【エッセイ】ワタシのカイロな生活
6時15分、スマホのアラームが鳴った。起きる時間だ。寒いので、ベッドの中でストレッチをしてから起きる。2月になっても最低気温は11度まで下がる、なんて言ったら、日本にいる人々に怒られそうだ。
台所へ行く。昨晩から水に浸けていたお米に、蜂蜜を少し垂らして炊飯器にセットする。こうするとエジプトのお米も日本人好みになる。ザクロとマンゴーを切る。エジプトは果物が安いので、果物好きの私は本当に嬉しい。夫がノートパソコンを持ってダイニングに来た。インターネットにつなげば、NHKのニュースも朝ドラも見られる。便利な時代だ。
エジプトに来てから、夫のお弁当作りを再開した。結婚してすぐの頃は作っていたが、「弁当を持って満員電車に乗るのは面倒だ」と言われて作らなくなった。本当は美味しくなかったのだと思う。31年前のことだ。その夫が毎朝お弁当を持って行く。私の料理の腕が上がったということか?
8時、夫がうちを出る。ベランダに出て、社用車に乗り込むのを見送る。お弁当を持って行くのは満員電車に乗らないからだった。
9時、日本の両親に電話をかける。日本との時差は7時間だから、そろそろ昼寝から起きる時間だろう。インターネットにつなげると、声だけでなく元気な表情まで画面に映し出される。しかも無料で!
夫の赴任先、エジプトのカイロに来て、1ヵ月がたった。夫がすでに暮らしているマンションに潜り込んだので、私が一から準備することはなくて、即日快適。日本の自宅マンションと同じくらい居心地がいい。しかも、こちらにはもれなくメイドがついてくる。
10時半、そのメイドがやって来る。メイドといっても、メイド服が似合うような女の子ではない。私と同年代でがっちりとした体型の……、そう、テレビドラマ「家政婦は見た」の市原悦子の方に近い。その市原悦子似が200平米はある3LDKのマンションを丁寧に掃除してくれる。3つあるバスルームまでピカピカだ。彼女は大きなモップで水拭きしているとき、一生懸命に何かを唱えている。アラーに感謝を捧げているのだろうか。私は家事の中で掃除が一番好きではないので、彼女に心から感謝を捧げたい。
12時、アザーンが聞こえてきた。男性がアカペラで歌っているように聞こえるが、これはイスラム教徒に礼拝の時間を告げている。彼らは1日に5回礼拝する。街のあちこちにあるモスクのスピーカーから、大音量で1日に5回聞こえてくる。12時は2回目のアザーンだが、私には昼ご飯の時間を告げているように思える。
15時、3回目のアザーンが聞こえてくると、近くに買い物に出る。マンションの入り口には男性スタッフがいつも座っていて、ニコニコと挨拶をしてくれる。
生鮮食料品はスーパーAで買う。外国人を意識した品揃えが特長だ。値段は日本のスーパーと同じくらいだが、衛生的な店内で良質な商品が買えるのは代え難い。日用雑貨はスーパーBで買う。地元の人が足繫く通うだけあって安い。野菜や果物は地元の八百屋で買う。スーパーAより安く、店員はとてもフレンドリー。すでに顔を覚えてくれて、行く度に「スモール・プレゼント!」と言ってはオレンジやニンジンをおまけしてくれる。
買い物は私にとってエジプトを感じられる貴重な機会だが、コロナ禍の今、マスクを二重にして、足早に帰って来るようにしている。
エジプトのコロナ感染者数は、1日あたり2,000人だといわれているが、本当のところはわからない。実際はしっかりと調査していない、という話を漏れ聞く。街を歩く人々のマスク率はざっと見て、数パーセント。「マスクなんてしなくてもアラーが私たちをコロナから守ってくださる」と話しているのを聞いたことがある。エジプトの総人口、90パーセントがイスラム教徒。ほとんどの国民がそう思っているとは思わないが……。
18時、4回目のアザーンが聞こえて、しばらくしてから夫が帰宅した。入口の男性スタッフが礼拝していて、ドアを開けてもらえなかったという。礼拝は義務とされているから、夫は黙って10分間待っていた。
22時、ベッドに入る。カイロの市原悦子がベッドメーキングしてくれた、パリッとしたシーツにくるまれて、1日が終わる。
カイロな生活は日曜日から始まる。エジプトの休日は、イスラム教徒がモスクへ礼拝に行く金曜日だからだ。役所や多くの企業は、金曜日土曜日と連休にしている。
ワタシのカイロな生活は、インターネットの恩恵を受けて、アラーを信じる人々に支えられて順調に始まった。こんな風に明日も明後日も過ごせますように、と願うばかりである。
(2022年2月10日に書きました)