ASEANのことを調べたり、話したりして最近思うこと
大学の新興国ビジネス事例研究という講義で、ただいま課題のために特定分野のASEANの資料を読んでいる。
合わせてフィリピンやインドネシア、ミャンマーなど、このコロナ禍での互助のあり方を、現地の人や知っている人から直接聞く機会があり、日本が経済成長とともに失ってきたものについて考えたりした。
社会保障制度や専門職としての高齢者介護サービス、NCD 対策などのフォーマルサービスの開発については、日本は長年の経験を有しているが、他方で、地域の互助の仕組みについては、経済成長の中で、その機能を低下させてきたといえる。こうした地域の役割については、むしろ ASEAN 諸国に様々な取組事例があり、日本側が学ぶことも少なくない。高齢化対策に関する国際協力は、一方的な技術移転ではなく、日本側も共に学ぶという態度が重要である。 (引用元:厚生労働省 国際的な Active Aging(活動的な高齢化)における日本の貢献に関する検討会報告書)
私が子供のころは、おそらく現在のASEAN諸国(実際には一括りでは語れないが)のような、地域や家族のつながりが強かったと記憶する。
私はそういうつながりに助けられたけれど、窮屈な想いもあり、地元を出て行った。
老後の心配についても、Jetroの調査によると、ASEAN諸国の中では、シンガポールは不安な人が3割弱なのに対し、その他の国はほぼほぼ楽観的と答えている。なんとかなるっていう感じ。日本では私のような氷河期世代は、貧困老人になってしまうなんてニュースにされたり、なんだか悲観的なイメージがじわじわと染みてる気がする。
まだまだ準備中だけど、中野秘密基地では、そういうことへのヒントになることをやりながら見つけられたら、って思っている。今回ASEANのことを調べてみて、確かに日本の事例を調べるのも大事だけど、あちらの事例を参考にさせてもらうのは大切ではないかと思った。
課題提出のための、メモがき。