あくびみたいな話 1月前半
「赤気の至り」という言葉を思いついた。
読み方は、あかげのいたり。まだまだ赤ちゃん要素があり可愛らしく、憎めない子どもの様子。よかったら使ってね。
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「どうしてかか(母)をたたちゃいけないの?」
そんな純真無垢な息子へ夫が放った一言。
「かかは、かかの前に人間なんだよ」
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苦手なタイプってどんな人?と、いつぞや聞かれたことがあった。
「例えば『ピーマンが苦手』と『ピーマンが嫌い』では、少し意味が変わってきますね。ここでわかることは、『苦手』と『嫌い』はイコールではないということです。ピーマンが苦手な人は、きっとピーマンのことをまったく受け入れられないわけじゃない。しかしその許容範囲はごくわずかで、例えばチンジャオロースとかピザトーストのチーズの上とか、スーパーに陳列されているのを見るだけとか、そういう特定の条件を満たしていないと受け入れられない可能性があります。そんなこと辞書には載っていませんが、こんな感じの解釈で苦手なタイプの人を思い浮かべてみてもよろしいですか?」
こんな風な返事はきっとしていないと思う。
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新聞紙で、大小それぞれ13枚くらいずつ袋を作った。
大きい方は、秘密基地に持っていくのに必要なおやつが一人分入るくらいのサイズ。小さい方は、大好きなのに転校しちゃう友だちへ言えない「さみしい」という気持ちがそっと入るくらいのサイズ。
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「どうしてあの子(息子)の淹れるコーヒーはおいしいんだろう」と夫がつぶやきながら、夜な夜なコーヒーを淹れている。タルト・タタンとバニラアイスがあったので、それならコーヒーを飲もうかと。2才の息子がミルクピッチャーを使ってちょっとずつお湯を注ぎながら淹れるコーヒーがなぜおいしいのか、わたしも知りたい。