スキ好きだいすき*ショートストーリー
「はじめまして」
彼女は待ち合わせのブックカフェで、はにかんだ笑顔を見せた。
「リンさん?こんにちは。お誘いありがとうございます。」
僕は飾り気のない彼女の笑顔に、初めて会ったとは思えない安心感を感じていた。
彼女はデカフェのラテを手に席に着くと、「いただきます!」と手を合わせおいしそうに飲んでいる。僕は習慣になっている写真を撮ることを思わずやめて、彼女を見つめた。
「写真、撮らないの?」
「え?あったかいうちに飲んだ方がおいしいでしょ。ごめんね。先に飲んじゃって。写真どうぞ。」
彼女はそう言って、にこにこしながら僕や周りの人たちのことを見てた。
みんな手にスマホを持っている。
店内の客の中でスマホを持っていないのは、彼女だけだった。
世界中のSNSのスキが総計されて、ポイント交換できるようになって1年がたった。スキポイントを副業のように使う人もいれば、本業としてSNSを使っている人もいる。スキが集まれば、ポイントで交換できる物やサービスが増え、人々は豊かになる。
僕は日常のあらゆる場面を切り取って、SNSにアップするようになった。それがいいか悪いかなんて思う間も無く、誰もがやっているから、という理由だけで日常を切り取ることに、なんの疑問も持たなかった。
あの日までは。
あの日、流れてきたツイートで僕の推しであるシンガーの”アン”が、俳優のKと不倫関係にあると報道された。アンは22歳。20以上も年上の俳優との交際の噂が、SNSで拡散されるのもあっという間だった。
早速、アンを叩く記事がスキを集めていく。俳優Kは夫婦仲がいいことが売りであり「アンが不倫を承知で近づいた」という、関係者の発言があったとのこと。世間は自由奔放な”立場をわきまえない人”としての、アン批判がたくさんのスキを集めていった。大勢の人が、アンを誹謗中傷することで自分を正当化していた。悪いことを悪いと言う正義感なツイート。僕はそれに違和感をおぼえた。
泣きながらこれを書いて、ハッシュタグもつけずにツイートした。アンは今、どんな気もちでいるのだろう。彼女の気もちを考えたら涙が出た。炎上してなんぼ、という有名税なのかもしれないが、僕はそれを受け止めたくなかった。彼女には余計なこころの傷を負ってほしくない。それは彼女の歌に、僕がどれだけ助けられたかわからないから思うことだった。
僕の発言はじわじわと拡散された。小さなつぶやきだったにも関わらず、大きな波動となって広まった。
しかし光があれば闇がある。その発言の反論もたくさんある。
僕は多くの人からフォローを外された。
好きだと思っていた人にも。
いつもコメントし合っていた人にも。
孤独に、ぽんっと落ちた。
みんなが僕のことを批判してる。
流れを読まないやつ。
みんなが僕を嫌ってる。
愛されてない。
ひとりだ。
だれも僕をわかってくれない。
もがけばもがくほど、深く落ちていく。
それからあと、僕は何も言えなくなっていた。
つぶやきも、写真も、気もちをカタチにすることも。
しかし僕の気もちとは関係なく、僕のアン擁護発言は大きくなった。それでスキが集まって、じぶんがちょっとお金持ちになった気分なのが、たまらない気分だった。もちろん日々の生活の安心材料にはなる。必死で働かなくてもいいスキポイントが入ってきた。だけど何よりも言いたいことは、僕は僕の大事にしたいこと、好きなことをスキだと言いたい。それだけだ。
アンは活動自粛をしていた半年後、ようやく新しい曲をリリースした。僕はまたひとり泣いた。この半年が一瞬で終わったかに思えた。大ヒットなんてことはないかもしれないけれど、彼女らしい自由奔放さが出た元気な曲。
何度もリフレインする「だいすき」
アンの新しい曲を聴くと、また息ができるようになった。
そして少しずつ、SNSの世界に同じ”好き”を持っている人たちに”スキ”を贈った。それはじぶんに対するエールだったかもしれない。
