【新しい産業組織論(小田切宏之)】 第5章練習問題
第1~4章に引き続き、小田切宏之「新しい産業組織論」(有斐閣)(以下、小田切(2001))の練習問題を解きました。小田切(2001)の練習問題を解き始めたきっかけは、別の記事にまとめているので、ご興味があれば、ぜひ読んでみてください。
1.小田切(2001)第5章の概要
小田切(2001)の第4章までは、発展的な内容を分析するための準備をする章でもあったので、標準的なミクロ経済学の教科書と同様の内容が多くありました。。評判の高い神取道宏「ミクロ経済学の力」(日本評論社)や林貴志「ミクロ経済学 増補版」(ミネルヴァ書房)でも、完全競争・寡占・独占を取り扱っております。そのため、小田切(2001)を読む価値は、第5章以降にあるとも言えます。
第5章では、市場支配力仮説や効率性仮説といった異なる立場によって競争政策のスタンスを決めるのではなく、あくまで「社会的厚生」に注目して市場での資源配分の効率性を評価するため、コンテスタブル・マーケット理論を紹介しています。この理論では、各社のシェアや産業の集中度等の分かりやすい市場構造(S)だけでは、必ずしも市場成果(P)を判断出来ないことを教えてくれます。わかりやすい例として、自然独占(独占の一形態)であっても、比較的望ましい資源配分(ラムゼイ最適な資源配分)に至る場合を解説しています。
また、コンテスタブル・マーケット理論で重要なポイントになる参入障壁の概念を紹介し、参入障壁が生じるのは「絶対的費用優位性」と「サンク・コスト」が存在する場合であることを説明しています。参入障壁が既存企業数に与える影響や長期利益率の趨勢に関する実証分析も紹介しています
2.第5章 練習問題の解答
解答の都合上、各練習問題をいくつかの小問に勝手に分けているので、原文とは表現が異なります。
【練習問題1】
(1)完全にコンテスタブルな市場とはどのような市場か定義しろ。
ある市場で製品の生産を行う「既存企業」と生産していないが正の利潤あれば生産を行う「潜在的参入企業」を考える。その時、「完全にコンテスタブルな市場」とは以下の2つの条件を満たすこと言う。
1つ目は、既存企業と潜在的参入企業の間で、費用構造に差がないこと。すなわち、潜在的参入企業は既存企業と同質的な製品を生産しており、生産時用いる技術等を保有しているか無償で利用でき、なおかつ生産要素を既存企業と同条件で入手できること。
2つ目は、潜在的参入企業は既存企業の価格を考慮して、自身が参入した場合の価格をもとに正の利潤が生じるかを考えること。すなわち、ベルトラン型のモデルであること。
(2)コンテスタブル・マーケット理論にもとづいて、なぜ規制緩和は進められるべきか、どのような市場が規制緩和されるべきかを論じなさい。
コンテスタブル・マーケット理論にもとづくと、上記(1)の条件を満たす潜在的参入企業が存在すれば、既存企業の数を問わず、パレート最適又はラムゼイ最適な資源配分を達成する可能性がある。一方、規制によって適切な資源配分を達成するには、一定のコストが生じる。例えば、価格統制の場合は適正価格の算定、操業時に許認可が必要な場合は許認可要件を満たすかの審査等ある。また、規制当局と企業の間には往々にして情報の非対称性が存在するため規制を機能させるためのコストは高くなる。そのため、同程度に効率的な資源配分を達成できるならば、規制を行うよりも完全にコンテスタブルな市場を実現する方が規制維持のコストが生じない点で望ましいので、規制緩和が支持される。
操業のための設備機器のリース市場や中古市場が発達しており、サンク・コストが低い産業ほど規制緩和が支持される。現実の経済であれば、空港間を結ぶ航空事業が該当する。
【練習問題2】
(1)自然独占とはどのような状況かを述べろ。
規模の経済性が大きく、同じ数量を複数の企業で分割して生産するよりも特定の1社だけで生産した方が費用が小さくなるケースである。複占市場を想定した場合、以下の条件式が成立している(C:費用関数、q_i:第i企業の生産量)。そのため、市場は1社による独占になる。
C(q_1+q_2) < C(q_1)+C(q_2)
(2)そのときの①パレート最適と②ラムゼイ最適、③参入障壁が高いときの独占解、④完全にサステイナブルな解はそれぞれどのようなものか述べなさい。
①パレート最適
