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陽気で楽しいアスタルニア ー 穏やか貴族の休暇のすすめ。[御国柄の話]

休暇。世界で個人的に一番好きな舞台が、パルテダールから遠く離れた南国アスタルニアです。
アスタルニアは月並みな表現で甚だ恐縮ですが本当に〝陽気で明るい南のオアシス〟といった風情が漂い、レギュラーキャラもモブのオッさんも皆いい人たち。そもそも王族からしてぶっ飛んでいます。
最初の王都編(ノベル1-5巻)以上のボリューム(ノベル6-11巻)があり、大きな事件やハプニングもありますが総じてアスタルニアでの日々は底抜けに楽しく、リゼルとジルの青春と呼べるような話も多く、そのぶんこの国との別れのシーンは感慨深いものがありました。
本稿は、そんなアスタルニアの御国柄まとめです。
(好きすぎて1本になってしまった)


南国リゾート・アスタルニアの特徴

気候風土と地理

南の海洋国アスタルニアの気候風土や建物の風情は、春と秋を繰り返すパルテダール王国とは大きく異なります。石造りの家や商店が多いパルテダは我々世界でいう中央ヨーロッパの雰囲気ですが、アスタルニアは温度・湿度とも高めで日差しが強く、風通しの良い木造りの家々が並ぶ、ザ・南国。暑さに弱いジルにとっては若干辛い土地であり、到着して半月ほど後だったのでしょうか、珍しく体調を崩したほどです。

陸の交易路は1本しかなく、パルテダから馬車で2週間、馬を飛ばしても10日を要するため、来訪は日に何組もないという辺境国です。単純な距離もさることながら、竜の棲む大渓谷や深い密林を越えた先にあるため、低速や迂回を強いられるのでしょう。そのためリゼルは大侵攻後の行き先として検討するも「遠いな」と逡巡していました。
しかし辺境といっても、海に加えてイレヴンの故郷である深い森(密林)、さらには未開の離島を領土に抱え、軍港でもある貿易港を玄関口とする海路交易が盛んで大変豊かです。

いわゆる城下にあたるエリアを人々は〝国〟あるいは〝アスタルニア〟と称します。そこは海と森に囲まれた土地(日本の有名地では古都・鎌倉が似た地理です)。狭い交易路も森を突っ切れば一気に拓け、関所である頑強な門が出迎えます。ギルドやリゼルたちの定宿、民家や日用品の店などは門からそう遠くない範囲にあり、宿の2階の窓から小さく海を望めます。白亜の王宮と港が輝く海に接していて、その手前が繁華街。印象としては緩やかな扇状地です。
冒険者が入国する際は、門番からアスタルニアならではの諸注意説明(魔物の大量発生、魔力溜まりの移動など環境が劇的に変わる)を受けます。

国から国へと移りながら金を稼ぐ冒険者であっても、アスタルニアはおいそれと出入りできる場所ではありません。そのため、アスタルニアに一度入ると何年も出ない冒険者が多いようで土着の風情が漂います。外からの冒険者は実力者ばかり。なにしろアスタルニアへの陸路を越える時点で大変な冒険です。
そんな国にもジルの異名と実力、風貌は伝わっていたようで、入国早々の往来で〝一刀〟の音を聞いたリゼルは「有名人ですね」とジルを揶揄っています。

城下の雰囲気と特産品

褐色の肌の人々が暮らすアスタルニア。国に抱く矜持は王族も市井の人も変わりなく、いい意味で好戦的で奔放です。彼らが纏う服や、太鼓のリズムをベースとした地場の音楽はエキゾチシズムに溢れます。国の経済を支える港に近いエリアは繁華街のようで、船員や港で働く男たちのための酒場がひしめき、リゼルたちの定宿の宿主の両親が大衆食堂を出している一方、港から直接アクセスできるエリアには値の張る嗜好品なども手に入る店が並びます。劇団「ファンタズム」が興行を打った劇場も海の近くにあります。
全体的に庶民的な雰囲気が漂いますが、王都の中心街にあるような高級店もあり、ジャッジがリゼルに薦められるレベルの仕立て屋も存在します。

特産品として注目すべきは布類でしょうか。南国特有の色鮮やかな刺繍が有名ですが、真骨頂は魔力を織り込んだ糸で刺繍した魔力布です。込められた魔力の種類や模様によってさまざまな効果を発揮するようで、リゼルは漁師から冷却効果のある布を貰いました。またアリム殿下が頭から纏う布はマジックミラーのような効果があり、外からは殿下のお姿を拝察することはできませんが、殿下は普通に外を見ておられます。

