IBMが拓く多様性の未来:D&IとAccess Blueプログラムが生み出す共創の力
私は日本IBMで仕事をしていた時に全盲のプログラマーや車椅子のプロジェクトマネージャーと仕事をするのが日常だった。だが、仕事場を変えるとそのような方との接点が減っている自分にふと疑問を抱いた。
きっかけは障がいがある学生の可能性を広げるインターンシップ「Access Blue(アクセスブルー)プログラム」の存在を知った時だ。当たり前のようにダイバーシティー&インクルージョン(D&I)が身近にあり、浅川智恵子IBMフェローのように日本科学未来館館長としても活躍する人材を抱えるIBMの話を聞くことが、多様性を尊重する企業文化の形成につながると考え、日本IBM 人事 ダイバーシティー&インクルージョン リード 鳥居由起子氏、Access Blue Program プロジェクトマネージャー 香西峰子氏、プログラムに参加した学生と受け入れ先の部署の話も伺った。IBMがいかにして、多様性を尊重しつつ未来の担い手を育てる企業文化を築いているのか。その歴史と現場のエピソードを通じて、D&I推進の一端を紹介する。
IBMのダイバーシティー&インクルージョンの歴史、受け継ぎ続けているもの
IBMは100年以上にわたり、ダイバーシティー&インクルージョン(D&I)の理念を大切にし続けてきている。時代の流れに伴い、フォーカスするエリアは変わっても、「個人の尊重」や「機会均等」といった根幹にある価値観は一貫して変えずに創業期から受け継いできていると人事 ダイバーシティー&インクルージョン リード 鳥居由起子氏は語る。1899年にニューヨークのアーモックでトーマス・J・ワトソン・シニアが創業したIBMは、当初無名のベンチャー企業にすぎず、労働力不足を補うため、女性や黒人、移民などマイノリティーに注目し、実力さえあれば採用する方針を取った。マイノリティーでも実力があれば採用することが、結果としてIBMの成長を支える土台となり、多様性の持つ可能性を最大化することがビジネスの成功には不可欠であると考えるようになった。
1953年には、創業者の息子であるトーマス・ワトソン・ジュニアが「IBM Corporate Policy Letter 117」という機会均等に関するポリシーを発行した。この中で「個人の尊重」と「機会均等」が明文化され、これがIBMの姿勢を象徴する土台となった。以降、IBMではCEOが交代するたびにこの方針がアップデートされ、常に従業員が閲覧可能な状態で継承されている。最新の方針としては、2020年にIBM CEOに就任したインド出身アービンド・クリシュナが、カースト制度に関する差別排除を追加している。
現在、IBMが注力するD&Iの領域は8つに分類されている。パンアジア、ブラック、ヒスパニック、LGBTQ+、先住民族、障がい者(People with Diverse Ability : PwDAと記す)、退役軍人、そして女性である。特に日本IBMでは、女性、LGBTQ+、PwDA、介護の4つの分野に重点を置き、各コミュニティーと連携しながらD&I推進を図っている。グローバル全体でIBMには約200のコミュニティーがあり、それらのコミュニティーとChief Diversity Officer、そして人事 D&Iが共に進めていく並走型の体制が特徴的である。日本IBMには5つのコミュニティーが存在し、社員一人ひとりが推進力として取り組む体制が整えられている。このようにトップダウンと現場の声と共に進めるボトムアップの体制にIBMのD&I推進における独自の工夫と柔軟性が表れている。
各エリアでの具体的な取り組みについて、日本では特に「女性のキャリア」に焦点を当てた活動が長く続けられているという。たとえばJWC(Japan Women’s Council)というコミュニティーは25年以上の歴史を持ち、2019年からは男性メンバーも参加し、新しい視点を取り入れた女性活躍の推進を実施している。こうした活動が、ボトムアップでの提言を行うカルチャーの育成につながっている。さらに、LGBTQ+の支援についても、2015年に日本IBMが国内企業として初めてパートナー登録制度を導入した。また、2014年より障がいのある方々の可能性を広げるインターンシップとして、Access Blueプログラムを6ヶ月間かけて提供している。
