ジャズ的視点からみた高峰伊織「POLESTAR」レビュー
はじめまして、まことっちと申します。祝初note記事投稿です。
つい昨日の夜、バーチャルジャズシンガー高峰伊織さんの初オリジナル曲オンリーのミニアルバム「POLESTAR」制作裏話配信という放送がありました。マシュマロで募集した質問に答えつつ、アルバム制作陣のひそやかさんとコヤマサトルさんとともにアルバムの制作秘話を語るという内容だったのですが、僕が送ったガチレビューマロを読んでくださった上にめっちゃ褒めてくださって嬉しくなってしまい、その調子に乗ったまま記事を書いております。
当記事では、POLESTARの楽曲をジャズ的視点から見て、詳しくない方のために用語の解説も混ぜつつ、その魅力を掘り下げていきたいと思います。読んだ方がジャズにさらに興味を持ち、伊織さんの活動目的でもある「ジャズを広める」ことに役立てたらと思います。
1:The Dog Days!
タイトルの「Dog Days」とは「夏の一番暑い日」のこと。日本で猛暑日というとじめじめしたイメージが付きまといますが、そんな空気を吹き飛ばしてくれるような、さわやかな楽曲です。
イントロはベースが同じ音を持続するペダルポイントの上でホーン(管楽器)セクションが華やかなメロディを奏でる、ビッグバンド的な始まり方。一度短3度上に転調してから戻ってくるというのもツボを押さえていて引き込まれます。ビッグバンド×ポップスで言うと、東京事変の「女の子は誰でも」やOSTER Projectの「ミラクルペイント」なんかが有名ですかね。
ブレイク(演奏をやめる部分)ではベースがキラーフレーズを奏で、続くAメロはセカンドラインというフィールで演奏されます。これはジャズ発祥の地とされるニューオーリンズのリズムで、キューバのソン・クラーベと類似した特徴的なアクセントを持ちます。ニューオーリンズでは葬儀で埋葬したのち、死者が天国へ向かうことを祝う明るいブラスバンドのパレードで演奏され、ハッピーな雰囲気をもつAメロにマッチしています。
Bメロは2ビート(二分音符を基調としたフィール)に変わり少し落ち着いたあと、サビでは4ビート(四分音符を基調としたフィール)に変わりホーンセクションもがっつり歌に絡んで盛り上げてきます。4ビートでは何と言ってもベースのうねるようなウォーキングが特徴的で、録音はアップライトベースだそうですが、非常にウッドベースに近い厚みのある音が聴けます。
間奏ではピアノのクールなリフの上でシンセサイザーのなかなか激しいソロが繰り広げられます。ちょっとマニアックな話になりますが、ペンタトニックでアウト(意図的にコードから外れること)していくフレーズは思わずにやりとしてしまいます。
2番の構成も基本的に同じですが、Bメロで1番には無かったサックスの伴奏があったりと微妙に違いがあったりします。サビ後はオルガンがハーモニーを弾く中でこれまた素晴らしいベースソロが聴け、ラスサビは全音上に転調してより一層盛り上がり、この曲は終わります。少し余談で、僕はトランペットをやっているのですが、ラスサビは実際やるとしたら音域もキーもかなりきついだろうなと思って聴いてしまいました(最初のアレンジはさらにきつかったらしい)。
2:夜色トリップ
漢字+カタカナのタイトルと曲調が個人的にボカロを連想させるこの曲。Twitterアンケートではワンルーム・シンドロームと並ぶ人気曲です。曲のラフ自体は最初のスタジオセッションで出来たそうですが、完成にはギリギリまで粘ったというこだわりが感じられる曲です(ひそやかさんがリマスター版出したいとおっしゃっていたので期待)。
少しレトロなサウンドのピアノからイントロが始まり、そこにストリングスやドラムが絡んでいく。ベースの半音で下降する進行がいかにも最近のアニソンっぽく(ゆゆうた氏が言うイキスギコードもこの類のもの)、アイマスの楽曲から影響を受けたというのも頷けます。
Aメロはドラムのファンキーなビートが特徴的で、クールなボーカルを引き立てています。Bメロは一転して音数が減り、ふわっと宙に浮くような感覚。ドラムのハーフタイムビートからのアンティシペーション(アクセントが本来の位置より前にくること)でサビ前で一気に盛り上げ、ブレイクの後伊織さんのボーカルが切り込んでくる瞬間はグッときます。サビは8ビートに変わり、非常にポップでキャッチ―な印象に。個人的にはボーカルのハモリがかなり好きです。
間奏で再びハーフタイムフィールになったあと、2番のAメロで突如ボサノバ調に変わります。ボサノバはブラジルの音楽ジャンルで、アコースティックギターのリズムが特徴的な音楽なのですが、ここで入れてくるあたりにセンスを感じます。
もう新しいフィールは出てこないかなと思っていると、2番のサビ終わりのボーカルの2拍3連を引き継いで3拍子の軽やかなジャズワルツにチェンジ。スキャットとヴィブラフォンのユニゾンを経てそのままヴィブラフォンのソロに突入します。ここのスキャットは椎名林檎っぽさを感じました。
