『CROSS DRESSER』Vol.3
◆How to メイク:ファンデーション〈3〉
ファンデーションをつけおわった顔はまったき無表情。血が通っているとも思えない死面のよう。微妙な肌色の違いや濃淡、陽灼けやシミや小さなホクロ、頬の赤みや唇の輪郭など、すべて塗り潰されている。あの忌わしい髭の剃り跡さえ跡形もない。
顔色を失うほどの厚化粧は半ばいたしかたがない。女性の化粧と違い女装の化粧はまず男を消さなくてはならない。男を消すことで女を装う。これまさに女装の基本にほかならない。
小休止のあと、パフを押しつけるようにしてファンデーションをなじませていく。粉を吹いたような肌がしだいに潤いを帯び、やがて濡色の深みと艶を放ちはじめる。その顔は素顔とは比較にならないほど綺麗。
ためつすがめつするうちに、この顔こそが本来あるべき自分の顔なのだ、という気になってくる。この顔こそがほんとうの自分の顔で、あの顔色の悪い素顔(じっさいは人に威張れるほど悪いわけではないが)こそデスマスクなのだという倒錯に陥ってくる。
◆Nightcap〈3〉
偶然の衝動買いにも説明はつく。それは動機においてもしかり。私は前からそれが欲しかった。よしんば捨てるはめになったとしても惜しくない廉価なハイヒール、色は白、サイズは24.5。
しかし物が物だけに、さすがにためらわれた。そこに好機がおとずれた。はにかんでいる場合ではなかった。
それにしてもなぜ、そんなものが欲しかったのか。私は一度でいいからそれを履いてみたかった。私を惹きつけてやまない目もあやな白いハイヒール。目にするだけで心ときめいてしまうその靴を、私も一度でいいから履いてみたかった。
Thanks reading, See you…