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クリームシチュー

突然、仕事がOFFになった。

まだ見ぬカフェを巡る計画が一瞬だけ頭をよぎるが、iPhoneの「天気」によると現在地の気温は33℃。ノーメイクのまま自宅に籠城することにした。たまった家事を済ませ、ゆっくり珈琲を淹れてもまだ充分に時間がある。
最近野菜不足だったし、常備菜の作り置きでもしようかな。そうだ、息子の大好きなクリームシチューもつくろう!私自身は和食派なので、ご飯に合わないシチューはそこまで好物ではないけれど、偏食の息子が栄養をしっかりとれるように、野菜もお肉も沢山入ったシチューを作ってあげよう!時間もたっぷりあるし、今日の夕飯にもってこいだ。

フライパンにバターを溶かし、塩胡椒をまぶした鶏もも肉を炒めていると、良い香りが築30年のマンションの狭いキッチンに充満する。
ひとり黙々と料理をしていると、ここがひとつの部屋になる。今時のオープンな対面式キッチンに憧れる気持ちもあるが、周りの音や人の気配もシャットアウトできる、隠れ家のようなこの奥まった空間も悪くない。
そうそう、じゃがいもは「一口大」と言っても4才の口だからこのくらいかな?と、せっせと野菜を切り揃えていく。
シチューを煮込んでいると、ふと、自分が同棲している彼氏を待つ健気な彼女に思えてくる。「食べてくれるかな?」と、大好きな人の笑顔を思い浮かべている、いわゆる頭の中お花畑というやつだ。

さて、一通り料理も終わったので、近所のパン屋さんでバゲットを買ったら、少し早いけど幼稚園に息子を迎えに行こう。
いつもだと寝るまでのタスクに追われるけど、今日はゆっくり話しながら食べようかな。久しぶりだな。

そのとき、シチューに添えるブロッコリーを買い忘れたことに気づいた。お迎えの前にスーパーマーケットに寄る選択肢もあるが、今日はなんだか早く会いたい気分だ。電動自転車を走らせ、息子の元へと急いだ。

幼稚園の先生と挨拶をし、息子を自転車の後ろにのせ発進する。
「今日はクリームシチューを作ったから、良かったら食べてね」
再び、お花畑の彼女が顔を出す。
すると息子はこう言った。
「今日の給食クリームシチューだったから、いらない」

メニューかぶり。

よく聞く話ではあるが、経験したのは初めてだった。こんなにも切ないものなのか。

子供のころに、給食もカレーだったー!とか笑いながら、母の作ってくれた美味しいカレーも喜んで食べた記憶はある。

だが、我が子の「いらない」は頑なである。これに関して、この男に二言はない。岩のように固く閉ざされた口に、何度となくスプーンが跳ね返されてきた。

しおれた花みたいになった彼女の横で、彼は美味しそうにバゲットを頬ばっている。そして何の悪気もなく
「今日ね、給食でクリームシチューが出たんだよ!」

と2度目の報告を無邪気にし始める。

「ブロッコリーサラダも出たよ!残さないで食べたんだー」

あの時、ブロッコリーは買わなくて本当に良かった。

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