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京大生の本棚「自負と偏見」(「高慢と偏見)

突発的に西洋文学を読んでみたくなった水無瀬です。

今回読んでいくのは、辻村深月さんの「傲慢と善良」で少し引用されていた(タイトルの語感も影響されている?)ジェーン・オースティン著「高慢と偏見」。

京大生の本棚シリーズでは初の西洋文学ではないでしょうか。
「レ・ミゼラブル」などド直球に有名な作品は読んだことがあるのですが、どちらかというと日本文学を読むことが多いので新鮮かも?
そんなわけで、軽いあらすじと感想を記していきたいと思います。

※思い切り結末に触れますので、読んでから感想を知りたい!という方はここでブラウザバック推奨です。


1.あらすじ


イギリスの田舎町・ロングボーンの貸し屋敷に、資産家の若い男性・ビングリーが引っ越してきた。ベネット家の長女であるジェインとビングリーは惹かれ合い、次女のエリザベスはダーシー(ビングリーの友人)に強く反発するものの、ダーシーのほうはエリザベスに恋心を抱くようになる。
幸福な結婚に必要なのは恋か打算か?
(新潮文庫「自負と偏見」背表紙のあらすじ文を参考に執筆)

2.ある意味紋切り型、ある意味新しい?


まず読んで受けた印象(ざっくり)としては見出しの通り。

「紋切り型」を感じる要素としては、
・「ヒステリー」の母親(「神経が細い」という表現がかなり出てくる)
・結局「恋愛結婚」に落ち着いた感じ。男性のほうが女性にベタ惚れで、かつものすごい資産家なので恋愛的にも打算的にも問題がないという結末。
・わがままな末っ子
あたりですかね。

一方、「新しい」と感じたのは
・男性や結婚生活に夢を見ておらず、居心地の良い家が手に入れば充分だと「打算」で結婚する女性キャラがいたこと。

・主人公ポジのエリザベスが自分の幸せを自分の決断で選んだところ。
あたりでしょうか。

執筆された年代が1810年代ということで、近代に片脚を突っ込んでいるみたいな時代(言い方)なので、時代背景は影響している気がします。
女性の地位がまだまだ低かった時代にあって、女性の主人公が結婚相手を自分の意志で選ぶオチというのは新しいのではないかな?と感じました。

3.女性の生きづらさ


作者自身が女性ということもあり、女性の生きづらさはある程度描かれていたかなと思います。
「限嗣相続」といって、財産を相続する権利が男性にしかないという制度がありました(全ての家に当てはまることではないようですが)。
教養があっても財産のない女性が、身を売らずに生きていくにはそれなりの財産のある男性と結婚するくらいしかない、ということも書かれていました。

女性に生まれるというだけで人生の選択肢が狭まってしまうという葛藤は、いつの時代にも通じるというところでしょうか。

4.姉妹間の愛情格差


エリザベスの実家であるベネット家は5人姉妹。そう、限嗣相続のせいで彼女たちには父親の財産を相続する権利がないのです。だから裕福な男性と結婚するしかない。

そんなベネット家にとって、ロングボーンの貸し屋敷に現われた御曹司のビングリーは願ってもない人材だったわけです。逃すわけにはいかない。

じゃあ、誰が花嫁になれそうか?
父は「リジー(エリザベスのこと)には利発なところがある」としてエリザベス推し。
母は、「器量ならジェイン、気立てならリディア」といいます。
このお母さんが、なかなか厄介というか何というか…

ジェインは確かに美人として描写されているのでまあ分かるんですが、リディアはかなり我が儘で放埒、身勝手で「末っ子テンプレの良くないところ盛り合わせセット」みたいな人なんですよね…(ど偏見)。気立てがいいってなんだ(哲学)。

夫が推しているエリザベスのことは「どこがどうってわけではない」とこき下ろしています。実の娘なのに。

そのくせエリザベスが紆余曲折の末、資産家のビングリーと結婚することを決めたときは狂喜乱舞して「大事なリジー」と手放しで大喜びするのです。手のひら返しがすごい。

ちょっとこのお母さんとリディアには一貫して感情移入できなかった…(すみません)。

エリザベスとジェインはメインキャラクターでもありましたが、よくまともに育ってくれたな…という謎の感慨が生まれました。
お父さんの冷静さを強く受け継いだんでしょうかね。

5.結末


結婚に必要なのは愛情か打算か、というテーマが織り込まれていましたが、結局主人公は「財産があって打算の観点から見ても申し分なく、自分にベタ惚れしてくれてて、自分からも愛情を返せる相手」が現われるというもので、ある意味シンデレラストーリーのようにも受け取れます。
こういう相手が存在してくれれば苦労しないんだ…

6.タイトルに込められた意味

「高慢と偏見」というこのタイトル。
どうやら初期案では、「第一印象」がタイトルにされていたみたいです(解説参照)。
途中で「高慢と偏見(Pride and Prejudice)」にタイトルを変更、改稿作業を行ったのだとか。

個人の見解ですが、こちらの方がタイトルとしてしっくりくると感じました。
実際、ダーシーは自身の高慢さ、エリザベスは偏見(先入観)によって、お互いの良いところを見る目が曇ってしまっていたと解釈できたからです(特にエリザベス)。

この物語は、第一印象が悪かった二人が高慢さと偏見を乗り越えてお互いがお互いにとって最良の相手であることに気づいてくっつく、という話なのではないかと私は考えました。

人というのは第一印象に左右されてしまう生き物です。
しかし初手で「この人は…違うな」と判断してしまうと、これから先の人生の選択肢を狭めることになりかねない。

自分に対するプライドや、人に対する偏見を持ってしまうこと自体は仕方がない。
それに固執するのではなく、ときに反省し、改め、歩み寄ることで良い方向に流れることもある。

私は話題が合わなかったり、ノリが違ったりする人に対して「ちょっと苦手かも…」となってしまうことが少なくないので、少し耳の痛いメッセージでした。自戒。

うーん、感想の全てを言語化するのって改めて難しいですね。

言葉を残すのは重い行為ですから(byバデーニ)、自分の意見を書きつつ、誤解されたり嫌な思いをされないような言葉を選ぶというのは難しい。

この作品は19世紀に書かれたものですから、現代の価値観を丸ごと当てはめると大切なことを見落としそうということもあって、筆先が鈍りました(一人反省会を全世界に公開する人)。

もう少し突っ込んだ感想が書けるよう、もっと学ばねばと痛感しました。





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