飲食はパンチのあるものが多い様子です。南国原種の果実や花の蜜漬け、一般的な魚介はもちろん、海に暮らす魔物の肉も食用とします。庶民の食は暑さに負けないためか熱い食べ物が多いようで、辛い物もあります。ジュース・果実水は味が濃厚です。お茶も独特の渋みがあるものがスタンダードで、珈琲も美味しい。反面、紅茶は味も香りもまろやかなためか馴染みがないようです。
人々は一様に酒に強いようで、辛口の酒、果実を原料とする酒が多く出回っており、そのいずれもが度数の高い酒です。酒といえば、森の一部地域にのみ自生し、樹液が酒になるという「酒湧樹木」なんてものも存在します。労働者・冒険者で溢れる夜の酒場では安くて美味い料理が供され、リゼルはたびたび(下戸なのに)酒場に独りで繰り出しては庶民の料理を味わい、その活気にあたっていました。
一方で煙草を嗜む人はあまり多くないようで、買える煙草の銘柄に関しては厳しいものがあります。ジルはこの点で非常に苦労しました。

王様はいれど貴族がいない巨大村?

そんなアスタルニアは王政を敷いていますが貴族階級がいません。専制君主制でありながら宮廷政治や貴族社会といったものが存在しない、酋長一族をリーダーとする民で構成された、巨大な村のような国家です。そのため王族と民の距離が近いのが特徴と言えます。また、王族間の年功序列も薄く、成人王族はそれぞれ国政に関わる役目を担っています。

現在の王族(妃たちを除く?)は18名らしいです。内訳は以下の通り。

  • 先王(とっとと隠居して島暮らしを謳歌中)

  • 現国王(先王の子供12人の長兄)

  • 現国王の弟妹(11人)

  • 先王の孫(5人)

王都編のリゼルは老獪さや切れ者加減が目立つエピソードが多く、誤解を恐れずに言えば個人的には「この人ちょっと理解しづらい…(本の虫な時以外)」という印象なのですが、アスタルニアは貴族が存在しない社会なうえ、冒険者界隈での通り名も「貴族さん」から「穏やかさん」に変わるからか、本当にのびのびしている気がして、それも筆者がアスタルニアを余計に好ましく思う理由かもしれません。

ポンコツ気味の穏やかさんが好きな筆者の所感

この世界では特異?な空軍「魔鳥騎兵団」

我々世界、特に日本を含めて領海を持つ国では陸海空が揃う軍事体制は当たり前に思いますが、休暇。世界においては航空機がありませんから空軍は存在しないはずです。しかしアスタルニアにはそれに該当する機動隊が存在します。「魔鳥騎兵団」です。

魔鳥の横顔をモチーフとした紋章を掲げる魔鳥騎兵団はアスタルニアの象徴であり、防衛の要であり、国民の畏敬と憧憬を向けられる存在です。その名の通り、大型魔鳥(*1)を高度な使役魔法―支配ではなく友好関係に近い―で制御して騎乗します。友好国であるパルテダールの騎士団と公開訓練を行うなど、他国の国民にも知られています。魔鳥に関して一番のインテリは副隊長のナハスさんです。

日々の業務は領土内の警戒、離島を往復する大型船の警備等ですが、王族が他国へ移動する際に魔鳥車を出すことがあります。馬車のキャビン部分を魔鳥と繋いで牽引する方式で、彼らの卓越した飛行技術があればこその交通手段です。
リゼルたちのパルテダ-アスタルニアの移動は往復とも魔鳥車で、往路はパルテダでの公開訓練の帰路、復路はリゼルを巻き込んだ大事件の使者として発つ王子の外交日程に便乗しました。
隊員の主な獲物は槍(ランス)。これは我々世界の中世の騎士と同様です(筆者別稿「装束と紋章と馬上槍試合の相関」参照のこと)。
トップレベルの軍人であり、腕に覚えのある者ばかりなので、〝客人〟の一人が一刀であると知るやランスを握ってジルに手合わせを申し込む隊員が続出しましたが、この際にもジルは「魔王」だの「最強の魔鳥」だの言われた挙句、「あれは竜だ」ということになって人外伝説を増やしています。

