<陸自幹部候補生学校生活記録>余裕ぶっこいて臨んだ10kmの行軍訓練で泣きながら歩く羽目になった話
こんにちは。
元・国防男子/初級・中級幹部サポーターのMr.Kです。
経歴については、
幹部自衛官として13年間勤務し、主な経歴は第1空挺団、米国陸軍留学、陸自最高学府の指揮幕僚課程、在日米陸軍司令部、国連南スーダンミッション軍事司令部等で勤務してきました。
自衛隊を退職後は、民間企業で約4年間勤務し、現在は独立して活動しています。
詳しくは、こちらをご覧ください。
今回は、陸上自衛隊幹部候補生学校の『行軍(こうぐん)』(徒歩行進)という訓練についての記事です。
『行軍』とは、軍隊が隊列を整えて、輸送機関によらず移動すること。
距離の長短や持ち歩く装備品の軽重はありますが、陸上自衛隊の殆どの部隊で実施されている訓練です。
僕は、これまで100km以上の行軍は何度もやってきましたが、その中でも一番きつかったのが、幹部候補生学校で一番始めにやった「10km」の行軍でした。
「えっ?たったの10km歩くだけでしょ?」
と思う人もいるかも知れませんが、
重い荷物を持って歩いたことのない人や訓練時の天候によっては、たったの10kmの行軍であったとしても、とてもキツい訓練になるのです。
⏩ 苦手意識を持ってしまった初めての行軍訓練
陸上自衛隊幹部候補生学校での第1回目の行軍訓練は、たった10kmの距離だったが、学校近傍の高低差の激しい山地を歩くコースでの訓練。更に悪いことに、6月の梅雨の時期の蒸し暑い日で、雨がザーザー降っている中での訓練となった。
荷物の重量は15kgくらい、これに小銃や防護マスクなどの装備品を装備する。
空身でのランニングには慣れていたが、15kgくらいの荷物と小銃を持ち、歩きにくく、靴底の硬い半長靴(はんちょうか)を履いての訓練はもちろん初めて。
第1回目の訓練ということで、部隊として統制の取れた行進をするために、『手信号』(声を出さずに隠密に行動するため)も学びながら歩いた。
また、幹部候補生学校がリーダーを育成するための教育ということもあり、部下に範を見せる必要があるため、また今回の訓練は一般的な陸上自衛隊の行軍訓練としては非常に短い距離だったため、休止間は「座るな、荷物を下ろすな」という統制があった。この統制事項が、僕たちの行軍訓練をさらにきつい訓練にすることになった。
⏩ 完全にこの訓練を舐めていた
(たった10kmの行軍?楽勝でしょ!こんなのやる意味あんの?)
もともと、バスケットボールをやっていたこともあるし、体力には自信があったので、「今回の訓練は楽勝!」と余裕をかましていた。同期たちがPX(ピーエックス:売店のこと)で足の負担を軽減させるソールや厚手の靴下を購入して念入りに準備をいたが、「たった10kmくらいの短距離を荷物を持って歩くくらいで大袈裟な…」と半分バカにしていた。
⏩ 訓練開始前のお決まりの儀式
訓練開始の日。
天気は雨。梅雨時の蒸し暑い日で風雨の激しい、訓練をやるには嫌な天候だった。
まずは、訓練開始前に『隊容検査(たいようけんさ)』というものをやる。隊舎の前に整列をして、訓練開始前に物心ともに訓練に臨む準備ができているかを確認する。
✅ 自分の任務が理解できているか?
✅ 訓練の内容を把握しているか?
✅ 必要な装備品が準備されているか?
✅ 物品の脱落防止措置ができているか?
✅ 背嚢(はいのう:リュックサックのこと)の入れ組品で換えのシャツなどの防水措置ができているか?(背嚢の中の着替えが濡れないように、ジップロックなどで防水処置をする)
予想通り、全員がしっかりと準備できているわけなく、雨の中、連帯責任の腕立て伏せなどの教官たちからのシゴキが入る。まあ、これは自衛隊の教育機関での訓練では普通で、スムーズに隊容検査が終わることはない。何かしら不備のあるところを突っつかれて、『反省』はやらされる。訓練前に気を引き締めるためのお決まりの儀式みたいなもの。仕方ない。
教官たちに、程よく疲労を与えられた後、訓練が始まった。
⏩ 気が緩んだまま行軍訓練が始まった
行軍訓練では、定められた時間に目的地に到着する必要があるため、歩くスピード、歩く時間と休憩時間が定められている。今回は初めての訓練だったこともあり、1行程は、45分間歩いて、15分の休憩。この行程を何度も繰り返して目的地まで規則正しく行進する。初めての訓練だったこともあり、休憩時間は通常よりも長く設定されていた。
1行程目・・楽勝!
