二寸先の栄光を信じて ヒカリアレ
「ベイスターズの正捕手って誰?」
そう聞かれて、よく首をひねっていた。
回答に困り、私の首はもう十分にストレッチされるぐらいに。
西武なら森、楽天なら嶋?広島にはベテランの石原に、打撃もいい會澤、控えには坂倉に磯村、さらには智弁和歌山から入団した中村奨成が2軍でみっちり鍛えられている。恐ろしい選手層の厚さ……!
さらに少し前を思い出すと、野村元監督に古田元監督に、と女房役としてチームの鍵を握るポジションであるキャッチャー。
横浜は、と記憶を遡ると谷繁や中村、相川に日ハムに移籍した黒羽根……。つい1年半ほど前までは、嶺井、戸柱、高城の3本だった。
それぞれ一長一短あり、ピッチャーとの相性やデータ、打線の調子を見ながらの起用が続けられていて、やきもきする場面も多かった。(高城のぶっとんだムードメーカーな感じと全力の笑顔好きだったなあ)
2018年7月、突然のトレード発表。
「正捕手争いが終わった」。
そう思うのに時間はいらなかった。
高城、白崎とトレードになり、赤間と一緒にオリックスから横浜に入団した伊藤光。背番号29。
私の中の「スタイリッシュ枠」(ちなみに他には梶谷、神里。異論は認める)で、失点だ、エラーだとふわふわしていたキャッチャー陣をよそ目に入団するなり、安定のリードを見せつけた。
今シーズンは、ホームランや盗塁(!)でキャリアハイを更新。チームに勢いをつけ、波に乗れるか……?というところで右手の指を骨折。正直、今シーズンはチームとしてもう終わったと思った。それぐらい戦力として、雰囲気を作る選手として重要だと思っていた。
*
私は、伊藤光の2つの「姿勢」が好き。
「姿勢」1つ目は、そのままの意味。体の使い方や姿勢。
2018シーズン後半はスタジアムに行けなくて、悔しくてキャンプを観に行った。そこで初めて伊藤光の練習風景を見た。それもバックネット裏の特等席から。
バッティング練習では、体に1本まっすぐ、しっかりとした筋が通っていて、体の力をスムーズにバットに伝えていく。フォームを崩すことなく、何度も何度も感触を確かめながらスイングを続ける姿を息をすることさえ忘れてただ見つめていた。
守備練習でも体の使い方が美しかった。
捕球してから投げるまで、また、ショートバウンドの止め方、ブレることなく最低限のモーションで動作を行う。低い姿勢を崩さずに長時間動き続けている姿にあっという間にファンになった。
もう1つは、野球への姿勢。
ぱっと見た感じ大人しそうで、冷静な雰囲気なのに、「ハグは前からやっていたんですけどね」と話して、まっすぐに選手に伝えるぐらいには、野球に対して本当に熱い人なんだと思う。誰に対しても臆せずに意見を伝えるなんてことも聞く。
完投したピッチャーに対して試合終了後にハグをして、すっかり横浜ファンに定着した「例のヤツ」。
最初こそおどおどしていたピッチャーも、完投後、笑顔で「頑張ったよ!」と言わんばかりに笑顔で伊藤光に向かっていく姿は涙をこらえるぐらい幸せな景色だった。
恥ずかしながら、パリーグをよく見るようになったのはここ5年ぐらいの話だし、選手のことはよく知らないことも多い。
伊藤光が横浜に入団したときに、過去の記事を読み、動画を見た。悪の司令塔のメイキング映像はなかなか秀逸でしかもはまり役。
そんな中、目にとまったのは、2014年パリーグの優勝が決まったソフトバンク戦で敗れて号泣する伊藤光の姿。
当時、ニュースで見ていた記憶とようやく繋がった。
この人は、もしかしたらまだ野球少年なのかもしれない、なんて思った。
シニアで注目され、高校は明徳義塾に進学。才能に甘んじることなく、より上を目指せる場所に身を置き、血の滲むような努力を続け、最優秀バッテリー賞まで上り詰めた。
でも、それでも、手に入れたい物には届かない。
ましてや相手はソフトバンク。何度も苦しい場面を跳ね返してきたチームだ、地力がある。強者を倒すのは、並大抵のことではない。
あの場面で泣き崩れたのは、ただただ悔しかったんだろう。強くなりたい、誰よりも、もう二度と負けたくないと。
怪我が続き、思うように試合に出られなかったり、野手での出場だったり。それでもキャッチャーに対する自らのプライドを曲げることなく、出場機会を伺う時期が続いていた時期もあった。
私は、もしかしたら報われない人が好きなのかも知れない。うまくいかなくても、這いつくばってでも泥臭く立ち上がる人を応援したくなるのかも知れない。
「次こそ、絶対に次こそ、やってやる」
そう心に決めている人を、チームを、見届けたいのかもしれない。うまくいかなくても、何度でも。いつかやってくれるんじゃないかってわくわくしてくる。
*
「準備が全てを決める。
当たり前のことを当たり前にやること」
今年のシーズンに入る前に伊藤光がInstagramにあげていたこと。きっと、今回の決断をするにあたって、色んなことを考えて色んな準備をして決めたんだろう。
「行使するという迷いはなかった。移籍したいとも思わなかった。ベイスターズに救われた」
少年みたいに感情をまっすぐに伝えてくれる。ああ、ずるいなあ。
こっちこそ、伊藤光にどれだけ救われてきただろう。
グラブに刻まれた5文字を、心を込めて送りたい。
横浜に来てくれて本当に、ありがとう。
これからもいてくれること本当に、ありがとう。
あなたの未来に光がさしていますように。
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