「AIと生き甲斐」伊藤穰一講演にみるAI時代の日本の役割
2023年6月8日にデジタルガレージ主催のイベント「THE NEW CONTEXT CONFERENCE Tokyo 2023 Summer | Gen AIが創造する新しいグローバルコミュニティ」に参加した。生成AIに関する動向をクリエイティブ視点だけではなく、新たなビジネス視点、AIとともに作る社会を語るものとして興味を持ったからだ。
生成AIのクリエイティブ視点ではAIアーティストのクレアシルバーや草野絵美、そして、ケヴィン・アボッシュの取材を通して共存の方向性を学ばせてもらったが、ビジネスはどうなるのか?またデジタルガレージのチーフアーキテクト伊藤穰一氏はどのような講演を行うのか?そのような興味をもとにオンラインセミナーに着席した。
当noteでは伊藤穰一氏のTHE NEW CONTEXT CONFERENCE (NCC)で講演された「AIと生き甲斐」を中心にまとめていく。
また、以降伊藤穰一氏のことをJoi-sanと表記していく。セミナーはアーカイブされていないので私のメモミスなどあるかもしれないが、ご了承いただきたい。
■「生き甲斐」は日本固有の考え方
まずJoi-sanがこのタイトルを付けた理由が面白い。「生き甲斐」というのは英語では直訳しづらい言葉なのだそうだ。日本で生まれ育っている私としては「生き甲斐」:目的を持って幸せに生きる、ということは自然と身についているのだが、これが日本特有なものであることであることを知り、新鮮な気持ちで「生き甲斐」を受け取ることができる。祖母は人を笑顔にすることを生き甲斐に、祖父からは「偉くなくとも、正しく生きる」を人生訓としてもらった。人生の目的/生き甲斐は、祖父母から学んだ人生をまっとうする際の指針が大きく影響している。
さて、この「生き甲斐」というのが今後のAI社会に必要なキーワードとなりそうだ。「生き甲斐」と比較するものとして「拡大志向、スケーラビリティー」を目的とする動きをJoi-sanは指摘する。米国を中心とするビジネスの動きはスケーラビリティーを求めているが、指数関数的拡大を求めるムーアの法則的視点を追っているだけでいいのか?
現在OpenAI, ChatGPTなどのLLM(Large Language Model)は計算するのに膨大なコンピューターリソースがかかっており、3ヶ月毎に倍倍になっている計算らしいのだが、2026年には世界すべてのコンピューターリソースを一日掛けて計算しないと処理できなくなるという。そこでJoi-sanが指摘するのがスケーラビリティーだけを求めていて良いのか?という点と、ChatGPTの信頼性の無さ、嘘をつくこともあり、どこが間違っているのか?を明確に指摘できないのも問題であると指摘する。
■ニューラルネットワーク→不確実性プログラム(Probabilistic Programs)
ここで耳慣れないプログラミング思考を教えてくれた。それはMITが中心に研究している領域でデジタルガレージ、千葉工業大学が一緒に実用化を進めている 不確実性プログラム(Probabilistic Programs)というものだ。統計的に情報を理解していくニューラルネットワークに対して、不確実性コンピューティングは不確実なものを構造として理解し、拡大性と信頼性をどちらも追求できるものらしい。
ChatGPTの信頼性の低さに恐怖を感じ、我が古巣であるIBMのリソースを漁り信頼できる生成AIを探していたものとして、この不確実性プログラムの存在は非常に気になる。以下のnoteも学びの一貫であるのでもしも気になる方は見てみてほしい↓。
Joi-sanは、OpenAIが活用するニューラルネットワークは並行処理に長けているという。データを増やしコンピューターリソースを増やせば賢くなるのがニューラルネットワークである。ただ、コンピューターリソースが限られてくるという課題は冒頭で述べた通りである。そして、ニューラルネットワークだけがAIではない。不確実性コンピューティングは右脳と左脳でいうところの構造的にモノゴトを把握するシンボリックモデルとしてAIの今後を担っていくものとして、紹介する。
