛容かつ公正な世界を築くこと』と『テクノロジーで世界をより豊かな未来へ導くこと』に注力している。アポロ11号が月面に着陸し、地球に帰還するための精密な軌道計算に、IBMのコンピューターとエンジニアたちが活躍していたことが象徴的だが、人類の未来を開拓し、社会を推進している。
現在、五つの価値共創領域を重点領域として設けている。この五つはIBMが単独で創造するのでなく、お客様やパートナー企業、政府、 学術・研究機関、コミュニティーなどと共に創出するものだという。私が注目したのは、4番目の部分、ポッドキャストの中では「未来のコンピューターを作る」と紹介された量子コンピューターを紹介するシーンだ。
今後注目されるテクノロジーの一つが量子コンピューターだろう。だが、まだ利用メリットなどがいまいちピンとこない。山口社長は、ポッドキャストの中で量子コンピューターの可能性をわかりやすく説明するために、次のように例えを用いて説明をしてくれた。
量子コンピューターと従来のコンピューターの違い — 山口社長の例え話
山口:「量子コンピューターについていきなり量子ビットや量子もつれを話すと、難しいと感じるんですよね。実際、YouTubeで量子もつれの話を見ても、ほとんどの人にはわかりづらい。だから、こうした例えを使って説明することにしています」
山口社長は、量子コンピューターの違いを「移動手段」に例えてポッドキャストの中で説明する。従来のコンピューターと量子コンピューターを、人間の移動手段に置き換えて考える。例えば、静岡県から東京に移動する時、車で移動することもできれば、新幹線や将来的にはリニアモーターカーもある。これが、従来のコンピューターに相当するそうだ。新幹線が最速の移動方法だとしたら、これは従来のスーパーコンピューターに当たる。しかし、どれだけ速くても、新幹線やリニアでは東京に到着した後、ニューヨークや月に行くことはできない。
「量子コンピューターは、まるで空を飛べる飛行機のようなものです。地上の移動手段とは違って、空を飛ぶことができる。その移動はどれも『移動』という意味では同じですが、量子コンピューターは全く新しい可能性を秘めているのです」と山口社長は説明を続ける。
さらに、量子コンピューターと従来のコンピューターは共存するものであるとし、両者が協力することで今まで到達できなかった領域に行けるようになると強調する。「量子コンピューターと従来のコンピューターが共に機能することによって、人類はこれまで体験できなかったような体験をすることができ、まだ発見されていない何かを発見することができるでしょう」「今、私たちはできるだけ早く進むための研究をしていますが、量子コンピューターには、まだ解明されていないものを見つける力があります。量子コンピューターを使うことで、未知の問題を解決し、火星や月に行くために必要な答えを導き出せるかもしれません」と語り、その影響が新たな産業を生み出す可能性も示唆する。
当ポッドキャストを聞いて新しいもの好きとしてワクワクしたのが、従来コンピューター、量子コンピューターの先に「人間の脳を模したコンピューター」の開発の話だ。
人間の脳は、飴一個で動く。「人間の脳は消費電力が少ない、現在のコンピューターの10000分の一の消費電力で動く。量子コンピューターと従来のコンピューター、そして人間の脳を模したコンピューターが協力し合うことで、全く新しい解決策を見つけ出すことができるようになる」と山口社長は語る。従来のコンピューター、量子コンピューター、将来的な脳コンピューター、そしてAIが相互に作用し、問題解決への新しいアプローチを提供する未来が到来すると現在我々が悩んでいることが解決されていくのだろう。人類の進化史が脳内で広がっていく。
倫理的な判断と社会貢献
IBMがテクノロジーの開発において重視しているのは、その機能性や利便性だけでなく、倫理的な側面だ。ポッドキャストの中で山口社長は、顔認証技術を開発したものの、それが引き起こす可能性のある社会的な不平等感を理由に、その開発を中止したことを明かした。「顔認証技術の開発を進めていく中で、人種によって認識率に差があることが分かりました。その結果、社会に不平等感を与える可能性があるという理由で開発を中止しました」と語る社長の言葉は、単なるテクノロジーの利便性を追求するのではなく、その技術が社会全体に与える影響について深く考慮していることを表す。これは、テクノロジー開発において倫理が欠かせないというIBMの企業文化を反映していると言えるだろう。
テクノロジーが急速に進化しているからこそ、テクノロジーの進化が社会に与える影響を考え、それに伴う倫理的な責任を負う姿勢は今後求められていくべきだとポッドキャストを聞いていて感じる。
社長の人間らしさに触れるポッドキャストの魅力
山口社長の人間らしさに触れる部分も、ポッドキャストの醍醐味だろう。あるお客様からの言葉を引き合いに、「山口さんのところ(日本IBM)のメンバー、テクノロジーが進化した先の業界の未来が見えているのだから、もっと踏み込んで積極的に提案してきてほしい」と言われたそうだ。社長はこの言葉を受けて、「これからはお客様の御用聞きではダメだ、自分で考えて行動する社員や若手が出てくることを期待している」と話した上で、「お客様と近しい距離を築けば、提案がより響くようになる。信頼関係を作ることだ。もちろん、お客様からダメだよって言われることもあるが、それが関係をより深くする。そうやって一生の仲間ができていく」と語る。その後、藤森氏から「お客様にダメを言われると堪えますよね?」と振られると、山口社長は少し照れながらも「やはりダメ出しされると私も落ち込みます。だけど、そのときはとりあえず寝よう(笑)」と、率直に答える。あ、山口社長も落ち込むんだ、と知ることはなんだか人間味に触れた感覚があり嬉しくなる。
今回のポッドキャスト聴取を通じて、企業のトップがポッドキャストを通じて自らのビジョンや文化を語ることは、非常に効果的なコミュニケーション手段であると感じた。ウェブサイト上で企業のパーパスを語ることはよくあるが、その内容はどうしても堅くなりがちで、形式的に感じることも少なくない。しかし、ポッドキャストのような生の声を通じて、パーパスやビジョンが実現に向けてどう進んでいくのか、具体的な行動として語られると、より深く心に響く。こうした形で企業のトップが自らの思いを語ることで、企業文化がより明確に伝わり、ファンが増えていくのではないかと思う。AIの先のミライが気になる方は、ぜひ聴いてみてもらいたい。