『星が光る。流れて落ちる』#シロクマ文芸部
「流れ星が流れる間に願い事をする練習をします」
男は謎の言葉を言うとわたしの目をじっと見た。奥の奥まで覗かれているようで少しぞっとした。
ぼんやりコンビニに行こうと家を出て、星が出てることに気が付いて、街の片隅の公園のブランコに乗ったまま星を見上げていたわたしに声をかけてきた男は、どこかのお祭りにでも行っていたのだろうか。ハッピを着てうちわを持っている。星を見上げているわたしの正面にいてコホンと咳ばらいをすると例の謎の言葉を放って、隣のブランコに座った。
「はあ?」
宇宙語かなにかか、新手の宗教か、はたまたへんなナンパ?いやこんな平凡でなんの特徴もないおばさんにナンパはないかと思い直して、男の目を見た。深い目をしてる。動物の目を見てるみたいに吸い込まれそうになった。
「流れ星が流れる一瞬のうちに願い事ができるということは、その願いは本当のあなたの願いです。ただ人のことや、苦しみから抜けたいという逃げた考えではなく、じぶんがやりたいこと、なりたいこと、そして感じたいことを願えば、星は答えてくれます。それには練習が必要なんです。あなたはじぶんで思ってるより自分のことを知らない。望みがわからないんでしょう?そんな思いが駄々洩れです」
男の声を聞き終わる前に、昨日かかってきた年老いた母の電話の声を思い出す。夫を敬えとか、嫁として母親としてこうあるべきだとか、そうかと思ったらじぶんたちの体の不調について延々と話していたこと。この年になっても親の呪縛から離れられないじぶんに嫌気がさすけれど、年老いた親にいやな思いはさせないほうがいいだろうと不満を抑えて電話を切った。
ここ何日か背中を痛めてしまって、寝返りさえ痛くてつらかった。やっと回復して散歩でもしようという気になったところだった。体が不調だと精神も落ち込みやすい。願い事?本当の願い?
ほんとだ。わたしの本当の願いは何だろう。
恐る恐る男に尋ねる。
「練習すれば願いが叶うのですか?」
男はうちわをパタパタさせながら、答える。
「そうです。流れ星が流れる一瞬の間に願えますか?」
「わかりません。願いってそもそもなんでしょう?お金持ちになりたいとか今はどうでもいいような気がします。本当の願いは安らかに苦しまずに息を止めることでしょうか」
わたしは男の目を見れなかった。
答えたらそれが本当の願いのような気がしてくる。
今、消えることができたらラクかもしれない。
男はぶらんこから降りてわたしの顔を正面から見て言った。
「あなたは今、生きている。だから望む必要がある。人のために生きているんじゃない、じぶんの望みを知ることが、あなたの仕事というか使命です」
じぶんのために、望むことが使命?
聞きなれない言葉にハッとする。
ずっと誰かのため、世間や義務のように望んでいた地位とかそんなことじゃない、じぶんのために望むこと?
なんだろうなんだろう。
ぐるぐると思考が動き出した。
なんの制限もないのなら、あちこち旅したり本を読んだり映画観たり、海の見えるところでおいしいお酒が飲みたい。
毎日を好きでいっぱいにしたいなあ。
ふふっと笑ってしまった。
そしたら男は消えていた。
好きなことでいっぱいにしたら、笑えるかもしれないと思いながら空を見上げた。
星が光った。流れて落ちた。
続編的なおはなしです。
背中痛めてたのはホント。
動けるしあわせ味わってます。