そして、とてもおもしろいのがニューラルネットワークは人間が読むことができないので、何が問題かを切り分けできないのだが、不確実性プログラムは人間が読める構造なので、人間が問題を把握し易いということだ。
今まで「AI = ニューラルネットワーク」と思い込んでいた私にとって、この不確実性プログラム Probabilistic Programs の存在はとても新しく、興味深い。
■純粋体験の価値
Joi-sanは今にも倒れそうな袋を例にニューラルネットワークと不確実性プログラムの計算方法の違いを教えてくれる。
人間だと重力を学習しているので、この袋が倒れそうであることを一目で理解できる。ただ、ニューラルネットワーク / LLMというのは大量の文章を読みこむも、文章の中身を理解しているのではなく、統計学的に結果を出すので、多くの事例を学ばせないとこの袋が倒れることを理解できないといういことだ。不確実性プログラムの特徴としてシンボリックに学ぶというのも大切になってくる。
私自身ピアノのレッスンをする際に、音符記号を学び徐々に練習していくことにより、様々な音楽を奏でることができるようになった。ひらがなやカタカナ、漢字などのシンボルを学ぶことにより徐々に読解力を高めていくより人間の読解力に近いのが不確実性プログラムである、と考えるととても興味が湧いてくる。
ここでまたJoi-sanは面白い事例を紹介 してくれた。子供は、困っている人を数回見かけるだけで助けてくれるという事例だ。近しい映像があったのでこちらに貼っておく↓。大人の困った動作を数回(映像のなかでは3回)見るだけで、助けてくれる子供の事例は、ニューラルネットワークの膨大なデータを読み込むコンピューティングアプローチよりも、人間の脳の動きを解析するアプローチの必要性を示唆しているという。
MITでは2016年頃から脳とコンピューティングの研究をジョイントさせはじめたという。脳は体験をベースに考えるが、AIは体験できないので、人間の体験を情報として学び回答を出す。体験がないから倫理がない。
どうやって体験しあっている人間向けのサポートをどうやってしていくべきなのか?
Joi-sanが変革センター長を務める千葉工業大学の創設思想を担った哲学者 西田幾多郎氏も、人間の純粋体験(理知的な反省が加えられる以前の直接的な経験)の大切さを説いている。
そして、米国のような拡大思考でいくのではなく、純粋体験を追求するためには、日本が持つ茶道や伊勢神宮の式年遷宮のような所作を学ぶことも大事なのではないか?とJoi-sanは語る。
■「拡大なき生き甲斐」
伊勢神宮の式年遷宮は伊勢神宮の拡大のためではなく、生き甲斐、アクティブに存在し続けるために実施されている。そして、日本のミシュランスターシェフはフランスの4倍存在する。お店を拡大するよりも自分の店を磨いていくことに、生き甲斐と美学を見出している。
この日本に根付いている「拡大なき生き甲斐」を伝えていくのが今後大切なのではないか?とJoi-sanは語る。
現在のAIは最適化と拡大を目的とし、他社との競争を目的に使われているが、日本の和を考える思考でAIを活用していけないか?スタートアップの競争のなかでは拡大の原則が必要だが、伊勢神宮のシステムは、拡大を必要としない、そのような存続の形を考えていくこともできるのではないか?と。
MITでは個人をサポートするAIは出来ているそうだ。ドアに向かうと鍵をわたしてくれるようなアシスタントAIは存在し始めているようである。
この個人サポートのAIを社会全体に適用するとするとどうすればいいのか?とJoi-sanは疑問を投げかける。
このJoi-sanの講演の内容は6月9日のウィークリーgmでも語られているので興味ある方は、こちらも確認いただきたい。(22分40秒ころからスタート)
「アンラーニング」の必要性は様々なところで語られている。Joi-sanの講演を受け、拡大・効率・最適化だけを追うのではなく、日本が有する「拡大なき生き甲斐」にもじっくりと目を向けていくことが大事であることを気づかせてくれる。この日本らしさの追求が、AI時代に人間らしさを保つ上でも大事なのではないかと考える。