教育現場にこそ多様性を
東京・新宿の長距離バスが集まる「バスタ」。そこから甲府行きのバスに乗りおよそ2時間。美しい山並みを越え、ワインナリーが並ぶ勝沼を通り、その学校はある。マラソンやレスリングなどのスポーツ名門校としても知られる山梨学院大学。付属の幼稚園から小学校、中学校、高校、短大、大学まである総合学校だ。その学校を率いるのが古屋光司氏だ。山梨学院理事長であり、山梨学院大学の学長でもある。去年、学長としては異例の37歳という若さで就任。しかも弁護士でもあるという異色の学長だ。子どもたちの多様な価値観を育みたい、そのために学校には変革をが必要だと強調する。
2030年に「30」
多様な価値観を学生が持つには、多様性のある学校にしたい。キャンパスにダイバーシティをいかに作れるか、ということで古屋氏が打ち出したのが留学生の比率を30%。さらに、教員、スタッフも外国人比率を30%にするというものだ。留学生や教員の中でも多様性を重視するため、その出身も様々な国から採用していく。スタッフまでも多種多様な国から採用するという徹底ぶりだ。そうしてこそ、本当のダイバーシティだと古屋氏は言う。また海外校との提携も積極的に進めている。様々な人種や国の人々を取り込むことで、学生たちのクリエイティブ性をより発揮できる環境づくりを目指している。
IBの導入で可能性を広げる
IB(国際バカロレア)はスイス・ジュネーブで設立された非営利組織・国際バカロレア機構(IBO)が認定する教育プログラムのことをいう。独自の教育カリキュラムだが、欧米では一般的なものだ。このプログラムを終了し、IBの認定試験をパスすると、認定証書が付与される。世界75か国およそ2500以上の大学入試にそのスコアは活用できる仕組みだ。国際的な難関校にも活用できる。また、IBはそうした大学入試に活用できるだけでなく、倫理的思考やコミュニケーション能力を高めるようなプログラムが盛り込まれている。そのIBを山梨学院も幼稚園、小学校、高校に導入した。また、来年4月からは東京のインターナショナルスクールとも提携し、放課後の英語プログラムを充実させる。単なる語学力アップということではなく、英語を通して多様性に触れる、多様性を知ることで自分の可能性も広げてもらいたいというのが狙いだ。
多彩な学びの現場であるリベラルアーツ学部新設
多様性を追求して大学に新設したのが国際リベラルアーツ学部だ。学部棟は面白い作りになっている。2階建ての円形のクラスルーム棟の両側を学生寮が囲んでいる。ビルディング内にはカフェテリアや音楽室などもあり、勉学から生活まで、ここですべて完結できるようになっている。
この学部棟を古屋氏に案内してもらった。各教室はガラス張りで、生徒は15人程度がおさまる広さ。ホワイトボードを楕円に囲むような、ディスカッションがしやすい形になっている。生徒も教師も人種は様々。山梨にいることを忘れてしまい、まるで海外のシェアオフィスの会議室にでもいるようだ。現在、日本では「リベラルアーツ」流行りとなっており、様々な大学で学部が新設されている。その流行りの一環かと思っていたが、全く違った。本腰の入ったダイバーシティーを体現できる場だった。グローバル社会で生きぬく力を、ここ山梨で身に着けてほしいと古屋氏は言う。
教育に新風を吹き込む若きリーダー
古屋氏は話しているとアカデミック出身ではないからか、まるでベンチャー企業の社長のように思えた。新鮮だった。考え方も従来の固定概念にとらわれていない。チャレンジングで変革を進める。変革は時に反感を買うこともあるだろう。従前の学校組織が心地よい、と感じる教員やスタッフもいただろう。その中にあっても、コミュニケーションを密にとり、そして静かに改革に熱意を燃やしていた。古屋氏が学内を歩くと、学生や教員、スタッフたちが気軽に声をかけてくる。
「日本は明治維新以降、実は教育制度はあまり変わっていないんですよ。変わった部分と言えば、かつては骨太の私学が多かったのに、それがどんどん骨抜きに変わってしまったところでしょうか」と言う。確かに、福沢諭吉や新渡戸稲造など、かつては大学設立に並みならぬ思いで取り組み、成し遂げて行った。しかし今はどうだろう。少子化にも関わらず、新設大学、新学部設立は相次ぎ、学生ファーストとはなかなか言えない状況だろう。政府はモリカケ問題にあるような何とも情けない状況だ。果たして誰のための学校なのだろう。誰に向けた学校設立なんだろう、と強く思う。
「偏差値時代、入試偏重時代を経て、今は全入時代に突入した。そこでどこの大学も同じような学部、人気の学部を揃えたことで、どこも似たり寄ったりの学校になってしまった。そんな時代だからこそ、変革が必要。明治維新に大きな変革があったように、今こそ、新たなチャレンジが必要だ」と古屋氏は語る。
近隣大国を知る人材も育てたい
現在、山梨学院大学は中国の西安交通大学と共に「山梨学院大学孔子学院」の設立に向けて準備を進めている。「日本には欧米、特にアメリカに留学する人は、結構たくさんいますよね。また、欧米を知る人、語れる人は多いです。しかし中国への留学はまだまだ少なく、さらに中国通となるとまだまだ少ないと思うんです。少なすぎます。」という古屋氏。そこで日本にとって今後は最も近くて遠い国、中国に強い人材を育てることは、これからの日本には欠かせないと考えている。中国に行くのはなかなか大変。それであれば中国をここ山梨に持ってきてしまおう、というものだ。日本で学べる中国を近く設立する。中国語はもちろん、中国文化、学術交流を活発化し、「中国通」の人材を増やしたいとしている。
生徒数も増加へ
様々な取り組みを進めている古屋氏だが、ここ数年、入学生徒数も増加傾向にある。しかし、変革はまだ道半ばだという。彼の中にある改革は10年単位でのものだった。教育というのは一朝一夕では変えられない。海外や日本の有力校を精力的に視察し、直接交渉し、交換留学の提携も進めている。今年から、イギリスの名門オックスフォード大学にも生徒を送り出すこととなった。アメリカのニューメキシコ大学ともダブル学位取得を可能にした。ロングタームではあるが、日々着々と新しい教育制度の確立を目指して動いている。山梨学院大学を世界に誇れる大学にしていきたいと意気込む若き学長の挑戦はまだまだ続く。