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始まりの記憶②(私の好きは…)

あの朝の公園から、私達は急に距離が縮まった
…りはしなかった。
待ち合わせて一緒に登下校するようになったけど、以前とあまり変わりない私たちの関係。友達なのか付き合っているのか…。
それでも、お互いの部活が終わるのを待って一緒に帰る時間が、毎日嬉しかった。

だいたい いつも、水泳部の尚の方が先に終わる。
本好きの尚は、いつも図書室で待ってくれていた。私たちの学校は、図書室を自習室として19時まで開放してくれている。
本を読んでいる尚の背中に、後ろからハグする。まだ濡れてる尚の髪から、微かにプールの消毒剤の匂がする。
パタンと読んでいた本を裏返し、尚の体に回した私の腕をギュッと抱きしめながら、おかえりって振り返って笑う尚のその声で、いつも心の中がジワンと温かくなる。
ずっとこうして抱きついてたいって思う自分に、毎回戸惑う。私、変なのかな。
その気持ちを振り払うように、
「うん、お待たせ。帰ろ。」と言って離れる。

何日かに1回、靴箱の所で座って靴紐を結びなおす。
だって、結び終わって顔をあげると、いつも「行くよ」と尚が手を差し出してくれるから。
私より、少し暖かいその手が大好きで、本当はずっと繋いでいたい。
でも、尚が嫌だったりしたら…と思うと、言えずにいる。

三学期の期末試験前、尚の部屋で勉強する事になった。
尚は真面目に勉強してたけど、私は気になって気になって仕方なかった。
うつむいて字を書いている尚のまつ毛が長くて可愛いのが
お揃いのペンをもつ指が細くて綺麗なのが
この部屋が尚の香りなのが…。

そんな自分がおかしいように思えて、なんだか泣きそうになった。

「あ、買い物頼まれてるんだった。今日は帰るね。」カバンにポイポイと筆箱やノートを投げ入れて、「バイバイ、また明日ね」と立ち上がる。
尚が、少し驚いた顔をしていたけど、このままココにいたら泣いてしまう。急いで階段を降りて、玄関に向かう。

靴を履こうとしたその時、追いかけてきた尚に腕を掴まれた。振り向いた瞬間、我慢していた涙が溢れてしまった。
そのまま腕を引き寄せられて、尚の胸にぶつかる勢いで抱きしめられた。うつむいて、尚の肩におデコを押し付ける。
涙、気付いてないといいな…。

どうして、尚の事になると、私の感情はこんなにコントロール不能になるんだろ。

「どうした?」って聞かれたけど、私にも分からない。
分からないけど、その声に、包み込まれるようなハグに、さっきまでのザワザワした感じや悲しい気持ちは一瞬でなくなった。
なのに、ポロポロと涙が溢れて私自身が驚いた。尚の腕に力が入る。

私も、尚をギュッとしたい。
してもいいかな…。
少し戸惑ったけど、尚の腰に手をまわす。
尚の匂いが好き。なんだか安心する。
いい匂いって思う相手は、遺伝子レベルで相性がいいんだって。
尚も、私の匂い好きだといいな…。

「みさき、反則だよ…。」
「?」
「これでも、我慢してたんだよ。みさきのペースで進みたくて。」
意味が分からなくて、顔をあげて尚の顔を見る。

「みさきは、今まで男子と付き合ってたでしょ。
だから、本当に私でいいのか。私が、触れていいのか。このまま、私の好きで、みさきを流しちゃっていいのか…。いつも考えてる。
みさきのペースで、急ぎ過ぎないようにって抑えようと…。」

あぁ、尚も不安だったんだ。
ううん。きっと、尚の方が不安だったんだ。
そう思うと、急に強気になれた。
尚の首筋に顔をうずめて、腰にまわした手に力を入れる。

尚の手をとって、手のひらにキスする。
そのまま、驚いてる尚の唇に…。
恥ずかしくなって、顔を見られないように尚に抱きつく。

「ずっと、こうしたかった。」

まだ目を見ては言えないけど、尚の不安を消したくて…。

少し間があって、尚が両手で私の頬を挟んで軽く持ち上げる。
尚の目が、優しく笑ってる。
「私も。」って言った後、顔中に優しく触れるキス。
なんか、くすぐったい。
私の目を見た後、今度はついばむようなキス。
頭がぽわんとして、心が嬉しいでいっぱいになる。

私の気持ちを心配してるのか、尚がまた私の目を覗き込む。
恥ずかしいけど、大切に想ってくれてるのが嬉しくて、尚の少し心配そうな、でも嬉しそうな顔が嬉しくて。
上手く言葉にできそうにないから、私からも尚にキスする。

今度は、触れるだけじゃなく、ついばむように。さっき、尚から教えてもらった。身体の中から、好きが溢れ出すみたい。
キスって、こんなに満たされるものなんだね。
尚と私の境界線がなくなっていくような感覚。
もっと、もっと重なりたくて、尚をぎゅっとする。このまま…

ピンポーン
いきなり、インターホンがなる。(あ、インターホンはいつでもいきなりか…。)
その音で、我に返って急に恥ずかしくなる。
もっと尚のそばにいたい気持ちと、持て余すくらいに溢れ出す自分の気持ちをコントロールできない不安。

尚が、宅配便のお兄さんから荷物を受け取ってる間に、「また明日ね。」と手を振って走って帰る。

帰り道、なんだか凄く嬉しくて、なんだかとっても幸せで、自然と早足になる。

私、尚が大好きなんだ。
尚も、私のこと好きなんだ。
ただ それだけの事だけど、
好きな人に好きでいてもらえる奇跡。
帰り道の向こうに見える空がキラキラ光って、なんだかとても愛おしかった。

世界中の人に、この気持ちを聞いてもらえたらいいのに。


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