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アメリカ有機農場 滞在記③ 土壌微生物を飼う

「有機農業」と聞くと、どんなイメージが浮かぶだろうか?無農薬で安心安全を謳った野菜。意識が高くてお金に余裕がある人たちが買うもの。自然との調和なんていう宗教臭さを思い浮かべる人もいるかもしれない。特に、有機農業をあまり知らない人と話すと、「有機農業=無農薬・化学肥料不使用」だと思っている人が大半だ。

実は、有機農業において、無農薬・化学肥料不使用は些細な一つの性質でしかない。一番重要な点でも、有機農業を定義するものでもない。
有機農業の基本コンセプト、それは、微生物に野菜栽培の環境を作らせること、これに尽きる。土壌に有機物を投入し、微生物に分解してもらうことで、土壌の肥沃度が高まる。多様な微生物の存在は、植物病原菌や病害虫が繁殖の繁殖も防ぐ。この微生物の働きによって土壌環境を整備すれば、野菜は大きく育つようになる。結果として、農薬や化学肥料は必要ない、という判断がされるかもしれない。しかしそれはあくまで土づくりに付随してきた性質なのであり、結果でしかない。有機農業を定義するのは、「微生物を飼うこと」だ。

だから、有機農業において農家の仕事は、野菜を育てること、ではなく、微生物を育てること、になる。

農場には不思議な機械があった。大きなタンクに黒っぽい液体が入っていて、ポンプで空気が下から入れられてゴボゴボと音を立てている。

これは、有機肥料を作るために機械だという。この液体の中には、有機物の分解を行う微生物と菌、それらを捕食する線形動物やアメーバ、繊毛虫などが何万個もいる。そこに落ち葉や生ごみなどを投入し、有機肥料まで分解してもらうのだ。これらの分解を担う微生物や菌は酸素を好む好気性で、逆に植物の病気の原因になる菌は嫌気性のため、常に空気を入れてかき混ぜることで、有害な菌の繁殖を防いでいる。
この農場では、1週間に1回、毎週金曜日に、トラクターでこの液体肥料を畑にかける。こうすることで、栽培中でも簡単に土壌中の肥沃度を高めることができる。


ミミズを自由につついて食べる鶏たち

農場で放牧されている鶏と羊も土づくりには欠かせない。野菜を育てて栄養が失われた畑には、まず羊を放牧し、フンをしてもらう。そのフンがそのまま動物性堆肥となる。次に鶏を放牧する。鶏がついばんだり足でかくことで、土が耕されるのだ。これはチキントラクターとも呼ばれていて、日本でも導入している農家がある。こうして羊と鶏のフンと足で肥沃になった土壌を最後トラクターで耕して、次の野菜を育てる土の準備が完成する。

動物性堆肥は避けた方がいい、と言われることもあるけれど、この農場では問題ないと思う。フンを排泄する家畜が遺伝子組換の飼料や農薬が入った飼料を食べていることが動物性堆肥が批判される大きな理由の一つになっているが、農場の牧草(というか雑草)を食べて育っているここの鶏や羊にはその心配はないからだ。動物性の肥料は、リン酸、カリウム、窒素といった栄養分を多く含んでいるため、土壌を豊かにする効果的な手段だ。
ただ、基本的に動物性堆肥はフンそのままではなく、フンを完熟、つまり発酵させたものになっている。直接畑に投入しているこの方法では、畑の中で完熟させる必要がある。そのような調整も含め、農家の腕の見せ所なのだろう。

微生物を育て土を豊かにすることで間接的に作物を育てる有機農業は、微生物への理解と高度な知識、土壌の状態を見る技術が要求される、非常に専門度の高い農法だ。これを、ただ無農薬・化学肥料不使用と思ってしまったら、当然作物は育たない。よく、「慣行農法と有機農法の収量の変化」なんてデータがあって有機農業では収量が落ちることが示されていたりするが、そのデータをとっているのが有機農法を始めて一年目の圃場だったりする。一年で土が育つわけがないのに。それは有機農法ではなく、ただの無農薬・化学肥料不使用だ。

植物が直接取り込むことができる化学肥料は土壌微生物が分解することはできないため、エサとなる有機物を失った微生物は死滅してしまう。微生物がいなくなった畑では、互いに抑制しあっていた生物のバランスが崩れ、植物病原菌や病害虫が繁殖しやすくなり、それがさらなる農薬の使用を招く。確かに、化学肥料と農薬を使う方が、生育条件はコントロールしやすい。だから、高度な技術を持って微生物を育てている有機農家を私は尊敬したいと思う。


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