韓国発の人気作品「結婚商売」の設定考証に全力出した ⑥ラホズのモデルが難題過ぎた件
⑤に続いて場所の考察です。今回はセブラン王国の首都ラホズ。
これが難解を極めました。「もしかしたらモデルなんてないんじゃないか…」という気もしてきますがフランスの地図とにらめっこして1ヶ月、もうここらで一旦まとめようと思います。
ソヴールありがとう!アルノーはやっぱり北の領地
⑤を書いた後に原作2巻を読む時間が取れたのですが、フランスの実在する地名が出てきて驚きました。「戦場の狂犬、切り込み隊長、ランスの騎士ソヴールといえども」という下りです。著者の油断でしょうか(笑)
「ランスだって!?てことはアルノーはやっぱり北だわ、私の推理は合ってたぞー!!!」
と飛び上がりました。
ランスは地図の縮尺を引いても出てくるくらい大きな街です。シャンパンの一大産地でもありますし、画家の藤田嗣治(レオナール・フジタ)が眠っていますので、なんとなく位置がわかるという方も多そうですね。
中世の時代、庶民は基本的に地元から出ません。日本も江戸時代(17世紀)に参勤交代のために街道が整備されたことで人の往来が増え、出稼ぎや行商が地域を超えて行われるようになりましたが、中世ヨーロッパも似たようなものです。
例外的な存在が、巡礼、僧侶、騎士や貴族の男子、吟遊詩人でしょう。
貴族の次男以下は日本の武家と同じく家を継げません。貴族の男子は13歳くらいで騎士見習いとして軍隊を持つ貴族に出仕します。ロベルも男爵家の三男ゆえに家を継げず、ザカリーのもとに出仕しています。
ソヴールは「兵役に徴集され、優れた頭角を見せてザカリーに選ばれた」と書かれています。ランス出身であれば、兵役がきっかけで戦地に行き、近隣の領主であるザカリーに騎士としてスカウトされた…という流れかもしれません。
https://www.weblio.jp/wkpja/content/徴兵制度_徴兵制度の歴史
ラホズはアルノーのずっと南の高地
さて首都ラホズです。おさらいです。
<ラホズの位置の推測に使えそうなネタ>
・大陸有数の経済都市
・アルノーから単騎で3日、徒歩で1週間(大人数を連れた馬車旅行で10日)
・アルノーより暑い地方
・セブラン城は高い丘と絶壁の上に建てられた要塞
・城は乳白色
・アラゴンとカスティリャの間で100年その地位を守ってきた底力の象徴
フランスの街は巡礼の道沿いにあり
ここまで来ると「結婚商売」のセブラン王国をどこまでフランスの歴史と地理に寄り添っていいか悩みますが、毒を食らわば皿までの精神です。
フランスは昔から中央ヨーロッパの要であり、ヨーロッパにおけるキリスト教の一大巡礼地「サンティアゴ・デ・コンポステラ」の出発地でした。この巡礼の道はフランス国内の4ルートからスタートしてアラゴン王国との主戦場であるピレネー山脈を越え、スペイン(「結婚商売」の時代だとカスティリャ王国)にある聖地に向かっていきます。筆者は大学で仏文を専攻しましたが、最大の収穫はこの巡礼の道と教会建築について学べたことでした。
巡礼が通るというのは、物流も人流も盛んになり、文化が発展するということです。江戸時代のお伊勢参りもいい例です。
そのため、フランスの有名な街はこの道沿いに多いのです。特にパリ、オルレアン、ブールジュ、リモージュ、モンペリエ、トゥールーズは今も昔も重要な都市です。
パリはあり得ない。オルレアンも近い…
巡礼のスタート地点の最北端で現在の首都であるパリはローマ時代にルテティア人(ケルト民族の一種)が定住した頃から交通の要衝でした。ただし西ゴート王国、メロヴィング朝、カロリング朝の時代は首都ではありません。そして6世紀に一旦廃れてしまい(ローマも同じ目に遭っています)、ルティティアからパリという名前になり、そして首都として日の目を見るのはカペー朝時代の12世紀です。パリ盆地が小麦の一大産地になったこと、経済的に強かったフランドルと北イタリアを結ぶルートにあったこと、パリ大学の名声などが重なって、12世紀から13世紀頃は特に強かった印象です。