障がいがある学生の可能性を広げるインターンシップ「Access Blue プログラム」
Access Blue プログラム(ACB)は、障がいのある方を対象としたインターンプログラムであり、参加者が企業で働くための準備として「社会人基礎力を身につけること」を目指すものである、とAccess Blue Program プロジェクトマネージャー 香西峰子氏は語る。今年は全国から38名の障がいを持つ方々が参加し、3月15日から9月30日までの約6ヶ月間プログラムが実施された。参加者は、発達障がい、精神障がい、身体障がいに分類される障がいがある方々だが、一人ひとりは様々な状況や背景の中で参加を決意されている。
Access Blueは「社会理解と自己理解」「スキル習得」「チームプロジェクト」「OJT(オン・ザ・ジョブ・トレーニング)」といったカリキュラムで構成されており、具体的には企業や職業について理解を深め、自分自身の強みや課題を把握することを目的とするセッションも含まれているという。香西氏はAccess Blueのゴールを「参加者自身の具体的な就労ビジョンを描きエンプロイアビリティを高めること」と語る。エンプロイアビリティとは雇用される能力を指す。参加者には学生だけでなく既卒の方もいるというが、「働く経験」に縁が遠かった方々も、試行錯誤できる環境で自分の体調や気分を整えながら、社会人、特にITエンジニアの素地を身につけていく場所が当プログラムというのだ。IBMの業務パソコンの支給、給料も支払われるのにプラスしてIBM社員がアクセスできる教育プログラムにもアクセス可能な状態なので、日本IBMの社員になったら、働きながらどのように学ぶのかを体感するのに最適だ。
「最初は緊張している方が多いAccess Blueだが、徐々に参加者が自信を深めていく様子が見られる。6ヶ月間のプログラムを経て、最後のOJT発表で見せる皆さんの堂々とした姿には、素晴らしい成長が感じられる。その瞬間に立ち会うたび、一人ひとりが歩むその後のキャリアを心から応援したい気持ちが込み上げてくる」と、鳥居氏は語る。
ここからはAccess Blue参加者と受け入れ先の組織担当の声をお届けする。
Access Blueプログラム参加者の声①
今年のAccess Blueでは「生成AIを使ったソリューションで社会生活を良くするための提案」を考えるプログラムもあったという。参加者の中でリーダーを担当したのは視覚障がいがある大学四年生の川井氏だ。リーダーとしてどのような挑戦があったのか?
挑戦と目標達成の工夫 多様なメンバーが集まるチームで共通の目標を掲げ、その目標を達成するというミッションに川井氏は挑戦した。各メンバーに個別の目標を設定し、進捗を面談で確認しながらチームをまとめる過程で、特に「論点の明確化と議論の一貫性維持」を意識。多様な視点から議論が発散しがちな場面では「キーワード」を用いて、10〜15分ごとに議論を整理するアイディアを生み出し、実行。この手法により、全員が共通の認識を持てる環境を作り、チームの意識を統一し、共通目標への集中力を確保することができたと川井氏は語る。
Access Blueでのサポートと学び 川井氏にとって、Access Blueは、障がい特性へのきめ細やかなサポートを受けられる貴重な経験だったという。視覚障がいがあるため、グラフなどのビジュアル情報を把握するのが難しい川井氏に対して、日本IBMはグラフをデータ形式に変換して提供するなど、業務遂行がスムーズに進むための支援を実施。川井氏は「これほどに物理的にも心理的にもサポートをしてくださった企業、団体は珍しい」と、Access Blueが仕事をはじめる若者にとって強い安心感をもたらすものであったことを熱く語ってくれた。
