お盆の灯火*ショートストーリー【SideA】
こばなし。【sideA】と【sideB】があります。
今回は【sideA】
ほんのり#もしスキがお金だったら
**********
「面会の予約をお願いします」
夏のお盆の時期、死んだ人と話ができるチャンスがある。
ただしそれは1回のみ。
死んでしまった人と会えるのは、人生で1回だけだと伝えられている。
エイタは今年のお盆に会いたい人がいる。
彼女は幼馴染のびいこ。もちろん”びいこ”という名はあだ名。
びいこはビー玉みたいに透き通った純粋な子だった。
1年前の夏のある日、びいこは息をしないまま朝を迎えた。
突然死というやつだ。
お互いに(たぶん)恋愛感情がなかったとはいえ、小さい頃から兄妹のように悩みを聞いたり聞いてもらっていたびいこが突然いなくなった。
エイタはそれまでのびいこへの思いが、自分の中で重たい泥のように溜まっていることに気がついて、1度しかない切り札を使うことにして冥界案内人に連絡をとった。
噂では死者に会える時間は、”コーヒーが冷めるまで”とか”陽が昇るまで”とか聞いたが、冥界案内人によると「ある場所に行って待て」としか言われなかった。
エイタは冥界案内人が指定した古びたBarに向かった。
60代ぐらいの渋い落ち着いたマスターが笑顔でエイタを迎えた。
「いらっしゃいませ。ご予約のエイタさまですね。
本日はご面会の方と貸し切りになっております。」
エイタはマスターに案内された店の奥のテーブルに座った。
黒ビールを注文する。
マスターがお酒を運んできて言った。
「面会の方は、あなたが準備ができたらいらっしゃいます。
面会時間は、私がキャンドルに火をつけますので、その炎が消えるまでとなります。
あなたが吹き消しても面会の方が吹き消してもそこで終了です。
もちろん、ろうそくがなくなるまで話をされてもかまいません。
再会をどうぞお楽しみくださいませ。」
エイタはまず一口、黒ビールを飲んだ。
沁みわたるようなおいしいお酒だった。
緊張するだろうかとかまえていたこころが少し和んだ。
マスターに目で合図をして、視線を目の前に戻すと、びいこがニヤニヤして座っていた。
「うわ!びっくりした!おまえいつ来たんだっ。…ていうか変わんねえな。」
「なによ。会いに来てくれてうれしかったのにバケモノ扱い?
ああ!でもバケモノだよね。わたし(笑)
だいじょうぶ。成仏してるから恨んで出たりしないから。
マスター、私にもエイタと同じものください。」
マスターが飲み物と火のついたキャンドルを運んできた。
エイタはびいこに会えたことがじぶんでも予想以上にうれしかったらしい。
びいこにつられてニヤニヤした。
でも予想に反してキャンドルの炎が消えてしまうのは早そうだ。
「時間があんまりない。びいこ、去年生きてるときに、なんだか鬱っぽいって言ってただろ。警察も医者も病死だって言ってたけどほんとうに自殺じゃなかったんだな?」
「うん。わたしも正直びっくりした。まあ生きていくのがツラいと思ってたけど、まさか本当に心臓が止まってしまうなんて思わなかった。
でもまあそのおかげで親にも保険金が入ったし、親孝行になったんじゃないの?」
「なに言ってんだよ。おやじさんもおばさんも、あの後どんなに悲しんだか知ってるだろ。それにオレだって…。」
「あー、知ってるよ。でもさ、しかたないじゃん。わたしもあの世で抗議したけど結局そのままだったし。
エイタが悲しんでたのは、自分のために悲しんでたみたいだったから、ほっといた。」
ニヤッとしながら、びいこはビールを飲む。
「オレが自分のために、びいこが死んだことを悲しんでたって?どういうこと?」
「エイタさ、それこそ鬱のときは世の中のこと、ぜーんぶ自分のせいにするじゃん。私が死んだことも生きてるうちにできなかったことも、エイタ自身のせいみたいに思ってるのが、私にとってつらいことだよ。
鬱をなおそうと思ってないでしょ。
いや思っていても、いいわけにして楽しむことを放棄してない??」
「痛いこと言うなよ。おまえも鬱のときのつらさがわかるだろ?
何もかもがいやになるんだよ。
楽しもうと思ってても、できないんだよっ。」
「ははー。私があっけなく死んだことがうらやましい?
とんだ嫉妬だねーエイタくん。
嫉妬するのは私のほうでしょっ!
いまエイタは生きてる。
おいしいもの食べてビールがおいしくて笑っていられる。」
「……」
「私が死んだのは結局、自分を大事にしてなかったからだと今になって思う。嫌なことばかり考えてごはんも食べてなくて眠れなくて。
自分を大事にすることって、自分に栄養をあげてやさしくしてあげて、いたわることじゃないの?
そしてそれができるのは自分だけしかいないって思わない?」
「……」
「ああもう!いまを大事にしようよ。
私は会いに来てくれて楽しいよ。すごくうれしいよ。
ありがたいよ。
言いたいこと言えたしすっきりした。
んじゃ、今日は特別サービス!!
スペシャル”スキ”出しちゃう!
マスター1分だけ、”アレ”お願いします。」
びいこがそう言ってマスターがうなずくと、エイタの目の前に悲壮な顔をしたエイタが見えた。
「なに?オレ?死んだ?
なんでオレが見えるの?
あ、オレ…びいこだ……。
カラダが入れ替わったのか…。」
(あーいま記憶がびいこの記憶。オレが情けなく見えてる。でも世界が明るく見える。やりたいことができないじれったさが伝わってくる……。)
「はい!終了!
入れ替わり体験、おもしろかった?
わかったでしょ。情けない顔のエイタ…。
第3者目線になるとわかるでしょう。
自分に呪いをかけてること。
やりたいことがあったら、やってみて考える。
いやなことは、やめてみる。
今を楽しむってそういうことじゃないの?
明日、生きてないかもしれないんだし
今を楽しむことって難しいことじゃない。
ね。わたしはいつもそばにいるよ。
応援してる。
でもエイタが今を楽しまないと今を生きてないことになっちゃう。
だからさ。わたしにはなんでも話してもらってもいいから自分に厳しくするの、やめようよ。
会いに来てくれてありがとう。」
キャンドルの炎が弱まったと思ったら消えた。
エイタの目の前にいたびいこもいなくなった。
いつの間にかびいこのビールのグラスも空になっていた。
エイタは入ってきた時よりも、穏やかな顔をしてマスターに言った。
「本当にありがとうございました。
おかげで目が覚めました。
僕はこれからびいこのために……。
いや、自分のために
自分の人生を楽しもうと思います。
ところでお支払いはどうすればいいですか?」
「いえ。お代はいりません。
ビール代はご面会の方からスペシャル”スキ”をお預かりしております。
びいこさまはあなたご自身に入る”スキ”が少ないことも、それを悩んでいらっしゃることも心配しておられました。
どうかご自身のために大事にするべきことを見極めてくださいませ。
ここは予約のない時は、普段通りのBarでございます。
またのご来店、こころよりお待ちしています。」
店を出たエイタは、空に向かってニタっと笑った。
風が吹いて、びいこがカラカラと笑ったのがわかった。
【sideA】おしまい
***
お盆に帰ってくるあの人も。笑っていてくれたらいいですね。
▼【sideB】はこちらから
▼#もしスキがお金だったら企画概要
ひきこもりの創造へ役立てたいと思います。わたしもあなたの力になりたいです★