文章を書けるのは才能?
文字との思い出
本は全くと言っていいほど読まない幼少期
幼少期は、トムとジェリーや星のカービィの漫画、仮面ライダーやスーパー戦隊シリーズを見て育ったため全く本を読む機会がありませんでした。古い記憶の家の本棚にあったのはこち亀やドラえもん、半神などでした。全て漫画だったのでそもそも本に囲まれるような生活は送ったこともなく、本を読もう!と思うような機会にも恵まれずに成長していきました。
学校での読書週間でもラノベを読んだりする体たらく。幼い頃は基本的に文字は紙で読むものではあったものの、いわゆる文字だけの「本」というものを読む習慣がありませんでした。
唯一と言っていいほどの読書(と言っていいかは怪しいですが)の機会は国語の教科書でした。しかしあまり関心を寄せることもせず、国語の成績はワースト首位を争うような学生でした。
文字を息をするように摂取する媒体
なぜ私がnoteをはじめとする色々な文字を読めるようになったのか、それはズバリ携帯電話を持ち始めたことがきっかけだと思います。
ガラケーを初めて持ったのは小学生の頃。最初は鍵っ子だった私のために親が心配して買い与えてくれたものでした。
中学生になったころ、いわゆるオタクとなった私はインターネットの小説を読むようになりました。ここでかなり文字への抵抗がなくなったと思います。好きという気持ちは何よりも人を成長させますね…!
高校生になるとオタクに拍車がかかり、さらに前略プロフも流行り出しました。電車通学の最中には2chのオカルト板で怖い話を読み漁り、暇ができたら個人サイトのリアルやブログを更新する。Twitterが登場してからはドラマや生放送の実況中継ツイートを行う…そんな日々を過ごした高校時代でした。
デジタルで長文を読むことから文章にはまっていった私は、いまだに紙の本を読むことが苦手です。折り返すところで目が滑り行頭がわからなくなることが多いので、解決策をご存知の方はにはご教示いただきたいです笑
遺伝な気がしている
父親は編集者。祖父の家には書庫が。
あまり本を読んでこなかった私ですが、今の会社に入りnoteやQiitaを執筆するようになりありがたいことに「文章を書くのが上手」、「読みやすい文章」だと言われることがありました。
読むことと書くことはリンクしていると考えていたので、思ってもみなかった角度から褒められて驚愕すると共になぜそう言われる文章を書けるのだろうか…国語の成績悪かったのに…と考えました。
手っ取り早い結論としては、私の父がもと編集者であり文章を構築する才能が遺伝したという事実が文字を書く能力を与えてくれたと思っています。そう思ったのもインターネットのどこかで見た遺伝的要因で決まる子供の性質の文章力の欄でした。調べ直してみたら週刊現代という微妙なデータソースでしたが、こんな記事がありました。
これはもう自分の文章力の正体は遺伝であって学力は関係ないぞ!と逆に自信になりました。おそらく私に足りていないのは構成力と語彙力かなと思っています。
また、思い返せば父方の祖父もものすごく大量の本を貯蔵しており、統一された背表紙がびっしり並んでいる祖父母の家を記憶しています。祖父は書道も嗜んでおり、自分で書いた文字でオリジナル背表紙を作り自身の蔵書を整然と並べていました。
父方の家系が文字好き・文字を生業にしていたからすんなり文章を書けるのかと思うと、何だか不思議な気持ちになります。自分がその気がなくとも受け継げることってあるんですね。
良いライターさんの原稿を読んだ経験
もうひとつ、後天的な要因があるとすれば仕事で良いライターさんに巡り合い、その方の原稿を読んだ経験があったからだと思います。
「飄々とした感じのいいおじさん」という雰囲気のそのライターさんは、取材で適切に相手の話を引き出すのが上手で、上がってきた原稿も良いものばかりでした。編集者を経験した元上司お墨付きのライターさんで、「納期を守らないことだけが玉に瑕なおじさんだね」と言われていました笑
また、そのライターさんと組んでいる際にいた会社では主に大学案内の制作をしておりました。ですのでさまざまな領域の学問の話を文字を通して知ることができ、良い経験になったと思っています。色々な学問のさまざまな分野の志高い学生のインタビュー原稿を見て、将来の日本は安泰だなと思うなどしていました。
以上のことから私は人よりも少し文章を書く力があるようなので、今後も暇を見つけて自分の思いや考え、感じたことをnoteに書いていこうと思います!
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