完全競争均衡同様に、価格が限界費用(MC)と一致し、社会的厚生が最大化されている。但し、自然独占の場合、限界費用(MC)<平均費用(AC)になるため、企業は利潤がマイナスになり、市場から退出するインセンティブが生じる。
②ラムゼイ最適
企業の利潤は非負という制約の下で、社会的厚生の最大化を考えた場合の資源配分のことである。自然独占の場合、価格が平均費用(AC)と一致した際に達成される。パレート最適な資源配分と比較して、死荷重が生じているが、企業はゼロ利潤になるので、市場から退出するインセンティブが生じていない。
③参入障壁が高いときの独占解
限界収入(MR)と限界費用(MC)が等しくなる時に達成される。ラムゼイ最適な場合よりも死荷重が大きい。参入障壁が高く、既存企業に潜在的参入企業から競争圧力が生じないため、既存企業は価格低下のインセンティブが生じない。
④完全にサステイナブルな解
以下の3つの条件を満たす解のことを指す。
(a)同質的な製品を生産しているため、全ての既存企業の価格が同一
(b)全ての既存企業の生産量が決まっている
(c)企業の参入・退出が生じない
(3)そして、市場が完全にコンテスタブルであれば、サステイナブルな解はラムゼイ最適を達成することを示しなさい。
市場が完全にコンテスタブルであれば、既存企業と潜在的参入企業の間に費用格差は無い。限界費用が線形の又はU字型の場合、限界費用と平均費用と価格が一致する。更に限界費用と平均費用と価格が一致するときに均衡し、この時の解はパレート最適になる。この際、企業の利潤はゼロで、参入・退出のインセンティブも生じない。そのため、企業の非負制約を満たしつつ社会的厚生を最大化しているのでラムゼイ最適でもある。
限界費用が右下がり(自然独占)の場合、限界費用は平均費用よりも小さく、価格を限界費用と同じに設定すると企業の利潤はマイナスになる。価格が平均費用以上であれば企業に正の利潤が生じるため、潜在的参入企業に参入のインセンティブが生じる。そのため、価格は平均費用と一致するように均衡が定まる。このときも企業の利潤の非負制約を満たしつつ社会的厚生を最大にしているのでラムゼイ最適になる。
【練習問題3】
(1)サンク・コストと固定費用とはそれぞれ何か、違いが分かるように定義し、それぞれの例をあげなさい。
固定費用とは、生産量の変化しても一定の費用こと。例えば、タクシー業を操業する際に購入する車両の費用である。タクシー業の場合、運行距離が増えても車両の購入費用は変わらないため、固定費用となる。
一方、サンク・コストとは、生産量の変化しても一定であることに加え、操業を停止しても回収できない費用を指す。例えば、タクシー車両に会社名を入れる時の塗装代がある。車両の購入費用は、操業停止後に中古市場で売却することで回収可能だが、塗装代は回収できないのでサンク・コストになる(厳密には、車両も購入額より低い価格で中古市場で売却される場合が一般的なので、購入額と売却額の差額分はサンク・コストになる)。
(2)これらの費用が存在するとき、市場はコンテスタブルになるかどうか、答えなさい。
<サンク・コストの影響>
潜在的参入企業は、サンク・コストを支払っていないため、サンク・コストと参入後の操業費用の全てが回収可能性か否かを考慮して市場参入の意思決定を行う。一方、既存企業は、既にサンク・コスト支払済みなので、操業費用のみを考慮して生産の意思決定を行う。そのため潜在的参入企業はサンク・コストも回収できる程の正の利潤が生じないと市場参入を行わない。サンク・コストが参入障壁となり、市場はコンテスタブルではなくなる。
<固定費用の影響>
潜在的参入企業は、サンク・コスト同様に固定費も市場参入時や操業時に支払う必要がある。しかし、操業停止以降に固定費用の回収が可能なため参入障壁にはならない。よって、固定費用が存在しても市場はコンテスタブルになりうる。
【練習問題4】
(1)産業を1つ選び、ベインのあげた4つの参入障壁(規模の経済性、必要資本量、製品差別化、絶対的費用優位性)がどの程度の高さか、議論しなさい。(植草[1982]の第4章第1節が参考にしろ)
※参考文献にアクセスできないため、一旦飛ばす。
【練習問題5】
(1)規模の経済性と範囲の経済性を定義しろ。
(2)それぞれが存在するもとでのラムゼイ最適はどのような条件を満足しなければならないか論じなさい。
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