その後のCメロではクラシカルなワルツのフィールに変わり、歌詞とリンクするような少し不安定なメロディが奏でられます。その不安を吹き飛ばすかのようなブレイク、そしてラスサビへと向かいます。曲全体を通してストーリー展開が面白い曲だなと思いました。
3:おやすみ
まるでディズニープリンセスが歌っていそうな3拍子の曲。白雪姫の「いつか王子様が」や、シンデレラの「夢はひそかに」を思い起こさせます。正直こういう方向の曲をやるとは予想していなかったので、アルバム試聴動画を見たときはかなり驚かされました。楽曲の背景は生放送中で語っているので、気になる方はそちらを見ていただけたらと思います。
フルート、グロッケン、ハープ、ストリングスがイントロを奏でたのち、ピアノとストリングスによるゆるやかなワルツが始まります。伊織さんのボーカルも優しく語るようであり、ミュージカル的な要素を感じます。
特筆すべきはBメロの転調しまくりのコードワークで、コードが良く分からない方でも夢の中のような浮遊感を感じられるのではないでしょうか。こういうのは加減が難しい(実際伊織さんが持って行ったとき他の人には不評だったそう)のですが、ボーカルの方が書くメロディだけあってとても自然に聴こえます。裏のフルートのオブリガード(主旋律に対する別の旋律)もいい仕事をしています。
途中の鍵盤ハーモニカのソロは、音色が曲調にぴったり合いつつフレーズにはジャズイディオムが感じられ、鍵盤を押すノイズも心地よく聴こえます。
生放送中に、「曲が自然に聴こえるようにわざとテンポを揺らした」という発言があったのですが、よく聴くと確かに一定のテンポで進んでいないことが分かります。このことで歌のメロディと歌詞が自然に入ってきて、ゆったりと浸れる音楽になっています(管楽器やストリングスの打ち込みの作業の苦労が思われますが)。 アルバム中では異色の曲ですが、よく練られていることが伝わります。
4:ワンルーム・シンドローム
「マイナーキーの曲がない」ということで作られたというアルバムラストの曲。クラブジャズ的なアーバンでクールな雰囲気を感じさせる楽曲です(影響源としてquasimodeを上げています)。全体的にボンゴとエレクトリックピアノのサウンドが特徴的で、激しくフィールチェンジするというよりは楽曲一貫としたムードを大切にしている曲のような印象を受けます。
イントロではドラムとボンゴ、ベース、エレピの順番で楽器が入り、雰囲気とグルーヴを作っていきます。Bメロは少しラテンチックなフィールになり、伸びのあるボーカルが気持ちよい。サビ前のメジャーセブンスが全音ずつ下降する響きは何とも現代的で、サビへの期待感を高めます。サビはAメロと同じ4ビートですが、シンバルがハイハットからライドに移り疾走感に溢れています。
間奏から2番のAメロの前半にかけて、くぐもったサウンドになっていきます(ちなみにこういうサウンドは高周波数の音をカットするとできます、たぶん)が、そこから一転して元のサウンドに戻るところは爽快です。
2番サビ終わりのコヤマさん渾身のシンセソロは、やはりというべきか知っている人ならわかる、Snarky Puppyの「Lingus」という曲のCory Henryのソロをイメージしたそう。ベースが同じ音のリフ(短いフレーズ)を弾き続ける中、シンセソロが盛り上がっていくさまは、分かっていてもテンションが上がります。この曲のエンディングのラテンフィールの部分もそうですが、プレイヤーたちがその場で音楽を作るセッション的な構成があり、もしライブでやるとしたらもっと長く聴きたいと思わせてくれます。余談ですが、この曲の背景がかなり意外な方向から来ているので、気になる方は生放送をチェックしてみて下さい。
5:アルバム総評
近年、ものんくるやCRCK/LCKS等といった、ジャズとポップスをまたにかけるバンドというのが注目されています。彼らの楽曲はもちろん素晴らしく、僕も大好きなのですが、ジャズ的なものやその他のジャンルを高度に曲に取り入れてポップスに落とし込んでいるという点で、もしかしたら詳しくない人が聴いてもあまりジャズの要素は伝わらないのではないかと個人的に思っています。
一方でアルバム「POLESTAR」に関しては、もっと露骨にジャズ的なものを取り入れて楽曲の中で魅せているように感じました。ビッグバンド的であったり、ジャムバンド的であったりと、ジャズとポップスどちらの魅力も分かりやすく伝わりやすいものになっているのではないかと思います。きっとそれは、伊織さんが掲げている「ジャズを広げたい」という思いから来ているのでしょう。
この記事では、各曲を僕が普段聴いているジャズ的視点から解説してきましたが、この記事を見て「POLESTAR」のより深い魅力、そしてジャズの魅力に気付いてくれる方が増えてくれれば幸いです。なかなかの長文になってしまいましたが、ここまで読んでくださったみなさんありがとうございました。そして、このようなアルバムを作ったチームPOLESTARのみなさんに感謝します。今後とも微力ながら応援しています。