2行程目・・・まだ余裕!!
順調に歩いていく。
でも、10kmくらいの短距離だから休憩なしでいいから早く歩き切りたかった。こんな蒸し暑い、雨の中の訓練はさっさと終わらせたかった。
⏩ ・・・??・・!? なにこれ?
4行程目くらいから、状況が変わってきた。
キツいな・・・予想より遥かに・・・
・・・何でこんなにキツイの??
10kmってこんなに長かったっけ??
本当は10kmじゃないんじゃ?
さては教官たちは俺たちを騙してるんじゃ?
不信感を抱き始める。
幹部候補生学校近傍の急勾配の山地のコースだったこともあり、上りは時速2.0km以下のスローペース。なかなかゴールに辿り着けない。時間が経てばたつほど、荷物を背負っている時間が長くなり、地獄の時間を味わうことになる。
15分と休憩時間が長いのも苦痛・・・荷物を下ろせないから。『休憩中も荷物を下ろすな』という統制事項のお陰で、休憩時間と言いながら、休めない。休憩中にも関わらず、激しい雨に打たれながら、重い荷物を持ち苦痛の時間をじっと耐え忍ぶ。
⏩ みず・・・、水をくれ〜
更に歩き始めて、数時間後。
雨衣(あまい:レインコート)を着て行軍をしていたため、蒸し暑さのために体力が奪われ、水筒の水をほぼ飲み干してしまっていた。
背嚢も雨水を含んで一層重くなっていた。
(ヤバイ、水筒の水が無くなりそう。まだ、ゴールまで距離があるのに・・・)
(あー、水をがぶ飲みしたい!でも、水筒に入っている水は限られている)
初めての訓練だったこともあり水の配分も考えることなく、水を飲みたくなったら欲望のまま飲んでしまっていた。後のことは、考えずに・・・後のことなど考える余裕すら無くなっていた。
(たった10kmなのに、なんでこんなにきついんだ?)
ちょうど、防水処置をした行軍経路を書いた地図を携行していたので、水筒の中の水を少しでも節用できるように、歩きながら地図上に雨水を溜めて飲みながら進んだ。地図判読をしているフリをして。雨水をこんなに飲んだのは生まれて初めての経験だった。雨水を飲まなければならないほどまで追い詰められていた。
これまでの人生、こんな精神的、肉体的苦痛を味わったことはあっただろうか・・・
蛇口を捻ればいつでも水を飲むことができる恵まれた環境で育った僕は、このとき当たり前に手に入るものが手に入らない状況を経験した。生まれてはじめて『水の大切さ』を学んだ。
⏩ 危機的な状況にあるときほど問われるリーダーシップ
行軍訓練間、教官達の激が飛び続ける。
「行軍中の幹部に休憩はないんだよ!休憩間に部下の様子や経路をしっかりと確認するんだ。そして、リーダーとして、まだまだ余裕があるというところを部下に見せるんだ。リーダーが不安な顔をしていたら部下は不安を感じるだろ!どんなにきつくても、やせ我慢をするんだ!絶対に辛さとか焦りを顔に出すな!」
そんな事を言われても・・・
(くるしぃ〜、きつい・・・・肩と足がとてつもなく痛い・・・・)
肉体的、精神的苦痛のあまり、心に余裕がなくなり、周りのことに意識を向ける余裕が完全に無くなってしまう。
行軍訓練のゴールである幹部候補生学校へ到着する直前は、ヘトヘト・・・
足の膝から下は、ボロボロ・・・一歩踏み出すたびに足に激痛が走る。
頭の中は、「辛い、きつい」という意識だけが支配・・・
完全なパニック状態・・・
水筒の水は残っておらず、喉はカラカラ・・・塩分が足りないのか、体に力が入らない。
今回の訓練は、マジで、やばいかも・・・
でも、たかが10kmの行軍で離脱する訳には・・・同期も頑張ってるし。
半ば泣きそうになりながら、いや、涙を流しながら必死で歩く方向を睨みながら、激痛の走る足を引きずりながら、歯を食いしばってゴールを目指した。とてもリーダーとは思えない、敗走する兵士のように。
俺ってこんなに弱かったんだ・・・
追い詰められるとこんなにみっともない姿を曝け出すんだ・・・
情けねぇ〜
これまで見ることの無かった、新たな自分の一面に接することになった。
リーダーシップを体で学ぶ訓練だったはずだが、苦しさのあまり頭で分かっていても肉体的、精神的にもリーダーシップどころではない。リーダーシップなんかどうでもよくなった。最悪の状態だった。
たった10kmの山道を荷物を持って歩くだけなのに…
いつも10kmくらいランニングをしていたので楽勝なはずだったのに…
もっと余裕を持って終了できるはずの訓練だったのに…
訓練当初は、こんな悲惨な事態になろうとは夢にも思わなかった。
