激突、落下、無傷の戦士。前しか見えない爆進お父さん。
目の前のことしか見えていないので、父はよく激突・落下する。
たとえばガレージのシャッター。
高さを認知できず、半開きのシャッターに顔面から向かっていく。
メガネがぶっ壊れたこともあったし、おでこから流血したこともあった。
つい最近帰省したときは、おでこに小さな穴が空いていた。
無傷ではないが、繰り返しているという点で、精神的にノーダメージであることがうかがえる。
※同じ現象は棚つきのパソコンデスクでも起きている。一般人には謎すぎるが、前のめりに立ち上がっているらしい。
たとえば真冬の用水路。
自治会の集会が終わり、全員であいさつを交わしていたとき、
父はおじぎをしながら一歩下がり、真冬の水中へ落下していった。
父の視界には自治会メンバーの驚く顔がスローモーションで映っていたらしい。
「お、おまえ、うしろ、地面ないぞ………ーーーー!!!!!」
顔面蒼白、濡れ鼠になって帰ってきた父を、今でも母は思い出して笑うが、
それでも父は無傷だった。
たとえば階段。
祖母のお通夜で、母の実家に親戚一同が集まっていたある日、
誰もが寝静まった深夜に、とてつもない轟音が鳴り響いた。
ドドドドドドドドドドォォォォンーーーーー
築60年、急な木製階段のてっぺんから父が転がり落ちたのだ。
あまりの音に全員が息を潜めて、こう思った。
「逝ったな……………」
祖母に連れて行かれたかと思ったが、父は無傷だった。
そんな父の、強靭な肉体を示唆するエピソードがもう一つある。
「急襲!母の全力飛び蹴り事件」だ。
私が小学生の頃、我が家の夫婦喧嘩は壮絶だった。
幼い私が世間体を気にして家のすべての窓を締めて回るほど、白熱した口論が繰り広げられていた頃の話だ。
ある晩、怒り狂った母がもう我慢ならぬと部屋の端から全力で走ってきて、父のおしりを思いっきり飛び蹴りしたことがあった。折しもその時「父に宿題を聞く」という方法で喧嘩の仲裁をはかっていた私(健気な小学生)は、あまりの恐ろしさに「ひっ」と声をあげて、あとずさりした。
結果どうなったか。
母の足は無残にも腫れ上がり、翌日病院へ駆け込むこととなった。
ーーーもちろん、百戦錬磨の戦士・父は無傷である。
そんなこんなで、父は数々の修羅場?を乗り越え、今日も元気に激突・落下を繰り返している。
しかし、父はもう78である(2024年現在)。
いつ父が「はしごから落下」「壁に激突」などの事故で、ぽっくり逝くか気が気でない。
母いわく「そんな幸せな死に方ないで!」なんだけれども。
まだまだ父の野菜と米を食べていたいから、
もう少しは無傷の戦士として、日々の奮闘を願いたい。