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2016.02.17 下手な大人が下手な子どもを勘違いさせる。

日本人。
皆、口を揃えて言う。

「速く!」。
「広く!」。

一様に『スピード』を強調する。
本当にそうか?

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サッカーが巧かったら、上手かったら、時間も空間もコントロールできるはずだ。


「なぜ?」と「いつ?」、一番大切なはずの『タイミング』が抜けている。

速くなければいけない。
広くなければいけない。

世界ランク50位の勘違いした国の誰かが決めた。
そして今、勘違いした多くの大人たちが、子どもたちを勘違いさせている。


ボールをコントロールできない大人ほど、子どもたちをコントロールしようとする。
下手が急ぐ(慌てる)からボールを失う。
下手が下手を「速く」と煽ることによる、ボールロストのオンパレード。
自らのミスでボールを失うサッカーほどつまらないものは無い。


つまらないサッカーをするチームに、矛盾が一つ。
もはやパスとは思えないようなとんでもないキックミスに「ドンマイ」、タイミングを図るボールキープには「持つな」と声を荒らげる。
パスのミスは黙認され、ドリブルのミスには罵声の集中放火。
ボールを持てない大人に作られたボールを持てない子どもによる、ボールを持てる子どもに対する嫉妬としか思えないのだが。


そんなチームほどシステムや戦術の虜となり、形式ばった練習で強くなっていると勘違いする。
プロがやるような練習ばかりで、子どもたちの中には自分がプロになっているかのように振る舞う者さえ出てくる。
そこに漂うのは、ただ練習と試合を「こなす」雰囲気。

追求の空気などあるはずも無い。
想像力も創造力も皆無。

こなすのは簡単だ。
勘違いした大人が作った約束事を守るのが第一、型にはまったプレーを連続させればいい。
ただ、下手が多いから大人の思うようにはなかなか事も運ばないのだが。苦笑
下手がシステムと戦術に縛られた勘違いなサッカーをこなそうとする滑稽な姿には魅力も何も感じられない。




チームにバランスを与えるのはボールだ。
ボールを何度も失うようなら、そのチームはすでにバランスを欠いている。
(ヨハン・クライフ)

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人間は、自分の想像を超えるものを見た時に感動する。
感動を与えるサッカーとは、人々の想像を超えるものなんだ。
決して、下手でも一生懸命やれば感動するなどという幻想に囚われてはいけない。
そもそも、日々追求を積み重ねていけば、下手なままでいるわけがないのだから。




人に感動を与えるプレーを心がけている。
私のようになりたい、私のようなプレーがしたいと思う子供たちに知って欲しいのは、サッカーは美しさを表現できるスポーツだと言うことだ。
(ジネディーヌ・ジダン)

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熱病フットボーラー OMA

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