Access Blueから得た成長と今後の目標 Access Blueに参加するまで、川井氏は他人と自分を比較し、結果を出すことに必死だったという。だが、論理的思考力やデザインシンキングを学んだことで、チームでクリエイティブに働く楽しさを体感。今後は、プロジェクトマネージャーとしてメンバー一人ひとりの強みを引き出し、彼らが輝けるリーダーを目指したいと考えている。また、メンバーの強みが結集したときの成果の大きさに感動し、「一人ひとりの強みが結集して得られる達成感」こそがリーダーの醍醐味であるという頼もしいメッセージも残してくれた。
Access Blueプログラム参加者の声②
2週間 のOJT期間中にIBM Institute for Business Value(IBM IBV)のウェブページの翻訳、更新を担当した吃音症がある大学四年生の伊藤氏は、実務をこなす中で不安を克服していったという。
挑戦と不安の克服 伊藤氏は働いた経験がなく、さらに吃音症があることから、業務に対して大きな不安を抱いていた。加えて、日本IBMのウェブページに自分の原稿が載る*というプレッシャーもあり、責任感を強く感じていたそうだ。そこで、毎朝の定例ミーティングで質問や不安を共有し、出社した際には事前に整理した質問をまとめて解決するという方法を自ら生み出した。自分なりの方法で環境に適応し、不安を克服していき実務をこなしていったという。
また、当プログラムでは、さまざまな特性がある参加者が受け入れられているため、自分の吃音症も自然に受け入れられたことがとても嬉しく、安心感が得られたと語る。そして、自分の得意な英語を活かした翻訳作業に携わる機会も得て、結果として自信を持って業務に取り組むことができた、と伊藤氏は語る。
Access Blue での学びと今後の目標 メールの書き方や敬語の使い方などの社会人としての基礎スキルを学び、業務で実践しながら習得することができたことが大きいと伊藤氏は語る。将来的には、IBMのコンサルタントとして英語力を活かし、グローバル案件に携わることを目指すという頼もしい夢も語ってくれた。
Access Blueプログラム受け入れ担当の声
インターン生受け入れ先IBM Institute for Business Value Japan リード 安田麻友子氏は、伊藤氏にIBVレポートウェブページの翻訳およびサイト更新業務を任せるため、進め方としては事前にサイトやレポートを読んでもらいトンマナ学んでもらった上で、チームメンバーとして受け入れメンターをつけ毎朝レビューを行ったそうだ。伊藤氏は業務範囲の翻訳を直訳ではなく意訳(トランスクリエーション)も提案をするなど期待以上の業務センスに感銘を受け、当初スコープ外だったメール配信業務も実施してもらうことにしたという。
今回のAccess Blueのインターン受け入れを通じて、日本IBM社員も新しいメンバーを自然体で迎え入れることで、チームの一体感がより高まったそうだ。「障がいのある無しではなく、人間一人ひとり、違う。価値観も違い、得意も好みも違う。どんな人でも楽しく、楽に働けるような環境を普段から意識していればどんな方が来ても受け入れられる。これからも相手の大切なことは大切に、苦手なことはフォローすることを意識していきたい」と安田氏は語る。
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日本IBMが進めるダイバーシティー&インクルージョン(D&I)とAccess Blueは、社員一人ひとりが共に成長できる職場文化を形成している。100年以上にわたるD&Iの理念を継承し、社員が障がいの有無に関わらず活躍できる環境づくりを進めているIBMの姿勢は、今もなお力強いことを実感できたのは収穫であった。鳥居氏、香西氏、安田氏といった関係者の語るエピソードは、インターン含む社員個々の特性を活かし、協働の意識を高めることで、多様性が生み出す可能性を最大限に引き出そうとする企業文化の象徴と言えよう。Access Blueの参加者が、自分の強みを見つけ、成長していく姿は、D&Iが実際の業務にどう活かされているかを示している。IBMが目指すのは、多様性を受け入れるだけでなく、それを共創のエネルギーとし、未来の可能性を広げる企業文化の構築である。