器用な男
あれは仲良しの同僚看護師、白さんと夜勤の夜のことでした。
「初瑠さん、あんたの担当患者さん、スゴいことになっちゅうき、早う見てきいや!」
夜中の零時、病棟の巡回からもどった彼女が笑いを堪えています。先に巡回をすませて、さっさと休憩する算段の彼女、どうやら事件のようです。
彼女について行くと、先日入院したばかりの男性の部屋で物音がします。ノックをして、入室すると、何ということでしょう。
ベッドの枕元の頭上にある照明がバラバラに分解されています。壊されているのではなく分解、床にネジやら何やら、並べています。
そう言えば、彼の奥さんが「この人、手先が器用で、何でもかんでも分解しちゃうので、テレビもラジオも置かないようにします」と話していたっけ。
でも、まさか素手で分解するとはねぇ。怒るよりもおかしくて、白さんと大笑いです。
でも、さて、どうする?
目をキラキラさせている彼。寝そうにありません。照明以外に分解できそうなものはありません。でも、手先が疼いて、他人の病室に行かれても困ります。
まさか、寝ずの番?
こんな時は、あたしも白さんも悪知恵が働きます。要するに部屋から出ずにいてくれたらOKだし、出ていくことがあれば、部屋に誘導すればいい。部屋から出たら分かるように、扉に小さな鈴をつけさせてもらいました。
扉を開けたらチリンチリン
その夜、彼の部屋以外は静かなもんでした。これならナースステーションにいても小さな鈴の音が聞こえます。
「じゃあ、先に休憩するき」
休憩に入る白さん。あたしは、どんな些細な音も聞き逃すまい!と耳をすませます。でもあまりにも静かなので、余計に気になって、彼の様子を見に行きました。
あれ?姿が見えないぞ
何ということでしょう。彼はトイレに籠り、トイレを分解しようとしていました。
もしも水道管を壊されて、水が出っぱなしになったら一大事です。
ガタイのいい彼をトイレから引きずり出し、「ごめんね」ととりあえず謝って、トイレの入り口を施錠させてもらいました。
病棟が水浸しより、室内の備品の分解の方がマシと判断しました。
「師長さん。ビックリせんとってね」
翌朝、出勤してきた師長を彼の部屋に案内しました。見事に分解された照明器具やナースコールが床に散乱しています。
彼はと言えば、夜なべでお疲れなのか、よく寝ています。
病室を移動してもどうせ分解します。じゃあこのまま、この部屋に居てもらおう!ということになりました。
恐縮する奥さん。でも、怒っても仕方がないことだし、破壊ではなく分解なので、事務に聞くと組み立てられるとのことでした。
でもまあ、組み立ては退院してから、ということにして、分解できそうなものは部屋から撤去です。
さすがにトイレは分解されると困るけれど、撤去は無理です。奥さんの了解を取り、自室トイレは閉鎖して、こまめにトイレへ誘導をすることにしました。
工具が無くても、力強くて、器用な指先で、何でも分解しちゃう患者さん。何の癌だったかはどうしても思い出せません。ただ、あの無惨に分解された部屋の惨状だけは、今でも思い出すと笑えます。