本当は事前にもっと色々と準備をすべきだったにもかかわらず、10kmという短距離の行軍訓練を完全に舐めていたためにとんでもない苦痛を味わうことになった。
行軍は、作戦地域への単なる移動に過ぎない。移動ができなければ、その後の作戦行動は始まらない。でも、重い荷物を持って、通常50分歩いて10分休憩というこの単調な行動をゴール到着まで繰り返す訓練に苦手意識を持つ自衛官は多い。
これに懲りて、特に行軍訓練前の準備は念には念を押してするようになった。行軍訓練には、苦手意識を持ってしまったから。
⏩ 今回の敗因を分析してみた
✅ 大雨のため、雨衣(あまい。レインコートのこと。)を着ているので、ムシムシして体力が奪われる。
✅ 蒸し暑いので、水筒の水がどんどん無くなっていく。携行できる水筒は自衛隊用の小さなもののみ。
✅ 小銃と約15kgの背嚢(はいのう)をずっと背負って下ろせないため、肩に負担がかかり痛くなる。特に小銃を携行している方の肩は小銃の負い紐で肩が締め付けられて鬱血し、腕が痺れて上がらなくなる。
✅ 経路はほとんどがアスファルト道で、半長靴の底も硬いので自重と荷物の重量が足に直接かかり、足の裏からふくらはぎにかけてものすごく痛くなる。
✅ 45分歩いて、15分休憩を繰り返し、規則正しい一定のスピードで歩くため単調でつまらない。疲れたからと言って自分のペースでは休めない。
✅ 休止中に座れず、荷物も下ろせないないため、休止間も体力が奪われて、肩と足にも負担がかかり続ける。
✅ 地図を見ながらの行進なので、辛いけど頭も使う。
✅ 訓練を完全に舐めてたため、明らかな準備不足。
訓練が始まる前は全く予想していなかったが、実際やってみると想像以上の負荷がかかり、大変な訓練になった。
このときの行軍訓練がトラウマになり行軍訓練が大嫌いになったが、幹部候補生学校卒業後には陸上自衛隊でも最もきつい行軍訓練をする第1空挺団への配属することになり、毎年300km以上の行軍訓練をするはめになった。
まあ、これも慣れれば100kmの行軍くらいなんてことはなくなるんですけどね。きつい訓練であることには変わりないんですが・・・
これから行軍訓練を経験する人、自衛官で行軍訓練に苦手意識を持っている人は、是非以下の7カ条を実践してみてください。ちなみに、幹部候補生学校などの教育機関だと個人で食べ物を準備したりはできないので、7項目は部隊で訓練をする際に実践してみてください!
⏩ 行軍訓練を楽に乗りきるための7カ条
1.装備品等はお金をかけて、良いものを揃える。
・ 靴下は厚手のものを準備
・ 靴のソールも、足への負担を軽減してくれるような良い物を準備
2.ラックサック・マーチ(荷物を持って戦闘靴で歩く訓練)をする。
・ 事前の入念な準備は大切。リュックに重い荷物を入れ、背負って歩く訓練をすること。また実際に履く靴に足を慣らすことで、行軍に慣れる。自分の楽な荷物の背負い方などを研究する。
3.背嚢への荷物の入れ方
・ 軽いものは下、重いものは上に入れる。
4.背嚢の紐の調節
・ 荷物の重量が肩に直接かからないように、リュックの上部が後ろに少し倒れるくらいに背嚢の紐を調節する。(逆三角形のような形)
5.水は口の中を湿らせるくらいに飲む。がぶ飲みは絶対にしない。
・ 水筒の水がすぐに無くなってしまい、水を飲み過ぎるとバテるのが早くなる。
6.水と同時に、塩分も摂取する。
・ 水だけ摂取すると、脱水症状を起こしやすくなる。
・ ポテトチップス(塩味)をジップロックに入れてバリバリに割ったものはオススメ。塩分が取れる飴等も良い。
7.食事は食べやすいものも準備する。
・ オススメはカルパスやソーセージ、お粥、カロリーメイトなど短時間で食事できるもの。休憩時間の少ない中で、必要な食事を速やかにするためには自衛隊で配布されるパック飯だけでなく、自分で準備したものを組み合わせて荷物の重量と食糧の配分を考慮する必要がある。
上記の7つを実践するだけでも、体への負担はかなりの軽減され、楽に歩けるでしょう!
行軍の目的は、良好な状態で作戦地域まで移動することです。移動中にバテて脱落することのないように、できるだけ「楽」に歩けるように、試行錯誤してみてください。
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最後まで読んでいただきありがとうございました。
今日も皆様にとって良い一日となりますように!
元国防男子 Mr.K
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