他兵団から〝魔鳥バカ〟と揶揄され、魔鳥愛が高じるにつれ恋人に振られる騎兵が多いとされます。彼らの多くは幼少期に〝魔鳥の騎乗体験〟をして憧憬を抱き続けて入隊し、パートナーとなる幼鳥とともに絶海の孤島で数年に及ぶ訓練に明け暮れるという特殊な期間を経るからでもあるのでしょう。もちろん狭き門なうえ、見習い期間は十年近くにもなります。
しかし、彼らを断絶しかねない厳しい掟もあります。どれほど強い絆があっても魔鳥は究極〝使役〟対象です。魔鳥の制御が外れた場合は一般の魔物と同じく人間の脅威となり得る。万一の場合、隊員は国家の安寧を預る軍人として、自らのパートナーを手にかけなくてはならないのです。
そのため、彼らは決してパートナーの魔鳥に名を授けません。名を呼ぶという行為が感情にどれほど食い込むかを知るゆえです。

*1
騎兵団の魔鳥はノベル7巻の表紙から推察するに、青を基調とした極楽鳥のようにカラフルな美しい鳥です。本来は岩場に生息する種で、夜目が利かないため夜間飛行は原則ありません(隊長の魔鳥だけは夜風が好きで、隊長の技量によって飛ばせる)。

*2
騎兵団という名称でありながら、構成員の階級呼称は「隊」呼びです。これは騎兵団の編成規模が小さく、〝魔鳥騎兵隊〟であった頃の名残という説があるとか。

王宮は謎だらけ

王宮は広大で、敷地内には魔鳥騎兵団の詰め所や魔鳥舎があります。最も多く登場する場所はアリム殿下が篭っている半地下の書庫です。窓はひとつもなく、書物を長期保管するのにうってつけの造りです。隣には殿下の寝室があります(たぶん正式な私室は他にある)。
複数のエピソードのネタバレになるので割愛しますが、内部はかなり複雑なようです。

ギルドと迷宮にも御国柄が見える?

アスタルニアの冒険者ギルドはパルテダのそれには劣るものの、規模が大きく立派な建物です。恵みも魔物も豊かな森や多数の迷宮を抱え、冒険者活動が活発な証です。雑務系の依頼内容にも御国柄が出ます。果物の選別や森の生態調査、漁の手伝いまで。
ギルド自体のノリはパルテダとだいぶ異なっており、国民に親しみを持ってもらいたいという主旨でイベントを企画開催しがちです。お祭り好きの国民性ゆえでしょうか。
「依頼ボード」の様相もパルテダと異なります。パルテダの依頼ボードには(スタッドの几帳面さが発揮されて)整然と依頼用紙が貼られていますが、こちらは雑多。傾いたり重なったりしていて依頼内容が読めないような無秩序な貼られ方をしています。また魔力溜まりスポットの移動状況や魔物の異常発生を知らせる黒板があるのもパルテダとの違いです。地図の上に黄色の斜線は魔物の大量発生、赤の斜線はスポットです。海風に守られているアスタルニア国内は大きな影響を受けにくいものの、冒険者や狩人で魔力の強い者は活動が制限される恐れがあります。

迷宮は海側と森側にざっくり区別されます。森側の迷宮とは森の中と周辺に点在する迷宮です。ギルドが運行する馬車はあるにはありますが、パルテダのように各迷宮を停車場とはしません。付近を周遊するタイプで、目当ての迷宮の近くに来たら降ろしてもらうスタイルです。
海側とは文字通り海の迷宮。アスタルニア編の前半の重要エピソードである人魚姫の洞セイレーンのほらも海の迷宮です。数は少ないし癖の強すぎる迷宮ばかりなので、潜るパーティは多くありません。迷宮の規格に漏れず入口は扉ですが、どういう力学が働いているのか場所は固定で扉が海面に浮いています。そこまでどうやって行くかと言えば、港の桟橋からギルドの小舟(最大乗船6名)が出て足場の筏につけてもらえます。筏にはランプと鐘が備え付けられており、灯りを焚いて鐘を鳴らせば迎えが来るシステムです。

森族の存在

イレヴンの実家がある森(密林に近い)はアスタルニア領内ではありますが、森に住んでいる人たちは一括りに「森族」と呼ばれ、国民としての意識は薄い雰囲気です。
森関連の依頼を受けた時にイレヴンが現地住民をそう呼んだ際、リゼルに「イレヴンも森族なのでは?」と突っ込まれて「確かにそうだ」となっていました。またイレヴンの母親も城下のことを「アスタルニア」と呼びます。
イレヴンの家は森の中でも特に〝ポツンと一軒家〟状態で、どこ出身という意識がないのでしょう。税の徴収とかなさそうですしね…。


細かい描写を拾い上げたらキリがないくらいアスタルニアは話題が豊富なので、このへんにしておきましょう。次回はアスタルニアの人々について。

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