憧れの文体
今日は書きたいものが進まなかったので、私の好きな言葉を紹介します。大学生のときに出逢った宮下奈都さんの作品です。
第13回(2016年)本屋大賞に選ばれた「羊と鋼の森」は私にとって心の拠り所になる本です。映画化もされて話題にもなりました。
調律師の話なのですが、ベテラン調律師の板取が、目指す理想のピアノの音について主人公に述べるところがあり、原民喜の上の言葉を引用します。
私はこの言葉に出逢ったときになんて美しい言葉なのかと、何度も何度もその言葉を読み直しました。文体を音に変えて表現するところもとても素敵だなと思いました。
この本を読むと森の中に入っているような気持になるのです。最初の一文から引き込まれる世界観があり、とても不思議で森の温かさを感じます。北海道が舞台になっているこの作品は、人とのつながりもどこか雄大であたたかい。のちに「神さまたちの遊ぶ庭」というエッセイでも描かれているのですが、自然豊かな場所で過ごす時間の尊さや家族の出来事など、読んでいて自分もその場所にいるかのような感覚になるのです。
数年前までは何故か急に大きな自然に包まれたいとき、必ずこの本を手に取り森の存在を感じて心を癒してくれました。
でもいまこの本を開くときは、宮下奈都さんの表現や言葉の使いまわしに出逢いに行く時間になっています。時間を経て大好きな本が、癒してくれる存在から憧れへと変化していきました。わたしもいつか「明るく静かに澄んで懐かしい文体、少しは甘えているようでありながら、厳しく深いものを湛えている文体、夢のように美しいが現実のようにたしかな文体」このような文体を綴ることができますように。