【新しい産業組織論(小田切宏之)】 第7章練習問題
第1~6章に引き続き、小田切宏之「新しい産業組織論」(有斐閣)(以下、小田切(2001))の練習問題を解きました。小田切(2001)の練習問題を解き始めたきっかけは、別の記事にまとめているので、ご興味があれば、ぜひ読んでみてください。
1.小田切(2001)第7章の概要
「第7章 製品差別化による競争」では、市場構造(S)の1つである製品の差別化をテーマにしています。これまでの章でも生産量決定型寡占モデルや価格決定型価格モデルで、逆需要関数に製品差別化度を示すパラメータθを入れて拡張した場合を考えることもありましたが基本的に同質的な製品を中心にしていました。しかし、現実の経済、例えばコンビニで並んでいるお菓子や家電量販店での耐久消費財など、一般消費者に身近な財だけを見ても同一の製品がや別企業から販売されていることはほぼありません。そのため、世の中に存在する多種多様な製品が市場行動(C)や市場成果(P)にどのような影響を与えるかを分析することは非常に興味深いと思います。
産業組織論では、「差別化」をあくまで買い手である消費者が別製品と認識するか否かであると定義しています。実際に差別化の程度を測る方法としては、製品の交差需要弾力性を用いられ、競争政策で大切な「市場の画定」の問題にも関わることが紹介されています。また、差別化された製品が「増える」ことに主眼を置いて分析を行うために、独占的競争モデルを紹介しています。独占的競争モデルでは、これまで消費者側の行動を線形の逆需要関数のみで検討してきましたが、CES型の効用関数を定義して、製品の増加が消費者に与える影響も考慮した分析をしています。独占的競争モデルから得られる含意は、チェンバリンのように企業行動に注目するか、或いは社会的厚生に注目するかによって、企業数の過剰・過少の見方が変わってくることを教えてくれます。
次に製品数ではなく、製品差別化の「程度」を分析するために立地理論を応用して分析した例を紹介しています。ここでも「①価格を所与として立地(他社製品との差別化の度合い)のみを決める」場合と、「②立地を先ず決めて、その後価格を決める2段階ゲーム」の場合では、企業が製品の差別化をどの程度行うかが異なることを示しています。但し、これらは線分モデルに立脚しているため、複占市場のみを対象にしており、より多くの企業や製品数の分析に向いていません。そこで、円環モデルという新たな考え方を導入することで、より複雑な状況も分析できるということを教えてくれています。
2.第6章 練習問題の解答
解答の都合上、各練習問題をいくつかの小問に勝手に分けているので、原文とは表現が異なります。
【練習問題1】
(1)垂直的差別化と水平的差別化とはどのように異なるか述べろ。
垂直的差別化とは、同価格であれば、いずれの消費者の選好の順位も同じ場合のことで、いわゆる「品質」が該当する。具体例としては、同規格のHDDで情報記憶量の多寡が異なる場合が当てはまる。
水平的差別化とは、消費者によって選好の順位が異なるものの場合のことで、いわゆる「嗜好」が該当する。具体例としては、同じデザインの衣服の色違いなどがあてはまる。
【練習問題2】
(1)製品が差別化された市場では企業数が過剰になるというチェンバリンの独占的競争理論を説明し、むしろ過少になる場合もあることを説明して、批判しろ。
チェンバリンの独占的競争理論では、製品が差別化されているため、各企業は右下がりの逆需要関数を所与として利潤最大化行動を取る。独占市場同様、各企業は、限界利潤と限界費用が一致する点まで生産を行う。既存企業の利潤が正の間は、新規企業による参入が起きので、均衡では各企業はゼロ利潤条件である価格=平均費用を満たす。但し、ゼロ利潤条件を満たす生産量は、平均費用を最小化する生産量よりも小さく、平均費用最小化の場合よりも均衡では企業数が多くなっているため、企業数が過剰になっていると考えられる。
しかし、チェンバリンの主張は、あくまで個別企業の平均費用の最小化に注目した考えで、社会的厚生の観点が考慮されていない。固定費を除く純社会的余剰は、「(a)企業の利潤」と「(b)企業数の増加による顧客奪取効果」、そしてCES型の効用関数を前提とした「(c)企業数の増加(=差別化された製品の種類の増加)による消費者の効用増加」からなる。通常、CES型の効用関数は製品の種類に対して、一次導関数は正、二次導関数は負になるため、企業数の増加もある時点までは(b)よりも(c)による社会的余剰の増加効果の方が大きくなる。ただ、ある時点以降、(c)よりも(b)の社会的余剰の減少効果の方が大きくなるため、独占的競争モデルでは、社会的厚生の最大化という点について企業数が過剰にも過少にもなり得る。
【練習問題3】
(1)立地の線分モデルにおいて、最小差別化と最大差別化が起きるときはそぞれどのようなときか、論じろ。
最小差別化は、企業が価格を所与として、立地(=差別化の程度)のみを戦略変数として行動し、かつ消費者の移動コスト(=自身の嗜好に適合しない製品を利用する不効用)が線形の場合に起きる。
最大差別化は、企業が第1段階で立地を選択して、第2段階で価格を選び、なおかつ消費者の移動コストが2次関数の場合に起きる。
【練習問題4】
(1)立地における線分モデルと円環モデルの違いを説明しろ。それぞれが当てはまりそうな製品としてどのようなものがあるかを考えろ。
線分モデルでは3社以上だと解が不決定になるため、2社の競合(複占)が前提になる。また、両端の端点に位置する企業は、片側の方向の企業とのみ競合関係になる。両端が存在する浜辺で海の家が何処に立地するかや同デザイン・同機能のサイズ違いの製品などが該当する。
円環モデルでは、3社以上でも解を決められるので、線分モデル以上に多くの企業の競合関係を分析できる。また、端点が存在しないため、企業はどこに立地しても両方に位置する企業と競合関係になる。同デザイン・同素材の色違いの服などが該当する。
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