コーヒー瓶の中蓋
コーヒーは毎日飲む。最近は、その手軽さでインスタントコーヒーに手が伸びる。
今日も飲もうと、クルクルとふたを回し開ける。
寸胴な瓶の口には、少しだけコーヒーの通り道が開けてあるだけで、シールされた紙の中蓋の大部分はぴったりと貼りついている。
その瓶の口を見る度に、いつも同じ記憶が飛び出してくる。
新卒入社した会社では、私は多分ずぼらで横着な人間だと思われていた。そんな私が、会社のお茶室で自分のコーヒーを作っていた時、大先輩がニコニコと入ってきた。優しい声で、「ねえ、これって、自分じゃない?」。
共用棚に保管してある彼女のインスタントコーヒーを取り出し、その瓶の蓋をクルクルと回し開けて、瓶の口を私に見せた。
大先輩の顔を見ると、満面の笑み。私は、その瓶の口をもう一度見た。
瓶の口に貼り付いていた紙の中蓋はすべて丁寧にはぎとられていた。中のインスタントコーヒーの粉末と直接目が合った。そのコーヒーの香りが弱まりそうで、すぐに視線をそらした。
大先輩は、「違う?」。笑顔で私に念を押した。何を聞かれてるのか全くわからなかった。「何がですか?」と鷹揚に訊ねた。用心深く私の表情を見ながら、「違うの?絶対そうだと思ったのに」。
当時、各自のコーヒーやお茶を共用棚に置いていたのだが、その日、その大先輩のコーヒーの瓶の中蓋がキレイにはぎとられていたというのだ。
他人のコーヒーの瓶の中蓋を全部剥ぎ取って飲むという、ずぼらで横着(で分かりやすい)人は。。。
その大先輩の中で、きっと私のことが最初に浮かんだのだろう。犯人扱いされてしまうぐらい、ずぼらで横着な行いをしてきた自覚はあった。でも、自分じゃないのに、自白はできない。
まだ諦めがつかなさそうな大先輩に、証拠として、自分のインスタントコーヒーの瓶の口を見せた。
私、中蓋は少ししか開けないんです、スプーン使わなくてもいいように。
想像を超えてずぼらだという証拠を恥ずかしながら大先輩にお見せしたら、「そうだよね、こんなにきれいに丁寧に剥ぎ取らないよね」というお言葉をいただき、無罪放免となった。
もうひとつ思ったこと。
今まで、瓶の口の中蓋を全部キレイに剥ぎ取ろうと思ったことがなかった。だから、最初、大先輩が何を言いたいのかわからなかったのだ。自分の考えにないことは、とっさに頭に浮かばないものなんだなあ、と。。。
ちなみに、憎めないキャラの男性社員がどうしてもコーヒーを飲みたくてしてしまった、ということがその後すぐにわかり、笑い話となった。
その時の記憶が、今でも瞬時に飛び出してくる。その頃の記憶も少しだけほろほろと。
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