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1年3か月ぶりに戻ったインドが、やっぱり愛おしかった

お久しぶりです~!

先日、6歳の息子と年齢不詳の母を連れて、久々にインド・ムンバイに戻りました。

渡航の理由はいくつかあって、
① 仕事
私が日本パートナーをしているインド発のサステナブルブランド「I was a Sari 」の買い付け、今後に向けた話し合い、撮影等々
② 親孝行
母がパスポートを数十年振りに取ってまでインド行きたいかも、と言ったのでこれは実現せねばと。
③ 友との再会
ウクライナの親友が本帰国する前に会いたかったし、ムンバイ在住のお世話になった人たち全員に会いに行きたかった
④ 自分へのご褒美
本帰国とほぼ同時に法人設立、からの走り抜けて5月の一大イベントまで、何とか頑張った~~!
⑤そして息子の記憶が鮮明なうちに、幼少期を過ごしたムンバイをもう一度体験してほしかった

まぁそれなりの理由はいくつもあるけど、単純に私が「ムンバイに戻りたかった。」この一言に尽きます。

ムンバイ着陸直前、過去最悪の体調に見舞われ、青い翼のCAさんに大変ご迷惑をおかけしたことは忘れられません。1分1秒が本当に長かった。

空港に降り立つなり、街の喧騒、見慣れた道、所狭しと並ぶ個人商店、人間の五感全てを刺激する街並みが広がります。あぁ、インドに戻ってきたな。体調不良はどこへやら、一瞬で心がほぐれ、しかし頭の片隅では家族の安全は私が守らねば、と気を引き締めます。

幼少期をインドで過ごした息子にとっては特に新鮮味のない、第二の故郷のような風景。人生初インドの母は、そのすべてが新しく映る興奮気味の表情。二人のその対照的な横顔を眺めたことで、私はすでに満足でした。

交差点で停車中、赤信号から青信号になるときにはみんな思い思いにクラクションを鳴らすのが一種のインド流運転"作法"なのですが、母にとってクラクションの音はシンプルに危険信号。

「これはもう衝突寸前の音!」「ぶつかる~」「はい、通ります、ごめんなさいね~(手を合わせる)」「みんな運転上手ね」「よくもまぁ、事故にならないね」(たまに事故になる)「よくもまぁ、喧嘩ににならないね」(たまに喧嘩になる)

母の感想が止まらない

ムンバイからたった1年離れただけで、メトロや高層ビルの建設ラッシュ、おしゃれなカフェやインターナショナルブランドの参入が相次ぎ、街全体が日々アップデートされていることを肌で感じました。

足場は竹、作業員さんは軽装、母は素直。「廃墟なの?新築なの?何なの?」

一方で、路上で生活する人や物乞いをする人の人数は体感ベースですが減っておらず、交差点で停車するたびに、そこに住んでいる人の顔を思い出すほどでした。車窓をトントンと叩く音、小さな背、大きな瞳が脳裏から離れません。これが私の活動の原動力でもあります。

息子が幼いから存分に可愛がってくれた人懐こい店員さんたち、親戚のような距離感でずっと見守ってくださる日本の皆さん、ずっと仲良しのスクールのお友達、毎日懐かしい方々にお会いすることで息子も喜び、母もその多種多様なご縁に人生の歓びを感じているようでした。

今回の旅で、息子の成長を確認できたことが2つ。

一つは、私が仕事で不在時に、滞在中のホテルのカードキーが故障し、エレベーターに閉じ込められそうになる、部屋に入れない、入ったはいいものの今度は部屋出たらまた入れなくなる等等、大ピンチに見舞われました。

そんな中息子は、自分でスタッフさんに声をかけてヘルプを求めたり、部屋からフロントに電話をかけて新しいカードキーを持ってきてもらい、問題を解決したらしいのです。英語を話せない母に代わって、自分がどうにかせねばという責任感から、この大ピンチを切り抜けてくれました。

私が帰宅後、息子は「(ちゃんとしたカードを渡してくれなかった)ママのせいだ!」と怒ったけれど(いや、私のせいじゃないのよ。一応安心できるちゃんとしたホテルだけど、こういったことは比較的よく起きるのです。苦笑)インドのインフラの不確実さが息子のサバイバルスキルをごりごりと鍛えてくれたのでした。I am so proud of you! よく頑張ったね。

もう一つは、幼少期に通ったモンテッソーリ園の地元のお友達とSTEMを楽しめる遊び場に行った時のこと。2人はモンテッソーリ教育がハマったタイプで、自分で選ぶ・納得のいくまで試行錯誤する・時間を忘れて没頭する・自分の頭で納得してから動きたい、を地で行くような子たちです。この日もそうでした。

小学校に上がった今、モンテッソーリスタイルを継続することは難しく、先生の言うことやスケジュールに従う、プリント学習を数多くこなす、ルールに従うことに非常にストレスを感じてしまっています。

これは息子だけでなく、モンテ友達もまったく同じ悩みを抱えていると分かり、ようやく腑に落ちました。親がモンテッソーリスタイルを提供して子もそのように育ったのに、なぜ今、6歳になったとたん、意にそぐわない教育スタイルに当てはめようとしているのか。親のエゴではないか、強制はできないのではないか、では解決策は何なのか、その先はどうなるのか、そういった日々のもやもやとした悩みがムンバイで明確化してしまいました。

そんな思いが頭の中をぐるぐると回っている中、息子はインドのスタッフの先生と一緒に、延々と飽きることなく空気遊びをしていました。

下から空気が出る装置でパラシュートを飛ばす&キャッチする、空気の流れの実験を永遠と。インドは子どもに優しい人ばかりで、安心して見守れます。

彼の中のスタイルが途絶えないうちに、親としてできることを少しでも実行していきたいな、と。与えるのではなく、環境を用意すること。どこまで貫けるか、親が試されているような気がします。あぁ、親業が一番難しい。

最後に。
ムンバイから、「I was a Sari」についてプロボノのももよ氏とインスタライブを敢行したところ、見事にwifiがうまくいかず、"モザイク"ライブとなりました。ちょっと良いこと話そうと思うとフリーズする画面。私の下心がインドのwifiに見透かされているに違いありません。お恥ずかしいですが少しの間アーカイブ中なので、良ければこちらからご覧ください。

長くなってしまいました!
ここまでお読みいただき、ありがとうございました🤗


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