そうしているときに出逢ったのが、”リン”。
SNSのすみっこにいたリンを見つけた時、小さな宝物を見つけた気分で丁寧な文章を読んでいた。
リンの読んだ本、見た映画、食べたもの、日々の暮らしの”好き”が似ていた。
僕らは毎日、好きだと思うものをカタチにして、これがよかったよ、これがおもしろいよ、これがごきげんだよと、誰に言うわけじゃなくSNSに伝えあった。
前に比べたら僕のスキの数は、ないも同然だけど、SNSが安らぎを感じる時間になっていった。スキが少ないと貧しい?ぜんぜんそんなことはない。
毎日の小さな出来事にこころが動いて、それに気づいてカタチにしていくことは、僕にとって自分を見つめることだった。こころを見失わずに書いたなら、相手に届くものがうまれる。それは小さな喜びだった。
リンからDMが来たのは、読んだ本の感想を、行きつけのブックカフェで書いたときだった。
僕の答えはもちろんyes。
スキポイントが始まったころから、良くも悪くもSNS上で趣味も仕事も恋愛も、多くを探す世界になっていた。
カフェの席は窓際のいつもの席。
「ごめんね。僕もこの前まで”映えること”なんてちっとも考えてなかったのに好きなところにいると、つい…。
はじめまして。音です。」
出逢って5分なのに、ずっと前から知っている安心感に包まれていた。
人と会うと緊張して何も言えなくなってしまう僕が、初対面の彼女に笑って自己紹介をしている。
それからは、たわいのない話なんだけど、彼女もけらけらと笑ったりして、時間が濃厚ココアのように流れていった。
ネットの人と会うことになるとは…と、僕の過去のもやもやを思い出した時、彼女が会って初めて、思い詰めた顔をしてゆっくりと話しだした。
「じつはわたし、だいぶ前から音さんのことを知っていました。
今日、お会いすることになって、妹からの伝言を伝えたくて。
アンは妹です。
わたしたちには父親がいません。母を捨てて出ていった父は亡くなったと聞きました。妹は父の記憶がなく、男の人の愛がよくわからないまま芸能界へ入りました。
妹は俳優のKさんと擬似親子をやっていました。
Kさんは、親身になって妹の悩みや苦しみを聞いてくれる方だそうです。Kさんは事情があってお子さんを授からなかったらしいのです。それは公表できないことで…。
妹を本当の娘のようにかわいがってくれていた……。
すべてを公表したとしても、もう誰も聞いてくれない状態なのではと、そして彼に迷惑をかけてしまうと……。妹は何もかも無くしたようになっていました。
そんな時、わたしが音さんのツイートを見つけて、妹に送りました。
妹はそれから少しずつ、こころを取り戻していきました。
ただ音さんが同じように、苦しんでいるのではないかと不安ばかりでした。
好きなものを好きだと言うことは、ちっとも悪いことじゃない。
そんな音さんの思いを胸に、また妹は笑いながら歌う勇気を持てたのです。
妹のことがきっかけだったけど、わたしも音さんのことが会ったこともないのに、好きでした。
妹のことでわたしもSNSを離れてしまっていたけれど、こうやって話ができたのもSNSのおかげ……。
好きなことを好きだと言う勇気が持てました。
妹とわたしから…。
ありがとう…ございました」
リンは泣き笑いのような顔を見せてスマホを取り出すと、カフェの窓から見える風景を写真にとった。
僕は見失っていた道がやっとわかって風景が見えた。
そんな泣きたい気分を笑いにして言った。
「スキポイントをたくさん貯めて、今度アンのライブに行かない?
それからKの出てる映画にも行こうよ。
SNSで稼がなきゃね〜。」
ふたりで笑い合うと、やわらかな風が吹いた。
大声で叫びたい「スキが好きで、だいすきだ」
ひきこもりの創造へ役立てたいと思います。わたしもあなたの力になりたいです★