それは自分をゆるす為に起きている
〈 編集しました 〉
自分を許す為に
許せないことが起こってくる
これに気づけると
楽になります
許せない
というと
言葉の表現が強いけど
↑
(私はそう感じてしまうタイプで)
そもそも
「許せない」という言葉に
胸が痛むのは、
昔から
攻撃性の強い言葉や感情を
日々頻繁に発している
母を見ていて、
ずっと怖かった体験があり
言葉に対する重みや
エネルギーに対して
敏感に感じてしまう傾向が
私にあるんだけど
たとえば私のように、
許せないってほどの感情が
湧きにくかったり
内省的な資質であったり
した場合でも
それでも
誰かに対してや
何かのものごとに対して、
「もやもやする」
という感情が
芽生えることは
誰でもあると思うんです
その「もやもや」って
実は、
相手に対しても
自分に対しても
「攻撃性」なんですね
許せない。
もやもやする。
どちらも
自分を攻撃しているの
相手に出したものは、
自分に向けているのと
同じだから
(自分に返ってくる)
もやもやしているって
凄く凄く
自分が苦しいんです
でね、
自分をゆるしましょう
って、私もこうした場で
何度も伝えてきてるから
繰り返しにはなるんだけど、
相手をゆるすのではなく
「もやもやする」
「許せない」など
相手に対して生まれる
全ての感情を
「あっていいんだよ」って
素直に認めてあげる
自分をどこまでも
ゆるしてあげる
そうした
「ゆるし」への体験は、
生きていれば
何度もあると思います
(制限が多ければ多いほど)
今このことで
もやもやしたな、とか
凄く悲しい、とか
怒りを感じる自分が
いたのなら
相手を通して
もやもやを感じることで
見せられていて
今、自分のすべてを
認めていくように
起きていることだから
自分の本当の想いや
まだ癒されていない部分に
光をあててあげる
自分のなかにある
認めてあげられていない部分、
悲しんでいる自分、
閉じている自分、
そうした自分の内面の方を
見てあげる必要がある
ということなんですね
自分が小さいころの
環境や母親から
植えついてきた
「こうでなければいけない」
という思い込み
自分がずっと
我慢してきたことや
したくても許されなかった
ことなど
本当の自分を抑えてきたことが
あったとしたら
自分を認めてもらいたい
とか
愛されたい
という欲求が強くなるかも
しれません
すると、どうしても
相手に尽くしがちになったり
自分のことより
相手の要望に応えることで
自分を満たそうとしてしまう…
けれど、たとえば
相手はいつも
自分のことを優先していて、
なんだか都合よく
自分が使われているように
感じてしまうことが
起きたりもする
相手に
自分の人生の主導権を
譲ってしまい、
相手にとって都合の良い人
になってしまうのです
で、そのとき
もやもやしたり
悲しかったり
怒りを感じたりする自分を
見つめ
まずは、どんな感情も
受け入れてあげる
それは
相手や出来事を通して、
自分を愛する=ゆるす
という体験をするために
まだ癒されていない
自分の本当の思いや
どんなことに
自分を制限しているのかを
映し出してくれているから。
私たちは
人に愛されたいと
尽くしたり頑張らなくても、
自分につくられた
こうあるべきを守らなくても、
自分で自分を大切にすること
自分を愛することで、
自分も周りも
満たされていきます
人に愛されるために
自分を犠牲にするのではなく
いつでも自分を優先していいし
自分が好きなように
好きなことをしていい
(相手はそれを教えてくれている)
私たちは、
自分らしくあるために
相手を通して
自分の想いに気づき
自分の自由を
自分のすべてを
ゆるしていくように
いつでも導かれています
だから
外側に翻弄されるのではなく、
鏡に映し出された
自分の内側に
いつも意識を向けてあげる
相手のために、ではなく
まずは
今自分がやりたいことを
今の自分にやらせてあげる
いつでも
自分の人生を楽しむことが
魂の歓びです♡
𓇼
目の前に起こる
「もやもや」や
「怒り」
「悲しみ」
という感情はすべて
こうでなければ愛されない
(条件つきの愛)ではなく、
◽️自分が自分を大切に愛すること
◽️ありのままの自分を認め
思いと一致した行動をすること
◽️自分を自由にさせてあげること
それらを自分自身に
ゆるしていくために、
その感情が
教えてくれているんですね
𓇼
それぞれが
自分が感じることを大切に、
自分のなかの真実を
見つめていけますように𓂃
𓇼
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