しかしまずパリということはありません。ソンム県から130kmくらいしか離れておらずアルノーから近い上、盆地というか沼地で、高地はないからです。
カペー朝とヴァロワ朝の王家が重要視していた街はオルレアンです。オルレアンはパリから100km南、百年戦争やジャンヌ・ダルク、ロワール川沿いの古城巡りで有名な古都です。はるか昔オルレアン王国があったときの都であり長らく王家の直轄地であり、また地理的にもパリ陥落を狙うならオルレアンは重要な戦地でありました。王族が多く居住していたという面ではオルレアンは有力なのですが、ソンム県から200km強しか離れていませんし、ロワール川はそもそも暴れ川ですし、近くに高台はありますが城といえば河畔ばかりです。
トゥールーズでは遠すぎる
「結婚商売」でラホズは「アラゴンとカスティリャの間で100年耐えてきた」と書かれているのですが、これは王国の象徴的な意味かもしれないと思っています。というのは、額面通り受け止めてピレネー山脈の北で大きな街を探すとトゥールーズになってしまうからです。まさしくアラゴンとの国境近く。こんな危ないところに首都は置きません。私なら絶対に兵糧供給地として軍人だけ残して北に遷都します。
それにソンム県からトゥールーズは800kmも離れています。さすがに距離がありすぎです。また、採掘できる土の性質から街が赤いですし、高台もあるにはありますが比較的平地で、ラホズの記述とは合いません。
歴史、外観、地理が合致する白亜の巨城・シノン
火山の国である日本では、山の上に街や城があるのは特段珍しいことではありません。しかしフランスでは話が違います。原作では「ラホズ城は高地にあり、三方が断崖絶壁という天然の要塞のような場所にそびえ立つ」とありますが、「そんな土地あるんか?!」という感じです。
うんうん唸りながらGoogleMapでフランスを眺め、ひたすら標高が高そうな位置にある都市を探します。ピレネー山脈から離れ、神聖ローマ帝国と接するアルザス・ロレーヌからも離れると北イタリア側ですが、そこまでいくとさまざまな条件から離れてしまいます。
そこで初心に帰って古城が多いロワール渓谷に注目して資料を漁ると、「おいおいラホズ城そのものじゃん!!」という城がありました。中世前期の歴史を変えた「トゥール・ポワティエ間の戦い」の舞台の近く、シノンという街の城です。その名もズバリ「シノン城」。
「え?なんか聞いたことあるぞ…」と思ったら、なんとジャンヌ・ダルクがシャルル7世に謁見した城です。えーっ、オルレアンじゃなかったんだ(笑)。
Wikipediaにもしっかり記述がありました。以下重要なポイントを引用します。
もう一つの候補地。経済力を探してもう少し南に行くと…
ただ、シノンは王家と縁があり重要な場所ではありますが、大陸有数の経済都市というイメージはありません。そこで辿り着いたのは「クレルモン・フェラン」です。世界的タイヤメーカーのミシュランの本社があり、現在でも大都市です。
首都だったことはありません。パリやオルレアンから遠く、王が居住したこともありませんし、火山の街らしく黒い大聖堂が象徴的で、そういった点ではラホズのイメージとは異なりますが、フランス中央高地の休火山帯にある標高400mの街。フランス史上最古ともいえる街。北フランスからの巡礼ルート上の街。アルノーのモデルと推測するソンム川流域から550km南で、馬車で10日、馬(単騎)で3日、徒歩で1週間という記述にも比較的合います。
余談ですがクレルモン・フェランの少し南に、Château du Marchidial (マルキディアル城)という史蹟があります。これも結構ラホズの雰囲気が出ています。
1箇所ですべて賄うのは無理がありますし、ジブリ作品の舞台もいろいろな国や街をミックスして生まれますから、こういうさまざまな情報をもとに肯定的に妄想していくしかなさそうです。
ラホズ考察は本当に疲れました…。このあとは身分制度にいってみたいと思います。馬上槍試合、騎士の叙任、貴婦人の育て方などです。
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